うまく踊る。
月曜は相羽に会わなかった。山路教授の講義もなかった。姉はついに仕事に出かけた。
俺は大学いって必修科目のつまんねータイプの講義を粛々と受けた。なんも頭に入ってこなかった。なんとか手だけ動かしてノートは取った。一人になってみると、ようやっと自分が自分で思ってるよりも疲れてることに気づいた。相羽には冗談めかして言ったが「普段まじめに生きてないから」急に真面目な案件が降ってきて心が強張ってるのだ。はぁ。露骨な溜め息を吐いてしまう。講義が終わって体育館横の喫煙所で煙草を取り出す。相変わらずのバッシュがきゅっきゅきゅっきゅ言ってるのを横耳にコンビニで買った百円ライターで火をつける。スポーツ野郎共がリバウンド取りに高く飛んでるときに俺はいったいなにをやってんだろうな。
しばらく様子見て大丈夫そうなら姉の件から手を引く。姉が乗り気でない以上、それで終わり。俺は戦った方がいいと思うんだけど。まあやっぱりモヤモヤはする。
手を引くんだからこの件のことばっかり考えててもしょーがないと思って、別のこと考えようと思ったが「別のこと」も結構ヘビーだった。……相羽なぁ。あいつはいいやつだしメイクしてたら女に見えなくもねーし嫌いじゃねーけど、いくら女っぽい形を整えても肉体はしっかり男性なわけで「ついて」て、俺はヘテロセクシャル(異性愛者)だ。そもそも心だって相羽は「性自認は女性だけどべつに完全に女なわけじゃない、男性の部分もある」みたいなことを前に自分で言っていた。……これ話し半分くらいで聞いてたけど、いまにして思えばそういう部分打ち明けるのって結構勇気いることだったんじゃねーの? 適当に聞いてたわ。もしかしたら俺がそんな深刻に受け止めずに、ふーん、程度で「適当に聞いてる」から話したのかもしれんが。
おいおい、誰か二週間くらい時間戻してさぁ、お気楽な俺に戻してくんねぇ?
でもジャストタイミングで姉の点火に間に合った奇跡の世界はここだけしかないのかもしんない。村上春樹が作品の中で「うまく踊れ」って言ってたな。できるかよ。ふぁーっく。
なんも考えずに煙を吐いて輪っか作って遊んでたら、ポケットの中でスマホがぶーぶーなる。
なんだようぜーなと思いながら、親からなのを確認してフリックして耳にあてる。
「何?」
「あんたいまどこにいるのよ? すぐ帰ってきなさい」
「大学だけど。なんかあったん?」
「お姉ちゃんが職場で泡吹いて倒れたって」
俺は大きくため息を吐いた。