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拡散するアドレセンス  作者: ハルヤマノボル
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シーン#04 ジス

 みんなと家族の話をした時のこと。

 何でそういう流れになったのかを忘れてしまったのだけれど、確かリリの両親は有名な宗教家でとても厳しかったらしいのを覚えている。そしてレベッカが苦虫を噛み潰したような顔で話をはぐらかしたのも覚えている。不穏な雰囲気を纏ったまま話はぼくの方へ回ってきて、みんなの注目が集まる。

 その時ぼくは困ってしまった。だって家族という記憶がないのだから。

 戦争孤児という言葉をその時に知った。戦争が原因で親を失い、ひとりぼっちになってしまった子供の事を言うらしい。レベッカやカイはどうやらその孤児だったようで、カイはつまんなさそうにしていたけれど、急にレベッカはぼくに親身になってくれた。

 でもぼくには孤児だった頃の記憶もない。

 朝起きるとベッドの上にいるような、ドアを開けると寮の廊下に出るような、そんな当たり前の記憶しか持っていない。

 そんなぼくにライトは記憶障害じゃないかと言ってくれた。戦争によるショックなどで精神的なストレスを強く感じた結果、記憶を司る脳の部位に異常が発生するとかどうとかって言っていたっけ。とにかく不安になって検査をして貰ったのだけれど、結果は正常だった。少しの間だけみんながよそよそしくなってしまったのが怖かったけれど、今では昔以上にみんながぼくによくしてくれる。でも過去だけは相変わらず謎のまま。

 みんなが持っていてぼくには持っていない過去の記憶。自分が存在していた確かな事実。その存在をぼくは今求めている。ここで、みんなと。

 それがぼくの「存在」のアドレセンス。


「明日から林間学習に行ってもらう」

 りんかんがくしゅう?

 その謎めいた四文字の意味を詳しく知る事なく、ぼくたちは帝都に残された唯一の旧地球の自然遺産リュウキュウエリアに来ている。照りつける人工太陽が普段よりも眩しく、ほのかに暖かい。風が柔らかく、波の音が絶え間なく聞こえる。

 このエリアに辿り着くまでが煩雑で大変疲れたのもあってか、このまま横になってしまいたいという欲に駆られる。だって殺菌だの滅菌だのって水着で何種類もの液体を浴びさせられて乾燥させられたのだから。そのくらい厳重に管理されているらしく、あちらこちらに帝都軍関係の兵隊が動いている。

「何かもうすでに疲れちゃったね」

「このまま横になりたいな」

「私も同じ事思ってた。体のあちこちが気怠くて仕方ないよ」

 レベッカと同じような事を考えていたらしく二人で笑い合う。

 するとピーマンさんがやってきて「集合!」と怒ったように叫ぶ。みんなもやっぱり疲れているよう気怠げにぞろぞろと集まる。カイはゆったりと歩いてきていつものようにピーマンさんに睨まれていた。

「さて、まずは長旅ご苦労だった。本日から林間学習という事で君たちに孤島で数日間生活してもらう。目的は単純明快、チームワークの強化だ。私も寮母もいない環境で君たちは互いに助け合って関係を深め合って欲しい。以上、何か質問はあるか?」

 するとライトが背筋を伸ばした状態でピンと綺麗に挙手した。

「指揮官、滞在中にAHIが出現した場合はどのように対処しますか?」

 AHI。その言葉が出る度に空気に緊張感が走るような気がする。

「そうだな。場合にもよるが原則この林間学習が任務だと思って取り組んで欲しい」

「つまり対処する必要がないということで宜しいでしょうか?」

「いや、場合によるという訳だ。出現時のタロウの演算次第と言うべきだろうか」

 ピーマンさんの返事に誰も反応することなく沈黙が流れ、これ以上の質問がないのが空気から伝わる。ややあってピーマンさんはどこかに連絡を取り出した。何となく見つめたリリは祈りの姿勢をとって静かに佇んでいて、ジニャスは大きなあくびをしている。ぼくは今から始まる数日間が漠然としていて何となく不安なのに、みんなが平気そうにしてるのが不思議だった。

 ピーマンさんが連絡を取るのを終えてから少しすると二隻の船が波を掻き分け音を上げながらこちらにやって来た。

「そういえば言い忘れていたが二チームに分かれてもらう。まあ単純に男子と女子だ」

 男女に分かれる意図が何かあるんだろうなと思いながら横を見ると、少し遠くでジニャスがげえっとした顔をしていた。きっと男子三人きりになるのが嫌なんだろう。そう思うとちょっとだけおかしくなる。

「ではこれから林間学習を開始するっ!」

 そう高らかに宣言するピーマンさんとは裏腹に長旅で疲れたみんなは重たい足取りでぞろぞろと乗船する。


「みんなでお泊まりって何だかんだ初めてだね」

「任務と言えどもわくわくします」

 窓外に広がる海を眺めながらぼくたち女子チームはのんびりと会話をしていた。キラキラとした水面が水平線の遥か遠くまで続いている。

「任務って具体的に何をするんだろう」

「あ、そう言えば何も聞いてなかった!」

 レベッカがしまったという顔をする。

「上陸すれば何かしらの連絡があるでしょう」

「えー、今日はもう休みたいかなあ」

「そうだね。ぼくもゆっくりしたいなあ」

 気の抜けた声を上げているとリリがおもむろに手を合わせて熱心に祈り始めた。

「リリ、何してるの?」

「お祈りをしています」

 そう言えばリリはいつもこうやって何かに祈りを捧げているなと思った。一体に何に祈りを捧げているのだろう。そして祈る事で何が得られるのだろう。

 ふと横に居るレベッカの横顔を見つめる。物思いに沈んだように遠くを見ているようだ。ぼくはレベッカのこともよく知らない。孤児だということは知っているけど、それ以上のことはよく知らない。

 普段と違う環境にいるせいかぼくは自分のこと以上にみんなのことも知らないんだと気付かされた。

 そこから上陸まで三人は無言のまま波に揺られ続けていた。水面を眺めていたのでそんな沈黙は気にならなかった。

「わあ!すごいね!」

 船を降りるとそう言わずにはいられない程の自然が目前に広がっていた。人工的な船着場の先には緑が生い茂っていて、無秩序で畏怖を感じさせる威圧感があるが、帝都に人工的に植えてある小綺麗な木々とは違って強い生命力を訴えかけてくる。旧地球にはこんな自然が広がっていたんだ。データ上でしか見たことのなかったこの自然にただただ圧倒されていた。それは他のレベッカやリリも同じようで二人とも「すごい」やら「ちょっと怖い」と感嘆を漏らしていた。

 海辺の小さなコテージに辿り着いた時には日は沈みかけていた。コテージにはキッチン兼リビングと二段ベッドが二つ備え付けてあるベッドルームがあり、他にはシャワールームとトイレと必要最低限の施設を備えている。ぼくたちは荷物を下ろしてテーブルを囲むように座った。座ると同時に示し合わせた訳でもないのに互いにため息を漏らし合ってそれがおかしくて笑う。

「何か楽しいね」とレベッカが言う。

「そうですね。私たちだけの時間です」

「そっか、ジニャスたちは別の島に向かってたもんね」

 チーム別に乗船した後すぐにそれぞれの船は舳先を別の方向に向けていたことを思い出す。

「あの三人仲良くやっているかなあ」

「少し心配ですね」

 ジニャスとカイとライト。あの三人が仲良くしている姿を思い浮かべることが出来ず苦笑いする。

「もしかしてピーマンさんの狙いはジニャスさんたちを仲直りさせるためじゃないかな」

 そう言った時、壁に掛けるように設置してあったモニターがぶつんと音を上げながらピーマンさんの顔を映し出した。

「無事に上陸し、コテージへ到着したのを確認した。予め言っておくが君たちの行動は一応監視している。訓練であることを忘れるな。さて、最初の司令だがチームで協力して夕食を作れ。食材はドローンでこれより運ぶ。協力している様子がなければペナルティを課す。以上、では早速取り掛かれ」

 モニターはまたぶつんと音を上げて切れた。三人はそれぞれ顔を合わせて、この奇妙な指令内容にどのような感想を持ったのか気になった。

「これって…」

 するとどこからともなくプロペラが激しく空気を切り裂く音が聞こえ始めて、やがてそれは突然の夕立のように勢いを増して近づいて来た。

 三人はまた示し合わせたようにコテージを飛び出して音の正体を確かめる。コテージから少し離れた浜辺で大型のドローンが軍用のコンテナを降ろしているのが見えた。

「あれが食材かな?」

 強風と轟音に煽られながらレベッカが二人に尋ねる。恐らくそうだと言うような頷きをする。コンテナを降ろしたドローンは身軽になって、その場から逃げるように去っていく。やがて強風は止み、期待を膨らませながら浜辺のコンテナに駆けていく。

「思ったのよりも大きいね」

 そのコンテナは三人の背を易々と超えており、頂辺に刻まれた軍のマークが静かな威圧感を三人に与える。するとがちんと音がして、白い煙と共にコンテナが勝手にぷしゅうと音を立てて開き始めた。

「わあ!開いた!」

 冷えた空気が体に纏わりつくのを感じながらコンテナの内部へ。薄暗い内部には木箱がいくつか並んでいるだけで他には何も見当たらない。

「これが食材なのでしょうか?」

「開けてみよっか」

 レベッカはそう言って側にあった木箱を開けた。リリとジスは好奇心を抑え切れず覗き込む。そこには真空パックに詰められた食材があり、ジャガイモと記載されている。そのジャガイモが緩衝材に守られるように木箱の中央に置いてあった。

「これってもしかして野菜ってやつ?」

「そう…でしょうね」

 料理を作るのに元の素材となる食材があるということは寮母のアンダルシアさんから聞いたことはあった。しかしその実物は帝都によって厳重に管理されていて、加工前の食材をこうやって目で見ることは滅多にない。ジスたちははその楕円形の白い塊に見惚れていた。

「これで全部ね」

 コテージの横にあったリヤカーを使って全ての食材を運び切った頃、辺りはすっかり闇に包まれており、コテージから漏れる光のみが島内を照らしていた。

「でもそうやって夕食を作るの?」

 机の上に並べられた食材たちがどういった工程を経れば食べられるものになるのか検討がつかない。ジャガイモ、ニンジン、タマネギとそれぞれ記載された真空パックと香ばしい匂いのするこげ茶色の固形物、そしてサラサラとした状態の白いつぶつぶ。

「恐らくここに何か記載されているのはないでしょうか?」

 そう言ってリリが一冊の絵本を取り上げた。それは元からコテージの中に置いてあったようで、表紙には『なかよしカレーライス』というタイトルと三人の少女が食卓を囲んでカレーライスを食べている姿が描かれている。リリの側に集まって三人はその絵本を読み始める。絵本の内容は三人の少女がそれぞれ役割を持って手伝いながらカレーライスを作るといったものだった。絵本を読み終えると三人は顔を見合わせて軽く頷く。

「よしっ、とりあえずやってみよっか!」

 レベッカが下ごしらえ、リリが火の番、ジスが炊飯と絵本通りに大まかな役割を決めて料理に取り組んだ。絵本と同じような器具が準備してあったので大きなトラブルもなく順調に料理は進む。

 やがて空腹を突くような香りが部屋に充満する。リリは一定のリズムでカレーの入った大鍋をかき混ぜる。絵本の『こげないようにやさしくまぜまぜ』を絶賛実証中みたい。レベッカとリリはしゅーしゅーと音を上げる炊飯器をじぃーっと見つめている。ほのかに甘い香りが漂ってきて空腹が加速する。

「お腹すいたあ」とジスは呟く。するとそれに答えるかのように炊飯器がぴーぴーと鳴り響き、二人はビクッと驚いてから興奮の色を覗かせる。

「出来た!?」

「出来たよね??」

 スプーンで炊き立てのご飯を楕円形の皿によそってそこにカレーをかける。三人分のカレーライスが出来てジスたちはテーブルを囲む。その光景は『なかよしカレーライス』の表紙絵そのもの。

「じゃあ、いただきます!」

「いただきますっ!」

「いただきます」

 そう食前の呪文を唱えたと同時にそれぞれがカレーライスを口に運ぶ。

「ん!」

「これは!」

 三人はまた示し合わせたように顔を見合ってもぐもぐする。リリはおもむろに片手のひらを口元に運んで「美味しいですね」と真面目腐った表情で言う。ジスとリリはそれが何だかおかしくて楽しくて思わず笑ってしまう。

「二人ともどうしたんです?」

「いや、何か楽しいなって」

「そうですね。私も楽しいです」

 正直三人だけでどうなるんだろうという不安があったけど、夕食がトラブルなく成功したお陰でぼくたちだけでも出来るんだというような自信が湧いてくる気がするし、レベッカとリリのことがもっと好きになったような気もするなあとカレーライスを食べながら考えていた。

「何か命令って感じじゃなかったね」

 テーブルの上は片付いていて、食器たちはシンクの中で山になっていた。

「そう言えばこれって命令だったね。忘れてた」

「楽しい任務でした」

「こういう任務は大歓迎かな」

 そうレベッカが軽口を叩くとどこからともなくどすんどすんと不自然な音がする。三人の間に微かに緊張が走る。

「何の音でしょうか」

 さっきまで穏やかな表情をしていたリリが引き締まった目つきでそう囁く。

 どしん。どしん。

 その足音は確かなリズムを伴って徐々に大きくなっていく。

 シンクの中の食器がかちゃんかちゃんと微かに音を立てる。

「こんな時にもやってくるのね」

 レベッカは立ち上がって玄関に向かいその異音の正体を確認しに出かける。リリもそれに倣って外に出る。ぼくは何だか大事なものを壊されたようで気が乗らなかったけど二人の後をついていくことにした。

 暗闇に目が慣れるのに時間がかかったけど、こちらに迫ってくる異音の正体は間違いもなくAHIだった。ぼくたちは武器もスーツも持たないままAHIと対峙してしまった。

次回投稿日を守れてなくてすみません…。

多分来週8月26日午前1時です。何卒。

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