たちあがりましょう
失敗して落ち込んだ青年がいた。
うずくまり、もう何も観たくないとしたような姿勢で床にいる。
そんな青年の前では、通り過ぎる人達が青年の事など気にせずに歩いていく。
人とは悲しいものだ。しかし、関わらないという選択肢をとるのも正しい。
しかし、変わった人間がいる。
「どうしたの?」
声をかける女性は、青年に尋ねるも……反応はない。
それでも心配という気持ちが強いから、女性はうずくまった青年の頭を優しく抑えてから、手を差し伸べる。
「立ち上がりましょう」
「!……」
1つ、無理矢理にでも顔を上げさせることをしてから、差し伸べた手に……青年は戸惑いながらも、女性の手を掴んでゆっくりと立ち上がった。
青年が見上げたとき、その女性の顔と優しさは太陽のように眩しく感じた。差し伸べてくれる手は光のように、暗く落ち込んだ自分を助けてくれるような……とても嬉しい気持ちで、わずかに恋心を抱いた。
◇ ◇
「ふーむ。男というのは、女性のちょっとした優しさでコロっとイッてしまう簡単な生物なんですね」
かなり掻い摘んだ恋愛物を読んでいるのは、裏切京子。彼女にはとーっても好きな異性がいるのであるが、最近アタックが上手く行っておらず、恋愛のお勉強をしているところであった。創作物はご都合主義ばかりで参考になるんだろうか?
「落ち込んでる時、手を差し伸べて、優しくしてやると発情するんですか。美少女がやるとさらに効果的……っと」
君が美少女という存在になるかも問題な気がする。
「ちょっと、ナレーター!!変な事を言ったでしょ!?」
男女関係なく、人間というのは落ち込んでいる時こそ、優しくされると結構信頼したり、嬉しくなったりもする。それを使って詐欺だのなんだのもあるが……。
友達、恋人、夫婦に至るまで、誰かとの関係を持つには心が繫がる優しさがあるものだ。そーいう優しさを地道に作りあげる事もせず、斜め上から捻って試みる裏切京子のやり方はとても間違っている。
それみろと、良からぬ考えをし始め、創作物の一部を勝手に考える。
「とはいえ、広嶋様はこーいう落ち込むなんてことを私達に見せないような……。しからば、私自らが作り上げて、優しさのある対応をし、惚れさせましょうか」
手を差し伸べる。
立ち上がろうというフレーズ。
それらを活かせる状況に持ち込めばいいのに、無理矢理な解釈をして実行する彼女。
いざ、広嶋健吾のところへ。
◇ ◇
裏切からいつもの喫茶店に呼び出され、来てみれば……。
彼女が少し興奮したかのような表情で、自分の前でしゃがみ始めて
「なんのつもりだ、裏切?」
「……」
手を差し伸べる……というよりかは、手を伸ばすというような動きを見せ、俺のズボンのところに……。そして、裏切は言いながら
「さぁ、たちあがりましょう」
「テメェ。指動かしたら、顔面を蹴飛ばすぞ」
その”たちあがりましょう”って……どーいう漢字を使う気だ?
ズボンのチャックのところに指をかけるな。凝視しているところ、俺の顔を見てないだろ。
くちゅちゅぅ
「舌を露骨に動かすな」
「こ、これでもたちあがりませんか?」
「アホなもんで学習してるんじゃない」
ドーンッと、広嶋はしゃがんで変な行動をしている裏切を床に押し倒してしまう。
「あいたたたた」
「……まったく、変なことばっかしやがって。ほれ、立て」
見本のように広嶋は床にお尻をつけた裏切に手を差し伸べる。迷惑行為をされながらも、なんだかんだで彼女の気持ちを汲み取ってあげる。
そーいう優しい手に裏切は捕まって、ゆっくりと起き上がる。こーやって手を握ったのは久々だったからなんだか温かい。
「あ、ありがとうございます」
「まったく」
広嶋は裏切を押し倒した事を悪いと思ってか、裏切の体が汚れちゃいない床についたところを手でポンポンっと、掃ってあげた。
それから席について、裏切に注文した。
「お前が呼んだんだから、飲み物くらい奢れ」
「あの、広嶋様……」
「なんだよ」
話くらいは付き合ってやるというような反応の広嶋に対し、今ちょっと感じたことを裏切は気にしながら彼に尋ねた。
「ノーパンの私のお尻、触りましたよね?今」
たちました?
ドゴオオオオォォォッ
不用意な発言をされる前に、広嶋は裏切の顔に飛び蹴りをかますのであった。
「余計なこと言ってんじゃねぇ……」
広嶋はこのあと、あんまり裏切のことを正面から見ないでいた。