なんか王子が婚約破棄してあたしと婚約するとか言ってるけど
「私、エミリオ・ボン・クラウゼアスは! この時をもって、ラミア・インストラとの婚約を破棄し! イリア・ソラウルと婚約を結ぶことを宣言する!」
社交パーティの場で、クラウゼアス王国の第六王子エミリオが高らかに宣言する中、勝手に婚約を結ばれたイリアは思わず「は?」と漏らした。
すでにけっこうな量のワインを飲んでいたせいか、その声は微妙にドスが利いていた。
そんな中、突然婚約を破棄されたラミアがエミリオに泣きつく。
「どうしてですか、エミリオ様!? わたくしのいったい何がいけなかったのですか!?」
「すまないラミア。君が悪いというわけじゃないんだ。ただ気づいてしまったのだ。私とイリアが、どうしようもなく愛し合ってしまっていることに」
イリアの口から、さらにドスの利いた「は?」が漏れる。
おいおいおい待て待て待て。
あたしは別にあんたのことなんか一ミリも愛しちゃいないし、たいして喋ったこともねえだろうが。
もしかしてアレか?
大変高貴(笑)なハーブでもキメてやがんのか?
って、ほらぁ。
ラミアが、こっちをキッて睨んできてんじゃん。
完全にあたしのこと、泥棒猫とか女狐って感じで睨んできてんじゃん。
違うから。
あたしの好みはエミリオみたいなナヨッとした男じゃなくて、腹筋とかバッキバキの漢だから。
などと、貴族のお嬢様とは思えないほどにガラが悪いイリアの内心など、露ほども知らないエミリオは、滔々と語り出す。
「初めて会った時から、イリアは私に優しかった」
いや、記憶ねえし。
「イリアは私に向かって、優しい笑顔で挨拶をしてくれた」
って、礼儀として無理矢理にでも笑顔つくって挨拶しただけじゃねえか!?
「私がハンカチを落とした時も、イリアはすぐに拾って渡してくれた」
目の前でハンカチ落とされたら誰だってそうすると思うんだが!?
「そして、『素敵なハンカチですね』と私のことを褒めてくれた」
いや、お前は褒めてねえし。
褒めてんのハンカチだし。
社交辞令にすらなってねえし。
って、ほらぁ……ラミアがまた睨んできてんじゃねえか。
つうか、今の話を聞いてまだあたしんことそんな目で見てるの何なの?
頭ん中、脳みその代わりにインテリアでも飾ってんの?
「これはもう、相思相愛と言っても過言ではない!」
こいつはこいつで、いつまでわけわからんこと口走ってんだよ。
あぁもう、周りの視線がいてえよ。
穴があったら入りてえよ。
「さあ! イリア嬢! 上の階にベッドを用意している! そこで私と愛を育もうじゃないか!」
なんでそこだけ用意周到なんだよ。
あんたはあんたで股間に脳みそでも詰まってんのかよ。
つうかさぁ……もうめんどくさい。
一応は王子だから手荒な真似はしたくなかったけど、ここは一発叩いて終わりにしようそうしよう。
散々心の内で毒を吐いたイリアは、ワインの飲み過ぎによってふらつく足で、エミリオを目指して歩き出す。
酒に酔って赤らんだ表情を見て何を勘違いしたのか、エミリオの頬に下卑た笑みが浮かぶ。
その笑みを見て、全力で叩くことを心に決めたイリアは、エミリオのもとまで歩み寄り――あともう少し手が届くというところで足がもつれ、すっ転んだ。
その瞬間、イリアが半ば反射的に掴んだ物が、エミリオの下衣だった。
ついでに、下着も巻き込んでいた。
王子様の王子様がこんにちはする中、エミリオが声にならない悲鳴をあげ、ラミアが微妙に嬉しげな悲鳴をあげ、成り行きを見守っていた者たちも悲鳴をあげたり吃驚したりしていた。
そんな中、間近で王子様の王子様を目の当たりにしたイリアは、
「……ふっ」
そのあまりの可愛らしさに、つい鼻で笑ってしまった。
「い、いやぁああぁぁぁあぁぁぁああぁぁあぁッ!!」
すぐさま下着とズボンをずり上げたエミリオが、生娘じみた悲鳴をあげてパーティ会場から逃げ去っていく。
これにより、イリアはエミリオとの不当な婚約を破棄することに成功した。
なおエミリオはこの日を境に、社交界においては陰で『プリティプリンス』と呼ばれるようになった。
いったい全体なにがプリティなのかは、誰も黙して語ろうとはしなかった。
そしてイリアは、王女でもなんでもないのに、社交界においては陰で『女王様』と呼ばれるようになった。
いったい全体なにが女王様なのかは、誰も黙して語ろうとはしなかった……。
「って、なんであたしまで割を食わなきゃいけねえんだよ!?」




