13:偽装結婚なのだから
「偽装結婚だって悪い面ばかりではないでしょう。偽装結婚だからこそできることもたくさんあると思うんです」
紅茶を啜りながら、ノーマはそんなことを言い出していた。
ここはガイダー家のやたらと広大な庭。そこでノーマは現在、ネリーと二人でお茶をしながら話している最中である。
ちなみにネリーがハンスに怒鳴ったあの出来事からはすでに数時間が経過しており、彼女の怒りもノーマの心境も随分と穏やかと言える程度にはなっている。だからこそこんな話題を口にしたのだ。
「……たとえば浮気とか、そういうこと?」
赤い瞳をスッと細め、怪訝そうに首を傾げるネリー。
ノーマは慌てて首を振った。
「もちろんそんなふしだらな話ではなく。もっと趣味的な意味の話です」
「ああ、そういうことか。確かにそうかもね」
ネリーは納得したように頷く。
「結婚式も聞けばひっそりした形で行ったそうだし、街に降りてもきっと次期辺境伯夫人だなんて思われないだろうねぇ」
ノーマがハンスに嫁入りし、妻になったことはまだ多くの者は知らないだろう。
近く領民たちにそのことを周知するだろうと思っていたが、偽装結婚なのであればそんなこともあるまい。『君を愛することはない』という言葉は完全なる拒絶であり、必要な時以外は近づくなという意味と同義なのだから、妻として紹介されることなどないのだ。
少し寂しく思ったが、だからこその利点もある。
「私、身分を明かさずに街へ降りてみたいと思います。いいですか?」
「もちろん! お兄ちゃんがあんなヘタレ野郎でほんとごめんね。お詫びと言ってはなんだけど、あたしもノーマちゃんと行ってあげる。あたし一応領民には親しまれてる方だと思うから、何かと力になるよ!」
「ありがとうございます、ネリー。頼りになります」
「お兄ちゃんと違って、ね」
……ネリーは随分兄のことを苦々しく思っている様子だ。彼がノーマを形だけの嫁だと言ったことがそんなに気に入らないのだろうか。もしそうなら当事者でもないのに優しい人だな、とノーマは思った。
ともかく、そんなこんなで二人は、早速明日にでも領地を一緒に見て回ることを約束したのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「じゃあ設定はあたしの女友達ってことで。あたしは自分で言うのもアレだけど顔が広い方だからね。
それで衣装はこれ。商家の娘さんなんかが着る服だね。それからそれから……」
出かけるという話が一度まとまってからは早かった。
ネリーは翌朝までの間に、出かけるために必要なものを全て揃えてくれた。言われた通りに手渡された衣装を身に纏い、目立たない程度の化粧をすればすっかり小綺麗な風貌の娘が出来上がってしまった。
(これがお忍びというやつなのでしょうか)とノーマはふと思う。(財政的問題で子爵令嬢時代は街にも出られませんでしたからね。初めてのお忍び、楽しみです)
そうして用意は整い、昼前に屋敷を出る。
ヘラには「なんでも勝手になさっては困ります」とかなりきつく叱られたのだが、ネリーのサポートもあってなんとか無事に出かけることができたのだ。
偽装結婚だからこそ、こんな風にこっそりお忍びに行くこともできる。
そう思うとハンスにむしろ感謝したくなった。元々ノーマは注目されるのが得意な性質ではないのだ。
「やはり、偽装結婚も悪くありませんね」
「……そんなものなのかな」
本当は愛されたいと思わないわけではないけれど。
ノーマはそんな内心を見せることなく笑った。
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