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怒る。

 

 自発的に話す気になるまで様子を見ようってことになってとりあえず母も無理に聞き出そうとはしなくなった。どーせ事情はなんとなく察しはついていた。誰かが姉を「怒った」んだろう。これまでどん底にいて感情が麻痺ってて「死のう!」って意味で前向きになってた姉は「怒られて」も「きつい」くらいで大丈夫だった。でもちょっとやすみを貰って摩耗してた感情が回復する機会を得て「怒られた」ダメージが直撃してしまった。そんなとこだろう。

 で、姉が泡吹く直前に実際にあったことをぽつりぽつり俺にだけ話してくれた。

 平岡はまず姉が休暇とったことに難癖つけてきたらしい。「おまえのせいで俺の仕事が増えた」だとか「社会人が何日も休暇取るとか仕事なめてんのか」とか「土下座して他のやつに謝ってこい」だとか。(このへんですでに俺の頭は???マークで埋まった。休暇取るのがダメなら有給制度ってなんのためにあるんだ? インフルエンザとかなったらどうするんだ……?) 姉は営業職で同じ部署のやつらもあっちこっち飛び回ってるわけだから直接顔をあわせるのは難しくて一人一人に電話かけて謝ってった(なんで?)んだけど横から平岡が「誠意が足りない」とか「そんな顔してほんとに謝ってんのか」だとかネチネチネチネチ文句つけて(は?)最初の一人からやり直せとか言い出した。二回目掛けたら電話口の同僚が「そんな何回も同じことで電話かけられたら顧客と連絡がとりづらくて困る」という当然の抗議をしてキレ気味に電話ぶち切った。姉は次のやつに掛けろっていう平岡と電話かけられるのが迷惑な同僚との板挟みになってどうしていいかわからなくて途中から脳がバグりだしてスマホが持てなくなって電話がかけれなくなった。でも隣で平岡が「早く次かけろ」と怒鳴ってる。なんとかスマホ持とうとしたけどやっぱり出来なくてストレスが爆裂して泡吹いて倒れた。と。

 あっはっは。

 想像してたより全然意味わかんねーわ。

 姉はあらためての簡単な診察のあと体の病気なわけじゃないから「帰って大丈夫ですよ」と言われる。一旦、親の車で姉の家に行って着替えとか簡単な荷物だけ持って実家に戻ってくる。姉の部屋はしばらく使ってなかったから埃っぽくて「あつし、手伝いなさい」って母親と俺が必死こいて換気して掃除した。その間に父は買い物行ってた。

 その夜は夕飯に姉の好物のきのこのあんかけみたいなソースが掛かったハンバーグを作って食べたんだけど、姉の箸はあんまり進んでいない。そのへんでようやっと母親も「これはただごとじゃない」って気づいたらしい。スポーツ少女だった姉は昔っから食うのが好きで米とか肉とかバクバクいってた方だったから。

 飯食い終わった(姉は半分以上残した)あと姉は部屋に戻ったんだけどしばらくして俺の部屋をノックして「きて」と言った。なんだよ? 部屋いったが、実際特に用事はないらしい。姉は黙りこくってベッドに腰かけてるだけだった。「漫画とってくるわ」二人で黙ってるのもなんだったから俺は自分の部屋から「金色のガッシュベル!」を十冊ほど取ってくる。姉の部屋の床に座って読み始める。

「手、握って」

「ん」

 姉が差し出してきた手を取る。冷たい。緊張してて血管が収縮してるからだ。

 片手で漫画読みながら片手で姉の手を握ってると俺が緊張してないのが姉に伝わったのかちょっとずつ血管が拡がって手に血が流れ込んでくる。

「あつしの話、してほしい」

「んー、あー?」

 言われて、困る。人に話せるようなおもしろおかしい日常は送ってないのだ。俺が話せることと言えば大学の講義のことと相羽のことくらいで、相羽のことはいまちょっと人には言いづらい。講義のことっていえば犯罪学の教授が「オタク文化の影響で犯罪がーとかメディアでは言ってるけどね、家庭環境の影響の方がよっぽど大きいわけなんだよ。それを加害者が“デスノートがー”みたいなこととか言うと話題になるもんだから耳目を引くためにおもしろおかしく書き立てるわけで。まったくちゃんとしてもらいたいもんだねえ」って怒ってたことくらいしか言う事がない。非行少年少女の大半が家庭環境に問題がある。言いながら俺は平岡ってやつの家庭環境はどんななんだろーなと考える。家庭環境は悪いんだろうか。結婚してるのか知らねーけどしてるなら嫁さんや子供に蔑ろにされてたりするんだろうか。子供の頃から暴言や虐待に晒されてたんだろうか。

 たぶん、ちがうとおもう。

 平岡ってやつはそこそこ優秀なんだろう。姉の入ったとこは取ってる人の条件が厳しくてうちの就職課でも「あそこはきついと思うよ」って言われてるくらい。そこで課長って地位でそこそこいい給料貰ってるってことは頭いいやつのはずだ。嫁さんに当たり散らさない程度の分別はある。家庭や会社で「いいやつ」として振る舞って澱みみたいに積み重なったものを、姉に向かって吐き出している。そんなイメージがある。子供の頃はクラスのまとめ役とかやってそう。教師に見つからないところで日陰者のべつの子供をいじめてたりしそう。子供の頃からずっと「殴っていいやつ」を見つけて殴っている。それをいまになってもやめれていない。そんな気がする。

 俺が内心で考えてることを露とも知らずに姉は講義の話しを「へー」っておもしろそうに聞いている。

 姉の大学の頃の話を聞き返そうかと思ったのだが、新庄さんとべたべたしてた話ししか出てこなさそうな気がしてきかなかった。

 その夜は手を離すならせめて近くにいてくれというので、姉の部屋に布団を敷いて寝た。



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