異世界転生なんて、そう簡単に起こるわけないだろ?と隣のイケメンが揶揄ってきます。
羽美 由那の通ってる私立高校は彼女の家から電車で2駅先にある。
自家用車で通わせたい、もしくは会社経営などをしている家庭は秘書や専属運転手に送らせていきたいという声が多いのだが、学校は原則車登校禁止だ。
そのため由那も電車通学をしている。
今日も混雑するホームで列に並びながら、由那は「はぁ...」とため息をついた。
学校に行くことが嫌なわけではない。
体調が悪いわけでもない。
もちろん恋煩いでもない。
なぜこんな溜息を彼女がついているのかというと......。
電車が到着し、車内からホームに沢山の人が降りてくる。ゆっくり顔を上げてその様子をボーっと眺める由那は脳内で勝手な想像をはじめた。
たとえば降りてくる人達の勢いに自分が突き飛ばされてホームの床に倒れ込むのだ。
ーーー気がつくと自分の周りにはまばゆい光。
「ここは......?」
驚きで目を瞬かせるとさっきまでホームにいたはずなのに、気がつけばまるで中世ヨーロッパ貴族の館のような部屋に由那はいる。
何事かとキョロキョロと周りを見渡せば近くに姿見の鏡があった。そこに映るのはサラサラに腰まで伸びる金髪に驚きに青い目を丸くしている色白の美少女。
これは自分?まさか私、異世界転生しちやったの!?そう気がついた時、コンコン!と少し慌てたようなノックの音が聞こえ、ガチャリと豪奢な扉が開いた。
「どうした?なにがあったのだ?」
扉の向こうから現れたのは......
「.........ちゃん?お姉ちゃん?」
ツンツン!と肩からかけていた制カバンをひっぱられて由那はハッと我に帰った。
自分の斜め下を見ると電車通学らしい小学生の男の子が眉を寄せてこちらを見ている。
「電車行っちゃったよ?」
指差す方向を見ると、無情にもガタンゴトンと軽快な音を響かせながら線路を走っていく電車の後部が見えた。
どうやら、電車から降りてきた小学生が、列に並んでいるのに一向に電車に乗らない私を心配して声をかけてくれたみたいだ。
「あ、ありがとう......って、ち、遅刻じゃんー!!」
◇
「ということがあったのよ。」
「で、遅刻したわけ?相変わらずねぇ」
学食でランチを食べながら、由那はクラスで1番仲良しの莉沙子に今朝の話をしていた。
「アンタはライトノベルの読みすぎよ。転生なんてあるわけないでしょーが。ほら現実見て、さっさか食べて遅刻した1限のノート貸してあげるから早く書き写しなさい!」
「ありがとー!リサ!女神!!」
「そうでしょ、そうでしょ、もっと崇め奉りなさいな。んー、それにしても由那ってさ」
冗談ぽく顎をあげて胸を張っていたリサが、ナイフとフォークでチキンソテーを切る私の手元を見て小首をかしげた。
「ほんと所作が綺麗よね。家が日本食レストラン経営してるから箸の使い方が綺麗なのはわかるけど、洋食も食べ方が綺麗だわ。」
「そうかしら?普通に食べているだけだけど。」
「字も綺麗だし、見た目だってスタイルだってまるで芸能人みたいに良いのに中身がライトノベルにしか興味がないオタクだなんて残念......。音楽の先生がアンタのピアノ演奏に惚れ込んでコンクールに出そうとしてくれたのに断ったんでしょ?もったいないわぁ。」
「だってちゃんと習ったわけじゃないからコンクールなんて恐れ多いわよ。それに練習の時間で本読む時間が減っちゃうじゃない。」
「.........アンタってばもう。」
「え、なに?」
「何でもない。早く食べなよ。」
貸してもらったノートを写すために、急いで食べて教室に向かわなくてはと焦っていた由那は、じっと見てくる視線が莉沙子のものだけではないことに気がついていなかった。
◇
「また遅刻してきたな。」
莉沙子のノートを必死で書き写していると、学年一の、いや学校一のイケメンと言われている音矢 秋が隣の席から声をかけてきた。
「またじゃなくて、たまーにしか遅刻してないわよっ。ちょっと考えごとしてたら電車が行っちゃっただけよ。」
「またどうせしょうもない妄想してたんだろ?」
「あら!しょうもなくなんてないわ。失礼ね。」
実はこのイケメン、由那の幼稚舎からの幼馴染なのだ。学校がエスカレーター式だから幼稚舎から高校までずーっと一緒。だから由那が時々妄想にふけってトリップしてしまう癖もよく知っていた。
秋の言葉に抗議しながら、ちらりと横を見ると机に片肘をついて頬杖をしながら秋の薄茶色の瞳が面白がるように由那を見ていた。
秋は髪も金髪に近い薄茶色だ。曾祖父が外国人だと聞いている。そして彼は世界でも有名な音矢グループの御曹司なのだ。
幼稚舎の頃からその王子様のような見た目と生い立ちで彼は人気者だが、特に女遊びなどもしない、かと言って優等生過ぎでもなく、こうやって由那に軽口を叩いていつもからかってくるのだ。
こう言うと秋のファンに由那は睨まれそうな立場だが、由那も今世界で話題の日本料理レストランを運営する会社の一人娘。いわゆるお嬢様であったため今まで嫌がらせなどは受けたことがない。むしろ、秋の周りの人間からはいつも秋がちょっかいかけてごめんねと言うような眼差しを向けられるのであった。
無事に授業が始まる前にノートを写し終わり、帰りに莉沙子に返そうとカバンにノートをしまう。余った時間で昨日買ったライトノベルでも読もうかと本を取り出した際に、立ち上がった秋にひょいっとその本を取り上げられた。
「こー言うのって今時スマホで読むもんじゃねぇの?」
本を頭上に掲げて見上げながら秋が首を傾げる。
「か、返して!読む時間がなくなるじゃん!
スマホは学校では禁止だからカバンから出せないもん。それに......」
「それに?」
「やっぱり挿絵も気軽に見たいし、好きな作家さんの話は紙で手に入れておきたいじゃない。」
「なんだそりゃ。なになに?異世界転生したほにゃららがほにゃらら王子と出会い、世界を救う?」
小説本の帯を読みながら秋があきれたような表情をした。好きな類がいかにもなストーリーで悪かったなと由那は心の中で口を尖らせた。
「ほにゃららって何よ?」
「名前がいかにもで長すぎて省略した。」
「あのねぇ...」
由那が私が好きな作家さんの作品のキャラに変な省略をするなと抗議しようとすると、秋はポンと軽く由那のおでこに本をあてて返してきた。
「物語に夢見るのもいいけどさぁ。」
「あ、そこは否定しないでくれるんだ?」
秋がハッと笑う。笑うと幼稚舎の時のように少し幼い顔になるから由那は秋の笑い顔は結構好きだ。
「でも異世界転生なんてそう簡単に起こるわけないだろ?」
「まぁ、そうだけどね」
わかってるわよ、現実ちゃんとみてますから、あったらいいな〜と夢見ているだけですからと由那が拗ねて机に俯すと秋が急に由那の頭をポンとなでた。
「そうだろ。そうだろ。
すでに一回転生してんだから、そう頻繁にあるわけないって。日本に転生後におまえ探すのに未就学児だったオレがどんだけ苦労したと思ってんだよ。前世での金髪は黒髪に変わってしまってたしな。まぁ、黒髪もなかなか良いけどよ。」
「............は?」
顔を上げると、ニヤリと笑って秋は隣の自分の席に戻っていった。
「いや、ちょっと待って!?すでに転生ってなに?ちょっ、今の発言なに?なんなの?ワンモアプリーズ!?秋と私が転生者!?えっ?えっ?えっ?
は、前世での配役は?王子?姫?騎士?令嬢?
そこ!そこをもうちょっと詳しくーーっ!!」
キーンコーンカーンコーン。
パニックになった由那はその授業も結局ノートが取れず、終業後にまた莉沙子にノートを借りるはめになるのであった。
〈異世界転生なんて、そう簡単に起こるわけないだろ?と隣のイケメンが揶揄ってきます。 完 〉