愛追う黒い髪
「はぁ……。つまらない……」
朝方、まだ目覚まし時計も鳴っていないのに、真亜子は薄暗い部屋で目を覚ました。
静かな部屋で、時計の秒針の音が微かに聞こえる。
非遮光性のカーテンがうっすらと晴れた空を映し出し、部屋の中に充満する濁った光をかき混ぜるように真亜子は上半身を起こした。
背中まで覆う長くてストレートの黒髪が、真亜子の後を追ってくる。
真亜子はよく眠れていなかった。
浅い浅い眠りの中、眠っているのか起きているのかわからない状態のまま、瞼の外側が明るくなってきて、うんざりして身体を起こしたのだった。
起きて第一声が『つまらない』だ。
『眠れない』でも『もう朝か』でもなく、『つまらない』だったのには、理由がある。
*
それは昨日のこと。
会社の飲み会が開かれて、真亜子も出席していた。
真亜子は社内にずっと想いを寄せている先輩がいた。
新人の頃からいろいろと気にかけてくれて優しく接してくれる、真亜子の大好きな塩顔の、色素薄い系の顔をしている飯塚透悟という先輩だった。
年齢は真亜子のひとつ上だ。
見た目だけでもタイプだったのに加え、優しく面倒を見てくれるものだから、真亜子はどんどん透悟に惹かれていった。
片想いをしている間、真亜子は飲み会に必ず出席し、少しでも透悟にいい印象をつけられるように気の利く女を演じ続けた。
本当の真亜子が気の利かない女というわけではなかったが、いつも以上に気を遣って透悟の印象に残れるように頑張った。実に健気である。
苦手な上司のグラスにお酒が入っていないことに真っ先に気づいたし、料理に手が届かない人用に小皿に取り分けて運んだりもした。
自分は酔いすぎてハメを外さないよう、お酒の量もセーブして世話役に徹した。
完璧な後輩を演出していたつもりだった。