表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/50

12:ネリーの怒り

 応接室に場所を移して話すうち、ネリー・ガイダー嬢とはすぐに親しくなった。


 気取らない口調、親しみやすい笑顔。なのに貴族令嬢としての気品がないわけでもなく、とても元気で可愛らしい令嬢と言葉を交わしている間にいつしか、ノーマの心は先ほどにも増して随分と晴れやかになっていた。

 昨晩の憂鬱さが嘘のようだとさえ思った。


「ありがとうございます、ネリー様……ではなくネリー。私のような者にも色々とお話しくださって嬉しいです」


「ノーマちゃんはあたしの義姉なんだから当然だよっ。ところで、」


 ネリーはキラキラした笑顔で言った。


「お兄ちゃんとの結婚式、どうだったの?」


 うぐ、と思わず固まってしまったのがノーマは自分でもわかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「偽装結婚!? じゃ、じゃあ、誓いのキスもやらなかったってこと!? もちろん、初夜も!?」


「ネリー、そんな大声を上げてはいけません! 私、別に気にしておりませんし」


「いーえ。この問題ばっかりはそういうわけにはいかないよ。ったく、お兄ちゃんったらどれだけクソヤローなの!?」


 婚約者との旅行があったらしく数日間屋敷を空けており、つい先ほど帰って来たばかりのはずのネリー。

 しかし彼女は疲れを見せることなく立ち上がり、怒りの形相でハンスの部屋へ向かって走り出していた。


 ノーマは慌ててそれを追う。外で控えていたヘラが驚いた顔で「どうなさったのでございますか!」と問いかけて来るが、それに構っている暇はなかった。


「ですからおやめください! ハンス様のお部屋に突撃などということは!」


「ノーマちゃん、泣き寝入りは良くない! こういう時はビシッとやってバシッと言わなきゃダメだよ」


 ネリーに偽装結婚の話をしたことを深く後悔した。この短時間だけでもノーマは、ネリーがそう簡単に意思を曲げない人間であろうことを理解している。つまりハンスのところへ殴り込みに行くことを決めた以上、穏便にことが済むはずがないのである。

 しかし必死に止めようとしたところでノーマは非力だ。当然のように追いつけるはずもなく、ようやくハンスの部屋へ辿り着いた頃には、兄妹が睨み合っているところだった。


(ああ、まずいです……)


「お兄ちゃん。帰って来てみれば何なのこれは? せっかく可愛いお嫁さんをもらって来てくれたと思ったら、偽装結婚だなんて。バッカじゃない!?」


「それをお前に言われる筋合いはない。この話は両親にはするなよ」


「ギャデッテ殿下がそんなに良かったの? あたし、あの人ずぅっと嫌いでさ。だから婚約破棄の話を旅先で聞いて飛び上がったくらいなのに」


 婚約破棄を喜ぶのは不謹慎な話である。だが、ギャデッテ王女について何も知らないに等しいノーマがどうのこうの言える問題ではない。

 まあそんなことはどうでもいいのだ。ともかく、ネリーの怒りを鎮めなければ。


「ネリー。私、大丈夫なんです。元々縁談がまるでなかった私のような行き遅れ女を娶ってくださっただけで、ハンス様のお優しさが知れるというもの。これ以上のことを求めるわけにはまいりません」


「ノーマちゃん、でも……」


 何か言いかけるネリー。しかしその言葉を遮ったのはハンスだった。


「お前に夫婦のことを言われる筋合いはない。婚約破棄の翌日に婚約者を決めねばならなかった俺の気持ちなど、考えもしないくせに」


 ネリーがキッと兄を睨みつけ、しかし黙り込んでしまう。図星だったのかも知れない。

 確かにそうだとノーマも思った。彼はギャデッテ王女に一方的な婚約破棄をされてからまだ十日と経っていない。なのにこんなに早く結婚するのは普通ありえない話なのだ。婚約解消した場合でも一ヶ月は決まらないのが普通である。


 ――そんな急なことで愛してもらえるだなんて考え、傲慢にもほどがある。


「本当に私、このお屋敷でいられるというだけで幸せなんです。ですから心配は要りませんよ」


 笑顔でそう言ったのは、半ば自分へ言い聞かせるための言葉だった。

 ノーマのような役立たずがこんなところにいられるだけで幸せだ。ネリーやガイダー夫妻はノーマを良く思ってくれているようだし、ヘラだって認めてくれる。何も問題はないはずなのだ。


 ネリーは渋々と言った様子で帰って行った。

 それに続くようにしてノーマも彼女の後を追ってそっと部屋を出る。ハンスの近くにいるのはなんだか居心地が悪かったからだ。



 ――その後散々ネリーから兄への愚痴を聞かされたのは、また別の話である。

 面白い! 続きを読みたい! など思っていただけましたら、ブックマークや評価をしてくださると作者がとっても喜びます。

 ご意見ご感想、お待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ