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拡散するアドレセンス  作者: ハルヤマノボル
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シーン#03 ジニャス

 きーん、こーん、かーん、こーん。

 独特なチャイムが教室にこだまして授業の終了の合図を告げる。各々が電子机での学習を辞めて、各々が疲れを身体で表現する。ライトはテキパキと教材を片付け、レベッカは両手を宙に突き上げて伸びをしている。ジスはぼけーっとしていて、カイとリリはまだまだ居眠り中だ。俺は左手の肘をついて拳で顔を支えている。電子机に表示されたファイルは開いたままで、ため息がそれらを優しく撫でる。要するにみんなと同じく疲れたというわけだ。

 俺たちはAHIに対抗する帝都トウキョウ唯一の特殊戦闘部隊であるが、そのAHIが出現しない限りはこうして生徒として学習する義務があるらしい。学習内容は日本史以外は主に実学的な知識習得が中心で試験はない。つまり俺たちは特殊な理由が無い限りは学校に居なければならないという古文書めいた法律を盲目的に遵守しているというわけだ。だからカイやリリのように寝て過ごす者がいる。

 空いた右手で表示されているフォルダを消しているうちに指揮官のピーマンが教室にやって来た。

「さあホームルームの時間だ。おい、リリとカイ、起きないか」

「ふあああい」

 リリはその呼び掛けに反応して眠気まなこを擦りながら気の抜けた返事をして周りを笑わせる。相変わらずカイは起きる気配がない。仕方ないので起こしてやることにするか。

「おい。起きろよ」

 痩せぎすながらも芯の強さを感じさせる肩を揺する。するとゆっくりと頭が起き上がり、閉じているのか空いているのか分からないような目でカイはジニャスを睨む。

「いいところだったのによお」

「何が?」

「夢に決まってんだろ」

 何が夢に決まっているの理解し難いが、いつも寝起きのカイは機嫌が悪いので適当に流すのが一番だ。訝しげな表情でカイがピーマンの方を向いてやっとホームルームが始まる。

「カイにとってこういう時間は退屈に感じるのは仕方ない気もするが、まあ自由にさせたままにするのも良くない。君たちは一応帝都からの補助金で生活している。施設を自由に使えたり、十分な食事を取れるのも帝都の助けがあっての話だ。つまらないかもしれないが、出来る限り真剣に取り組んでもらいたいものだ」

「わざわざそんな小言の為に来たのかよォ」

 カイがすかさず茶々を入れる。クスクスと微かに笑い声があちこちから漏れる。

「そういう態度を改めて貰いたいものだな。では本題に入ろう。最近副都フクオカを中心に『地球会』の活動が活発化している」

 ガタッと大きな音を上げてリリが立ち上がる。先程まで眼を瞬かせていたとは思えないほどの目付き、そして難しい顔している。彼女と『地球会』には何か関係があるのだろうか。

「まあまあ、そこまで敏感になるんじゃない。よく分かってない君たちに説明をしておこう。『地球会』とはAHIを人類の敵ではなく…」

 そうピーマンが説明し始めた時に警報がけたたましく鳴り響いた。びぃーっ、びぃーっ。耳をつんざくようなこの警報は恐らく…。

「…話の途中で悪い。AHIが出現した」

 それぞれがそれぞれの意思で椅子から立ち上がる。俺はみんなの期待に応える為、支えてくれる人たちの為に戦う。

「出動だ」

それが俺の「貢献」のアドレセンス。


『とにかく飛行手段と思しき羽根を破れ』

 ピーマンの声が脳内でこだまする。

 俺たちは苦戦していた。このAHIは不規則な移動をする上に視野が異様に広くて俺たちの攻撃を易々と躱す。それだけであればまだマシなのだが。

「邪魔をするな!」

「わたしだってぶつかりたくてぶつかってんじゃないの!」

 ピーマンの作戦が上手くいかないと各々は自分の信じた方法で攻撃を試みる。その結果互いに邪魔をし合い、戦場は無茶苦茶になる。目前で悠長に浮かぶAHIはそんな内輪のイザコザなど意に介さず目の大きな頭部をぐるぐると不規則なリズムで回転させている。

『お前たち!喧嘩などしている場合じゃないだろ!』

「お前の作戦が甘いからこうなったんだろォ」

 カイが凄みを効かせた声で呟く。普段は気分屋でマイペースだが、戦場では誰よりも冷静で、誰よりも冷酷だ。

「そんな言い方してはなりません。主が与えし試練を皆で乗り越えなければならないのです」

「ボクもみんなで力を合わせるべきだと、思う」

 リリとジスが場の空気を戻そうと働きかけているのが分かる。

「おいおい。もう作戦を忘れちまったのか? トンボとかいうAHIの視野は全方向を見渡せるんだろ。だから全員で各方角から攻撃を仕掛けたんじゃねえか。その時点では力を合わせた。で、AHIがめちゃくちゃな動きで避けて作戦は失敗。だから各々が勝手に攻撃しリズムが損なわれた。あやつらは力を合わせても無駄だって気付いんてんじゃねえの?」

 その通りだ。しかしだからと言ってチームワークを壊してしまっては元も子もない。

「隊長。対象の再分析と作戦の再構築を要請します」

 ジニャスは槍の感触を確かめながらピーマンにそう連絡を取る。

 ギリギリの状況でも俺はみんなをまとめなければならない。一人では乗り越えられない難題もみんなで力を合わせれば乗り越えられるはずだと信じているし、いつもそうやってきた。

『ジニャスの要請を容認した。作戦の再構築のために対象のデータが欲しい。それまでは対象を帝都方面から遠ざけることを念頭にジニャスとカイとライトで近接攻撃を仕掛けろ。残りの三名は後方支援だ。いいな?』

「了解!」

『了解!』

 ピーマンはいつも現場の判断を尊重してくれる。

「カイ! ライト! 聞いたか?」

「何だあ?」

「聞こえている」

 俺たちはその信頼に応えないと。

「よし! カイは上方から、ライトは下方、俺は水平からで順番に攻撃するぞ!」

「オレが最初だ」

「なら私は二番目だ」

「分かった…! 行くぞ」

 カイはとてつもないスピードで上空の遥か彼方へと飛び上がり慣性を利用しながら一回転し対象に向け突っ込んでいく。

「喰らいやがれええええええええええ!」

 隕石のように一直線に対象の背を目掛けて突撃するカイ。その動きを観察しながらライトは地上で集中力を高めていた。

「必ず一撃で仕留める…」

 足を曲げて飛び上がる準備を始める。全身に力を込めて爆発的に飛ぶイメージを高める。

「そろそろか」

 カイとライトの姿を見てそろそろだと感じる。効果があるか分からないが出来る限りの高速で対象の周りを回転しながら攻撃のタイミングを計る。対象の頭部にある目がこちらの動きを見失うことなく監視し続けているのはかなり不快だが好都合なのかもしない。俺に見惚れてカイかライトの攻撃が当たればそれでいい。

 カイが対象の背を捉えたと思った瞬間、対象は宙で横回転し、その衝撃波に煽られたカイは対象の横すれすれを突っ込んでいく。タイミングをずらして強襲したライトの一振りは異常なスピードで丸くなった対象のこれまた横すれすれを飛んで行き虚空を貫いた。最後のジニャスの一突きは丸まりを緩めた対象の隙間を貫いて彼方へとすっとんで行く。カイは派手に地面に突っ込んで物凄い量の土煙を上げた。ライトはそれに巻き込まれてしまう。

「今だ! ジス! 撃ち込んでやれ!」

 後方支援の三人に向けてどこからか声が響いた。後方支援中の三人はそれがカイからのメッセージであることに気付き、顔を見合わせて攻撃を開始した。

『おい! お前たちは後方支援と言っただろ!』

 三人の不可解な動きに気付いたピーマンが声を荒げて命令したが、ジスはライフルにパワーを急装填して対象に向けて放つ。一筋に伸びていく黄金色のビームは対象の翼部の根本を貫く。対象はぎぎぎと金属音に似た音を上げて苦しみを露わにする。

「やりました!」

 攻撃が当たったことに気付いた残りの二人は示し合わせたように同じタイミングで加速し対象目掛けて光の如く追撃を加える。レベッカの鎌は対象の別の翼部の根本を綺麗に刈り取り、リリは空中で一回転し遠心力を利用して対象の背を強打する。未知の攻撃にただ叫ぶ他ない対象は強烈な一撃で地上に叩きつけられる。

「うおおおおおおお!」

 地上で苦しむ対象の脳天目掛けて物凄いスピードで何者かが突撃する。その一閃は確かに対象の脳天を貫き、遅れて鈍色の液体が噴水のように飛び出す。

『…対人類生命体の生命反応の消失を確認した。…任務完了だ』

 ピーマンの納得していないような声が脳内に届く。これでよかったはず。ジニャスは自分にそう言い聞かせて全身に浴びた鈍色の液体を手で払い除けた。


「言いたいことが山のようにあるが、とにかくご苦労だった」

 翌日のホームルームは昨日の戦闘のせいもあってか、気怠けな空気が流れていた。

「ジニャスの機転の効いた提案、そしてカイの妙案、最後にジス、レベッカ、リリの命令不履行と話題の尽きない作戦だったな」

 どこか皮肉めいた口調でピーマンは言う。ジスに目をやるとあからさまに動揺しているのが伺えた。

「まずはジニャス。リーダーとしての務めを果たしたと言えよう。しかし突撃の勢いあまりに状況が把握し辛い距離まで離れてしまうのはいただけないな」

 俺はただただ恐縮ですと言わんばかりの顔をするしかなかった。

「次にカイ。私はいつも無茶をするなといっているだろう」

 カイの敵意剥き出しの目線がピーマンに注がれる。

「ライトを見てみろ。土石流に巻き込まれて左腕を骨折した」

 なるほどライトの腕が腫れているように見えたのにはそういう理由があったのか。

「戦闘中での発想力、そして実行力は随一だが、お前のそれには周りが見えてない。せめてこう言うことをすると言っておけないのか?」

「こいつらがオレの考えを理解できるとは思ってねえ。だってそうじゃねえか。オレが言わなければジスは打たなかっただろう?」

 急に自分の名前を出されたジスはビクッとする。

「そもそも他の三人は私が待機命令を出した。その事の重大さを分かっているか? 私は三人に命令を出したんだ。これを守って貰えないと指示を出している意味が無い」

「じゃあ何だよ。死ねと言われたら死ねって事かよ?」

 カイはいきりたって立ち上がる。

 全員がピーマンの次の言葉に注目する。

「…そうだ」

 そう無表情で答えるピーマンの冷たい声に教室内の空気は凍りついた。俺は何も言い返す事が出来ず、ただ耳を傾ける事しか出来ない。

「我々は良くも悪くも前世紀のシステムを引きずっている。上の命令一つで下の人生が決まる。時には非情な命令を下す事だってある。それは不要だから捨てると言うわけではない。新世紀に残された人類の存続の為であり、また君たち隊員の自己実現の為だ」

ピーマンの説明に異を唱える者は無かった。カイでさえも固唾を飲んで真剣に見守っている。

「命令に背くという事は我々の意志に背くという事だ。意味もなく待機命令を下す事なんてない。タロウの演算で導かれるAHIの行動予測、そして被害予測。その他諸々の可能性を試算して最終的な決定を命令として下している」

 こうやってタロウが何をしているのか説明されたのは初めてだ。きっとみんなもそうで、俺と同じように興味を持って聞いているに違いない。

「新世紀の社会はタロウを基礎にして成り立っているんだ。必要な仕事とそうでない仕事。人間がすべき仕事とそうでない仕事。どれも現実的な視点からタロウが決定している。君たち特殊戦闘部隊は極めて必要な仕事だ。君たちが居なければ誰がAHIを処理するんだ。君たちは命令がなければAHIに対してどのように対処するんだ」

 これに対しても誰も何も言い返せない。しかし確かな熱を感じる。ピーマンの言葉に誰もが誇りを再確認している。俺だってそうだ。こう言われて奮い立たない訳がない。

「君たちにしか出来ない。他に代わりなどいない。だからこそ、命令を守って欲しい。命令はかけがえのない君たちを守る為にも存在してるんだ」

 ピーマンも語るうちに教室内の熱気に煽られたのか最後の方は語気が力強くなっていた。俺もそれに煽られて泣きたくなるような熱さを全身に感じた。ここからまた新しい一歩が始まる。そんな予感と期待で一杯になった。

 しかしそれは俺のただの思い違いだったようだ。


「おい、待てよ」

 寮内の廊下を進んでいると後方からドスの効いた声が聞こえて思わず振り返る。そこには何か納得いかない様子のカイがいた。

「どうしたんだ?」

「待てよッ!!」

 どうやらカイは俺の前方を歩いていたライトに用があるらしい。俺の問いかけは完全に無視された。そして当のライトはカイの声が届いてないのかずんずん前に進んで背中が遠くなっていく。

待つ気がないのを察したのか勢いよく走り出したカイは俺の横を通り過ぎてライトの肩を右手で強く掴んで引っ張った。

「お前、黙ってんじゃねえよ」

 なぜカイがそこまで怒っているのか分からないし、当のライトも「何の話だ?」と怪訝な顔をして言うのでライトでさえも分からないようだ。

「そう言う所がムカつくんだよォ!」

「カイ、よせって」

 ただならぬ雰囲気を感じ取ってカイを落ち着かせようと試みたが、彼にはライトの反応以外意識の範疇にないらしい。

 苦笑いしつつもライトが上手くあしらってくれることを望んだが、ライトは嫌そうな表情で「もう寝る時間だがら離してくれ」と赤点間違いなしの返事をしたのでもうどうしようもないと察した。

「コケにしやがって…!」

「だから何の話だ?」

「その傷だ! お前は俺のせいで怪我したんだろ? だったら! 何か一つぐらい俺に言う事があるだろッ! 何で平然として居られるんだ?」

 俺もライトもやっとカイが激昂する理由が掴めた。カイの無茶に巻き込まれて怪我を負ったライトがカイに恨み辛みもなしにいつも通りでいるのが不愉快らしい。

「…そうだな、なかなか痛かった。これで満足か?」

 ライトがそう余計な一言を語尾に付け加えた瞬間カイは自由な方の拳で勢い良く振りかかった。パチンと乾いた音が廊下にこだまする。俺は思わず目を伏せてしまう。

「…手を挙げちゃダメじゃない」

 女性の声が聞こえたので顔を上げるとそこにはカイの拳を握り返す寮母のアン姉が居た。

 俺もカイも恐らくライトも驚いたに違いない。この廊下には三人しか居なかったはずだから。

「アン姉さん、どうして?」

アン姉はこちらを向いてフフッと意味ありげに笑いかけながら「賑やかな声がしたからね。私も混ぜてもらおうかなって」と三人に聞こえるように言った。

「…訳が分かんねえ! 全く分かんねえ!」

 カイはアン姉に掴まれた手を乱暴に振り解くと、ライトの横を無言ですり抜けて廊下の奥の自室に消えていった。ライトは解放された事に少しうんざりとした様子でカイと同じく自室に消えていく。

「まだまだあの二人には距離があるみたいね」

 アン姉はそう言って悪戯っぽく笑う。俺はアン姉と二人きりになった経験があまりにもないせいでただただしどろもどろしてしまう。

「あなたも大変ね。でも見捨てちゃダメよ」

 頭をポンと叩かれたと思うとその背中は俺たちの自室の反対側に消えていった。触られて少し乱れた髪を整えながらアン姉の発言の意図を考えた。

 そして少なくともあの二人にはピーマンのあの言葉は届いていない事が分かった。

第4話は8月5日午前1時投稿予定です。何卒。

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