食いしん坊のバレンタイン
翼の家に居候している未来の話。
朝、テレビをつけて今日がバレンタインデーだと知った。
僕は単純にチョコ食べたいなと思ったけど、残念ながらチョコを貰える予定はない。仕事は休みで誰かと会う約束もしていない。
そうだ、自分で作ってみよう。子供の頃に姉ちゃんと生チョコを作ったのを思い出して、決めた。作り方は忘れてたけどネットで調べたら意外と簡単そう。
スーパーに行ってチョコレートの板と生クリーム、ココアパウダーを買った。さすがバレンタイン当日だからか、安い生クリームとココアパウダーは品切れしていて、ちょっとお高めのものを買う羽目になった。
ネットのレシピにはブラックチョコレートでもいけるとあったので、それで試してみようとブラックチョコの板を四枚。でもグラム数を確認したら思ってたより少なくて、レシピ通りに作るにはもう一枚必要だった。仕方ないので使う生クリームの量を減らすことにする。
まずはとにかくチョコを刻みまくる。これが意外に大変だし、まな板と包丁どころか手までチョコまみれになる。一枚切り刻んだら一旦ボウルに移すんだけど、ペラペラなプラスチックのまな板を持ち上げたら、細かなチョコの破片がふわっと飛んでさらにチョコまみれになった。
何この現象……と思ったけどなんだか見覚えのある飛び散り方だった。多分、静電気。あまり細かすぎても飛び散っちゃうなと学習して、次の板から心持ち大きめに刻む。それでも破片は散っていくんだけど。
最後の四枚目を切り終えて、その時包丁でそっとチョコの上を押さえてあげれば飛び散らないと気がついた。次に活かすチョコはもうない。
チョコは一枚五十グラム。四枚で二百グラム。それに対して生クリームは九十六グラム。元のレシピから計算して減らしたらすごい中途半端な数字になった。
生クリームを計量して、鍋に入れて火にかける。その間に生チョコを入れるタッパーを出してラップを用意していたら、もう縁が泡立ってきていて慌てて火を止めた。
そこに刻んだチョコを投入。泡立て器で冷えないうちにかき混ぜる。頑張って刻んだ甲斐あってチョコはすぐに溶けた。固まらないうちに、なんて思ってラップを敷いたタッパーに急いで移した。あとから気がついたけど、冷やし固める必要のある生チョコなんだから、そこまで急がなくてもすぐ固まる心配はなかった。
ラップでふたは完全には閉まらなかったので、ふたは軽く乗せて冷蔵庫に入れて冷やした。しばらく待ってから切り分けてココアを振ろう。
チョコまみれになった調理器具を見た。翼に見られたら絶対怒られるだろうなあと思いながら、鍋に残ってしまったチョコも泡立て器についたチョコも全部舐めた。流石に調理台に落ちたチョコまでは舐めなかったけど。
けっこう美味しかった。完成が楽しみだ。
冷蔵庫に生チョコを入れてから一時間以上が立った。様子を見てみるとちゃんと固まっていたので、お湯を沸かして包丁にかけ、キッチンペーパーでよく拭いて生チョコを切り分けた。というか思ってた以上に厚みがある。ひとつぶひとつぶがだいぶでかい。
これは食べがいがあるなあとニコニコしながら生チョコにココアを振る。
すぐに食べたかったけど、せっかくだし翼が帰ってきたら一緒に食べようと考えて、生チョコはもう一度冷蔵庫に戻した。
でも夕方にラインが来て、帰りは遅くなるからひとりでご飯食べて寝ろとのお達しだった。
夜ご飯を作りながら悩む。生チョコ一緒に食べたかったな。せっかくのバレンタインだし(?)ひとりでチョコ食べるのはなんか寂しいな。頑張って作ったしな。
うんうん悩んで、ご飯を食べ終わる頃に置き手紙して寝ようと決めた。
僕が食べだしたら多分我慢できなくて全部食べちゃうので、翼に「冷蔵庫に生チョコあるから食べていいよ」と置き手紙して先に翼に食べてもらうのだ。翼は僕ほど甘い物好きじゃないのできっと全部は食べない。好きな分食べてもらって残りを僕が食べようという算段だ。
朝起きたら感想聞いてみよう。僕が作ったんだよと言ったらびっくりするかな。わくわくしながら、僕はその夜翼が帰ってくる前に寝た。
次の日の朝。びっくりしたのは僕だった。
冷蔵庫を開けたら僕の作った生チョコは全部なくなってて、翼が唯一食べるケーキであるチョコのモンブランが、生チョコを置いていた場所に収まっていた。「チョコ全部食ったから代わりにやる」という置き手紙と一緒に。
「なんで全部食べちゃったの?(´・ω・)」
「食い物に目がないお前のことだからお前の分は先に食ったんだと思った」