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姉。


「よお、おはよ」

 姉はしばらく俺を見つめてフリーズしていた。目をごしごし擦る。上目遣いに俺を見上げる。「あっくん?」呟く。子供の頃のあだ名をいまさら持ち出されることにくすぐったさとかないわけではなかったけれどそんなこと言ってもしょーがねーかなーと思って黙っておく。

「え。うそ。なんでいるの。どこまで夢?」

「腹減ったくね。なんか食うべ。冷蔵庫開けたけどなんもないのな」

 ちなみにさんまは入っていなかった。草。

「あれ? ん? あれ?」

 脳がバグってる姉の言う事を意識的に無視する。

「買いもの行こう。着替えろよ」

「あ、うん……?」

 俺が寝室出てちょっと待ってたが、姉は部屋から出てこない。こんこんこん、と三回ノックしてみる。返事なし。「どうした?」返事なし。ドアを開ける。姉はぺたんと床にしりもちついて足開いて座ったままで動かない。「なんか動けない」顔だけで俺を見上げて困ったように見つめる。「どうしよう」視線を下げる。

「動けないなら動かなくていいんじゃね?」

 あくびしながら俺が言う。

「そうなの?」

「そうなんだよ」

 横になりたいか? とベッドを指さして訊いたら「べつに」と答えたからとりあえず姉は床に座らせておく。

「なんか食い物買ってくるわ。なにがいい?」

「     」

 口を開いては閉じてなんか食べたいものを言おうとしてるんだけど、食べたいと思うものが見つからないらしい。食べるの大好き人間で昔から親が「なに作ったらいいか困るわー」とか愚痴る度に「ハンバーグ食べたい!」、「焼肉!」、「からあげ!」てがっついてた姉が食べたいものさえ見つけられない状況がなんかウケる。最終的にはうちの親は姉のあれ食べたいこれ食べたい攻撃に負けて「なに作ったらいいか困る」と愚痴ることをやめたのに。

 俺も屈んで座ってる姉に視線をあわせる。姉のひとみを見つめる。大きくてくりくりで吸い込まれそうなひとみ。ちょっと目力があるタイプ。数少ない俺の友人がだれか女優に似てるつってたな。誰だっけ。篠原涼子? しばらく黙って見つめ合ってたが姉が先に視線を逸らして下を見た。勝った。

「食いたいもんないなら適当に買ってくるが、俺の趣味で買うから文句言うなよ」

 姉が首だけ動かしてコクコク頷く。

 俺は一旦リビングに戻って姉のスマホを持って貸しアパートの姉の部屋を出る。

 一歩外に出たら圧迫感みたいなものが肩の上にのしかかって、座り込みそうになった。異常気象で11月なのに中途半端に暑かったり寒かったりするから寒いのが嫌いな俺は長袖着てきたのだが今日は妙に蒸し暑くて空気まで俺を殺しにかかってきてる気がする。

 なんだあれ? あれほんとに姉か?

 元々の姉は活動的でエネルギーに満ち溢れていてそのエネルギーを発散させる方法に困っていた。学生時代は新庄さんに落ち着くまで彼氏をとっかえひっかえにしてたし勉強もスポーツもなんだってできることには全力でなにやっても楽しそうで光輝いていた。その姉が、いま暗黒に包まれている。自分の意思で立つことも難しくなるような情況に追い込まれている。エネルギーが底をついて空っぽになっている。

 歩き出す。姉の惨めさを「くっそウケる」と思ってる俺と「瀕死じゃん、やっば」と思ってる俺が六対四の割合で混在している。いまのところややウケるがつよい。

 近所のスーパーに向かって歩き出す。昼間っから電気を無駄遣いして看板をピカピカ光らせているスーパーに入り、適当に食材を買う。すぐ食える総菜のからあげとかだけでなく2Lの米とか肉とか卵とか野菜とかも買っとく。当面泊まろうと決めていた。同じことしないように監視の目がいるとかも思ったのだが単にいまの姉には人の助けがいりそうだったから。それっぽい理由の合間に「もっとウケていたい」、「姉の状態を内心で嗤いたい」という暗い感情も出てくる。幸い料理は簡単なものならできる方だ。ラブラブな両親が二人で旅行に出かけるときのために一人で飯作れるように仕込まれたからだ。くそが。

 五千円札一枚分の食材を買ってアパートに戻ると、姉がリビングを荒らしていた。引き出しという引き出しが開けられて中身がひっくり返され冷蔵庫まで開きっぱなしになりカーペットが捲られて窓の傍に放り投げられていた。

 出て行くときはあんなに動けなかったのに随分元気だな、こいつ。

 姉は憔悴しきった顔で俺を見てすっ飛んできて肩を掴む。痛い。「ない。ないの。スマホがないの。あっくん知らない? どうしよう……怒られる……怒られる……」、「ああ、スマホね。これ没収な」俺はポケットから姉のスマホを取り出して、見せる。

「え、え? なんで? なんでもってるの。なんで没収なの」

「依存症じゃん。不健康だわ」

「ダメだよ。怒られちゃう。怒られちゃうから」

 うわー。おまえいっつも怒る側だったじゃねーか。しょーもないことでキレまくってたじゃねーか。おやつのプリンを俺が食っただので。(食ったのは母だった)

 そういえばたまにうちに来てたバト部の後輩からは「やさしくてすてきな由美先輩」で通ってたことを思い出す。俺の知ってる姉とバト部での評価が違いすぎてイライラしたもんだ。いまにして思えばこいつめちゃくちゃ内弁慶で強く出れるの俺ぐらいだったのかな。

 スマホを取り返そうと弱弱しく縋り付いてくる姉を片手で遠ざけながら、買ってきた総菜をレンジに放り込んであっためる。冷蔵庫に各種食材を仕舞いこむ。さっき運んだときにもちょっと思ったんだけど、本気出したら男の俺を捻じ伏せれたはずの姉の身体が冷たくて硬くて軽いことを俺は視覚だけでなく実感として感じ取る。そこには熱量があって柔軟性があって太ってるって意味じゃなく厚みのあった昔の身体の面影はない。冷蔵庫を開けて中のものに触れたときに「ん? なんか冷たくないぞ」と思ったら、姉のキッチンの冷蔵庫はコンセントを引っこ抜かれていた。電気代の無駄だと思ったんだろう。まじでほんとにこの部屋、使ってなかったんだな。プラグをコンセントに突っ込む。嫌な予感がして電子レンジを見たら電子レンジもコンセントが刺さっていなかった。溜め息つきそうになりながら差し込んだ。レンジが動き出す。

 誰かにこの状況を共有して一緒にバカ笑いしたい気持ちになったのだがおそらくこの状況を笑ってくれるやつは俺の数少ない友人の中には存在しねーんだろーな。

 電子レンジがあっため終了の合図を鳴らしたから俺はからあげとかやきそばとかお好み焼きとかチャーハンを引っ張り出す。スマホに手を伸ばす姉を半ば引きずるようにしてテーブルにそれらの総菜を並べる。姉の肩を押して座らせて貰ってきた割り箸を差し出す。

「とりあえず食おうぜ。冷める」

 納得した風ではなかったけれど姉は総菜を見下ろして頷く。

 姉と一緒に飯食うのは随分久しぶりだなとなんとなく思う。

 姉はスーパーの総菜をもそもそ不味そうに食う。食べながらぼろぼろ泣き出す。片手で俺の袖を取ってぎゅっと握る。新庄さんと別れて以来、仕事以外の誰かと飯食うことがあんまりなかったのかもしれない。LINEの履歴からは仕事が忙しくてプライベートが疎かになってたことが伝わってきた。それから姉が部屋目張りして練炭を焚こうとしていたことを誰にも伝えていなかったことも。なんかで聞いた「自殺しようとしてることを他人に伝える人は、止めて欲しがっていてSOSを出してる、それはそれで間違いってわけじゃないんだけど、ほんとに死のうとしてるやつは止められたくないから黙って死ぬ」というのを思い出す。ほんとに死のうとしてるやつは黙って死ぬ。俺が今日switch取りに来たのはたまたまだった。じゃあたまたま今日とりにこなかったら?

「俺、しばらく泊まるから」

 姉は思ってもみなかったって顔をする。

「だいがくは?」

「こっから通う」

 つーかここ、駅から近いし、ぶっちゃけ実家より全然利便性いいんだよな。

 姉はなんも言わない。べつに不快ってわけじゃなさそうなのはまあよかった。俺の存在が負担になってたらざまぁない。

 しばらく二人で無言で飯食ってて、食い終わったあとでぼーっとしてたら姉が「スマホ……」と言って俺を見る。

「ダメです」

「やることない」

 あーね。LINE見る限りでは知り合いとのやりとりはだいたい全部凍ってるんだけど、休日はソシャゲとかネットとかそういうので時間潰してたんだろうか? 「ポケモンやる?」試しに訊いてみる。「ポケモン?」姉は首傾げる。

 なんでせっかく買った新作を姉に提供してるんだろうとかなり疑問符だったのだが俺はできるだけすぐにやろうと持ってきてたポケットモンスター・ブリリアントダイヤモンドのカードをswitchに差し込む。DLが始まってすぐに終わる。

「ほれ」

「ポケモン……」

 渡してやると姉の手がswitchを包む。

「俺、ちょっと荷物とか取ってくるわ」

「うん」

 ついでに七輪と練炭を持ち出す。ゴミ集積所にポイっと捨て、……ようとしてちょっと考える。これも証拠じゃね? 考えた末に俺の部屋に置いとくことを決める。部屋に戻りスマホでぱしゃっと撮影し、ゴミ袋を持ってきてくるんで抱える。心情的にはこれ(姉のスマホ)も捨てたい。持っとくべきなんだろう。いまさら目張りした部屋の写真も撮っといた方がよかったんだろうなと思いつく。ガムテープ貼っつけたあとが残ってるからそれだけでもあとで撮っとくか。

 それから姉の勤めている会社に「姉が体調を崩したので一週間ほど休みを貰いたい」という旨を伝える。なんも知らない電話受付の人が「由美さんにお大事にと伝えてください」心底心配そうな声で言ってくれた。通話を切る。

 一回電車に揺られて家に戻って(七輪抱えてたから変な目で見られた)、着替えとか歯ブラシとか使いそうな教科書とかを纏める。うちにいた母に「しばらく友達のとこ泊まるわ」とだけ言う。姉のとこ、って言ったらいろいろ詮索されそうで躱すのが面倒だった。

「あんたもうちょっと早く言いなさいよ。ごはん作りかけだったじゃない」

「すまぬ」

「ふざけてないでちゃんとした言葉使わないと就活落ちるわよ?」

 余計なお世話だ。



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