1:関係ない婚約破棄
「ワタクシは愛のない結婚は嫌。これからはフランツと生きていくって決めたの。だから、貴方との婚約は破棄よ!」
王立学園の卒業パーティーの真っ最中、突然響いた高らかな声に、会場にいた全員がどよめいた。
声の主は金髪を撫で付けピンク色の瞳を爛々と輝かせた、美貌の王女。彼女のすぐそばには、高身長かつ顔のいい男がいる。
第二王女ギャデッテと公爵令息フランツ。
仲睦まじそうに寄り添い合う二人はしかし、婚約者ではない。本来王女の夫になるはずの辺境伯令息は現在、王女に睨みつけられ、指を突きつけられていた。
何か騒動が始まる。それを嫌でも感じた卒業生の一人――子爵令嬢のノーマ・プレンディスは、早速野次馬の一人となって人混みをかき分け、今から幕を開けるであろう大騒動を眺めようと前に出る。
(こちらに飛び火さえしてこなければ、いいのですけど)
末端貴族である身だが、だからこそ王族の言動には細心の注意を払わなくてはならない。そんな考えと共に、何が起こるのかという興味があったからでもあった。
「……なぜですかギャデッテ殿下。あなたは王族。定められた婚約を反故にはできないはずです」
指を向けられた青年があくまでも静かな声音で答える。
すると王女は「ふん」と鼻を鳴らし、
「貴方の父親がどうしてもっておねだりするから、父上が認めたまでのこと。父上だってワタクシの幸せを望んでいるはずだわ。ワタクシは貴方といても幸せになれない、だから婚約破棄する。当然のことでしょう?」
と、わけのわからないことを宣った。
婚約とは契約。それくらい、ノーマでも知っていることなのに……。
と思っていると、どうやらギャデッテ王女には彼女なりの理屈があったようで。
「――それに貴方が口だけのろくでなしだっていうことはバレているのよ」
「ろくでなしとは?」
「貴方のこの学園での成績が全て偽りだということよ。証拠はたくさんあるわ!」
ギャデッテ王女はそれから、婚約者……もとい元婚約者である彼、ハンス・ガイダー辺境伯令息の犯した罪というのを列挙し始めた。
学園で常にトップの成績を収めていたハンスの功績は実は全部フランツ公爵令息のものだというのだ。
ちなみにフランツの成績は中の下といったところ。子爵令嬢のノーマと同等だったのだが、それは本来ハンスの成績だったらしい。
証拠だという資料もたくさんあった。
(あのハンス様が!? まさか、そんな腹黒い方だったなんて)
ノーマは仰天せずにはいられなかった。
ハンスは頭が切れる令息として学園に通う貴族令嬢の大多数にかなりの人気があったからだ。もっとも、『でしゃばらない・目立たない・夢を追い求めない』をモットーにしている堅実なノーマは彼と言葉を交わしたことすらなかったけれど。
「冤罪です。全てでっちあげではないですか」
「このワタクシにそんな口を利くの? これ以上何か言ったら不敬罪で牢に入ることになるわよ。土臭い田舎っぺな上に嘘つきな愚か者が。……ということで婚約は破棄。衛兵、連れて行きなさい」
「ギャデッテ殿下っ!」
ハンス令息が抵抗する。しかしすぐに衛兵に取り囲まれてしまい、パーティー会場から引きずり出されていった。
後に残されたギャデッテ王女とフランツ令息は、うっとりとした甘い雰囲気で「愛している」などと囁き合いながら、口づけを交わしている。
まだ国が正式に婚約破棄を認めていないので歴とした不貞行為なのだが、ノーマも含めて誰一人としてそんなことを口にしなかった。
だって相手は王族だ。直接被害がなかったことに安堵こそすれ、首を突っ込もうなんて考えもしない。
王女の婚約破棄。これは随分と珍しいものを見たと思いながら、ノーマはまるで何事もなかったかのように元いた場所へ戻る。
「まあ所詮、私とは関係のない話ですね」
強引に退場させられたハンス令息のことは不憫に思うものの、王女の言う通り実際に彼は不正を犯したのかも知れない。どちらにせよ、王女が国王に罰せられようが先ほどのハンス令息が醜聞に塗れようがノーマの知ったことではないのである。
そのまま卒業パーティーはお開きとなって各々が会場を出ていく。
ノーマもその人の波に呑まれるようにして会場を後にし、自分の家の馬車に乗り込んだのであった。
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