悲劇のヒロイン
「部長、急で申し訳ないんですが、明日有休使っていいですか」
真亜子が部長に話すところを、透悟は見て見ぬふりをする。
その時急いでトイレから戻ってきた早希が、由美にさっき聞いたことを打ち明けた。
「マージで!?」
「しーっ! 声大きいから、バカ!」
席に戻った真亜子に、早希が声をかけた。
「まぁちゃん、大丈夫?」
すると真亜子は先輩達の心配をよそに、意外とケロッとして
「はい、大丈夫ですよ」
と答えた。そして
「あ、由美さん、明日有休もらったので、休みます。急にすみません」
と笑った。
「それはいいけど……でも部長、よくオッケーしたね」
「身内が倒れたって言いました」
声を潜めて笑う真亜子に、由美は
「辛かったら言うんだよっ……!」
と頭を撫でながら言った。
*
帰りの電車内でも、真亜子は冷静だった。果たして自分は本当に透悟のことが好きだったのだろうか、と自問自答するくらいに。
結局のところ、透悟は気の利くしっかりものの女性よりも、少し間の抜けた放っておけないタイプの女性が好みだったということか。
──次の日。
平日に仕事を休み、太陽がいつもより高く昇るまで寝ていられることは、朝に弱い真亜子にとって幸せなことだった。
「そんなに晴れやがって」
カーテン越しにわかる晴天に文句を言いながら、身支度をするために洗面所へ向かった。
歯ブラシを口に含み、目の前の鏡を見ると、自分の間抜けな顔に「ふっ」と吹き出してしまった。
「バッカみたい。間抜けな顔」
落ち込んでいるはずなのに、自分の顔を見て笑ってしまったことに腹が立つ。
そして、気が緩むと頭を過ぎる、透悟の笑顔……。
──全部嘘だったってわけね。
歯磨きと洗顔を済ませた真亜子は、着替えをせずに再びベッドに入った。今日くらい、ドロドロになるまで腐っていたって誰も怒らないはずだ。
──だって私は、二股をかけられた挙句、飲み会で付き合ってたことをなかったことにされた、悲劇のヒロインなんだから……。
「せつないよ……」