黒いカクテル
けれどその日、いつもなら解散になるところを、二軒目の誘いがあった。
「真亜子ちゃん、今日この後まだ時間ある?」
「え? あ、はい」
「もう一軒行かない? この近くでいい感じのバー見つけたんだ」
いつも居酒屋で飲むだけだったのに、バーなんて洒落た場所に誘われたら、断る理由などない。
「ほんとですか!? 行きたいです」
「じゃ、行こっか」
今まで飲んでいた居酒屋から歩いて5分ほどの場所に、お洒落な看板を掲げたバーがあった。
「こんなバーあったんですね」
「ね。俺も知らなかったんだけど」
薄暗い階段を地下に降りていくと、黒い鉄扉が姿を現した。
透悟が開けてくれた鉄扉を潜ると、ワイングラスがたくさんぶら下がったバーカウンターが目に入る。
「カウンターでいい?」
「はい」
透悟は真亜子に確認を取ってから、マスターに目で合図を送った。
「こちらどうぞ」
感じのよさそうなマスターがカウンターを案内してくれた。
「こういう所、初めてだから緊張します……」
「俺も慣れてるわけじゃないけど」
そう言って照れ臭そうに笑う透悟が、斜め下からの光でいつも以上にかっこよく見えた。
「僕はこの間のヤツ。真亜子ちゃんは、何か希望ある?」
「私、カクテルってわからなくて……」
「じゃあ、黒いカクテルってあります?」
──黒いカクテル……? カクテルのオーダーってそんなラフな感じでいいの?
「かしこまりました」
マスターが低い声で言う。
「コーヒーは飲めますか?」
「はい、大丈夫です」
「では、少々お待ちくださいませ」