どのへんを?
それはともかくとして内心で俺はぶちギレていた。
次の日に電車乗って大学行って山路教授の部屋をあける。「姉説得するんで訴訟する方向で話し進めていいすか」「いいよ」教授は二つ返事だった。「いまひまだったからねー」年末近い十一月にひまなわけなくねー?と思うのだが山路教授は大学でハブられ気味だって前に言っていた。なんの件だったか忘れたが事務員さんたちの雇用契約系で「それ法律ではそうなってないよ」ってところにがっつりつっこんで干されてるとか講義のときに言ってたっけ。干された感想は「仕事減ってうれしいや」とのこと。つっよ。
「委任状作るねー。着手金はなしでいいよ。んで僕の取り分は“あっちから引っ張れた額”の10%で」
相場がたしか16%ってあったし、たぶん安いと思う。
山路教授がわるい顔してるのだけ気になったが。
「持ち帰って姉と相談します」
「もちろん」
必要な書類を貰って、電車に乗って帰る途中でおんなじ電車にピンク色の頭が乗ってることに気づいた。今日はメイクと女装の方。目があいかけて逸らされた。途中まで乗り合わせただけかと思いきや、乗り換えでもついてくる。ついにはうちの最寄りの駅で俺と一緒にそいつも降りる。あいつに最寄り駅の話しはしたことがなかったからあっちは過不足金が出てるはずで撒こうと思えば乗り越し精算機でたぶん撒けるのだがそれはなんかひでー気がしたので俺は人波に逆らって階段の前で立ち止まって脇に退いて、振り返る。
「よお」
「……あはは」
相羽が笑ってごまかそうとした。
「ファミレスかどっかいくか?」
「本谷がいいなら」
駅から歩いて五分のところにあるガストに入った。とりあえず山盛りのポテトフライとドリンクバーを頼む。ホットコーヒーに砂糖を入れてかき混ぜながら俺は「このあいだの返事が聞きたい、てことでいいのか」と尋ねた。
「あ、それはほんとに言わなくていいよ」
じゃなんでつけまわしてたんだよ? 相羽がなんか俯いたり視線逸らしたりで言いづらそうにしてるから無理に聞き出すよりも待ってやった方がいい気がする。から「おまえらのバンド結構よかったぞ」とかなんかそういう迂遠な話しの進め方になる。
「ありがと。でもそのあとのやつらがさ」
「ああね」
「あいつらが上手いのは知ってたんだけど、おなじステージに立ってみるとやっぱり差を感じちゃったなぁ」
相羽がストローを突き刺してメロンソーダを啜る。
大学でのこととかしょーもねー話しを一通り終えたあとにぽつんと「母親に“いつまでもバカみたいな恰好してバカみたいなことやってないちゃんとしなさい”って言われてね、“あたしはべつにバカみたいな恰好してるわけじゃないしバカみたいなことしてるわけじゃないよ”って言い返したら、“私に文句があるならさっさと出て行きなさい”って。それから顔合わせる度に“いつ出て行くの?”って言われるようになって、きつくなって逃げてきちゃった」
わお。
「今日どうするつもりなん?」
「当面漫画喫茶にでも泊まろうかなって」
「おまえ、うち来いって言ってくれるの期待してるだろ」
相羽がぺろりと舌を出した。
最近溜め息つきまくってる気がする
「うち来いよ」
「いいの?」
「いいんだよ」
会計を済ませてガストを出た。うちに帰って「ただいまー」というふてくされた俺の声には反応しなかった母親が相羽の「おじゃましまーす」に反応して玄関に出てきて目を丸くする。「お姉ちゃん!お姉ちゃん降りてきなさい!」、「んー、なぁーにぃー」階段からぴょこぴょこ降りてきてひょっこり顔を出した姉が「あっくんが……あっくんが彼女連れてきた!!?」今世紀最大の衝撃を受けたような顔をした。
相羽も相羽で「はじめまして。相羽です。敦くんとは、仲良くさせてもらってます」女声を出してにっこり笑顔を作って積極的に誤解を誘引する。やると思ったよ……
母と姉がきゃーきゃー盛り上がっている。いちから全部説明して誤解をとく努力をするのが面倒でもういいや誤解させたまま話しを進めちまえと思う。
「今日こいつ泊めていい?」
「ええ! もちろん」
母がキッチンに引っ込んでいく。
姉の横を通り抜けて階段を登って相羽を俺の部屋に案内する。「案外片付いてるんだ」意外そうだった。「どんな部屋想像してたんだよ」「そりゃもういかにも男の子―って感じの」「おまえの部屋は?」「散らかってる。服とか化粧道具とか」そういうところから直してみるのが親との関係修復の第一歩だったりするんじゃねーの。とちらっとだけ思ったが余計なお世話もいいとこだったので言わずにおいた。
「ちょっとまってろ」
一階に降りると案の定、母が部屋を覗きにくる口実に飲み物とクッキーを用意してた。「さんきゅー」言いながら奪い取る。口実を潰されて不満たらたらな母が「あんた親のいる家でエッチなことしないでよね」言ってくる。するかよ。「いないときだったらいくらでもしていいけど」ああ、そうかい。部屋に戻る。と、今度は姉が俺の居ない間を見計らって部屋に入り込んでいた。「あっくんのどのへんを好きになられたのですか?」、「優しいところですね。本人は全然自分は優しくないと思ってるのがかわいいですよね」、「ほうほう。なるほど」姉の首根っこを掴んで放り出した。ドアを閉める。「けちー!」外で喚いている。
「つかれた」
「あはは。楽しいお姉さんだね」
しばらくくだらねー話で時間を潰してたら母が「夕飯食べるわよね?」と呼びに来る。相羽が「いただきます!」返事をする。リビングのテーブルにはコロッケが山のように積み上がっていた。おい、張り切りすぎだろ、ぼけなす。相羽はさすがに飯時は手袋は外してたがネックウォーマーはつけたまま。注視すればわかるはずだがじろじろ見るのも失礼だと思っているのか、母も姉も途中で帰ってきた父も相羽の正体に気づかない
「あつしのどのへんを好きになったの?」
親娘でおなじこと聞くな。
相羽は相羽で「やさしいとこですねー」と同じように答える。「気を使ってないふりして気を使ってるときありますよね、あつしくんって」おまえ普段の呼び方って本谷かもとやんだろうが。頭を抱えそうになった。姉は昨日より箸が進んでた。なんでだ?
飯食い終わって部屋に引っ込む。外も暗くなってくる。
そろそろ化粧落とせよと思ったが化粧落とした顔をあいつら(母と姉)に見られたらややこしそうだからなんとも言えん。
「風呂とかどーする?」
「一緒に入る?」
ふざけろ。
俺はシャワーだけ浴びた。
相羽が「うちの親も本谷のとこみたいだったらよかったのになぁ」とこぼす。こっちの家はこっちの家でべつの問題はあるし、こっちだっておまえみてえなの捌き切れるかわかんねーよ。とは口には出さない。けっ。布団敷いてやったらなんか言いたげにこっちを見ている。ちょっとした冗談を思いついたけど引かれそうで言ってみようか迷ってる、みたいな目をしている。
「なんだよ?」
「ええと、一緒に寝る?」
いい加減にしろよ、おまえ。
さっさと灯りを消して俺はベッドにもぐりこんだ。相羽に背を向けて目を閉じる。化粧したままの相羽が隣にいるのが気になって落ち着かない。まあそのうち寝れるだろ。と思ってたら相羽の方から「本谷、起きてる?」声がかかる。「何?」、「キスして欲しい」、「いいかげんにしろ」、「冗談じゃなくて」、「……」起き上がって、電気をつけた。相羽を見る。ライブハウスの前で縮こまってたのと似たような弱気な目をした相羽が俺の部屋にいて、布団を半分被って上半身起こしている。「それおまえにとってぜったいにいるのか?」、「ぜったい必要。いますごくさみしい」親に拒絶されて半分叩き出された気持ちは俺にはよくわからんけどまあそういうもんなんだろう。俺はなんかもういいやっていう気分だった。どうにでもなれよ。
「あのさぁ、これで俺がおまえに、なんだ? 気ぃ許した? とは思うなよ。こっちはまだ考えてんだから」
「え?」
顔を近づけた。
なんていうか、思ってたよりは、ふつうだった。
嫌悪感とかはそんなになかった。
それよりもほんとにされると思ってなかった相羽ががっちがちに緊張してたのがちょっとウケた。
顔を離す。
「終わり。寝ろ」
もっぺん灯りを消して布団に潜り込んだ。
「本谷がさ」
「あん?」
「適当に誤魔化したり頭から否定したりせずにちゃんと考えてくれてるのがうれしい」
相羽はそういう誤魔化しやら否定に傷つけられ続けてきたんだろーなというのが頭を過って、あんま感情移入しすぎて同情するべきじゃない気がしてそういう考えを振り払った。
「フラれても後悔しないと思う」
そーかよ。
そりゃよかったな。




