大雪と煙草
「畜生!! 大雪のくそったれ!!」
俺は地下鉄を降りたところで詰んでいた。飲み会の終わりで時間は十二時近い。いつもあるはずのバスが全く来ない。タクシーが待っているようなでかい地下鉄駅でもない。大雪と寒さで家まで歩けば凍死できそうだった。完全に酔いは覚めた。
「せっかくいい気分で酔ってたのによ〜〜」
タクシーを呼ぼう。電話したが告げられた待ち時間で歩けば家に到着しそうだった。でも死んでも歩きたくない。というか歩いたら死ぬ。
「……そだ」
スマホの電話帳から電話番号を引っ張り出す。確かあいつ明日休みだったはず。この時間にちょっとくらい付き合ってもらっても平気だろ。
『どうした』
「なあ藍川、頼みがあんだけど車で地下鉄三十四条駅まで来てくれねぇ?」
『ハア?』
初っ端から不機嫌そうな声だったが頼んだ。こちとら命がかかってる。
『無理だ』
「無理ってこたぁねえだろぉ!! 互いに仕事のやらかしフォローし合う仲じゃねえか!!」
『仕事とプライベートは分けてくれ』
「マージで凍え死にそうなんだよ!! 必ず埋め合わせはするから!!」
『……クソが』
悪態をつかれた。電話の向こうで藍川が誰かと喋っている。
『今から行く。雪で混んでるから十分はかかるぞ』
「サンキュ!!」
『辰巳、それまでせいぜい凍死すんじゃねぇぞ』
電話が切れた。せいぜいとか言いやがったなあいつ。
星谷に頼めば一発だっただろうが、いいとこのお坊ちゃんなあいつはもう寝ている時間だろう。
寒さに耐えかねてスクワットしているうちに藍川の車が来た。道路に横付けされた助手席に転がり込む。
「なんで雪払って乗らねぇんだよ」
「払いきれるわけねぇだろ! あったけーーー!!」
「お前の家には直行しねぇからな。先客がいる」
藍川が顎で後ろを指すので、シートベルトを締めながら見た。年下、おそらく二十歳に満たない青年がそこにいて会釈した。
「おい。おいおいおい、こんな時間に未成年連れ回してんのかお前は」
「うるせえなお前と同じだよ」
キレながら車を出す。相当いらついているらしく煙草まで吸い始めた。俺も吸おうと思ってポケットを探ったが出てきたのは空箱だった。
「ウッソだろ。藍川煙草くれ」
「煙草までたかるのか」
「そのうちカートンで返してやるよ」
藍川から煙草とライターを受け取ったが、使い捨てのライターはオイルが切れていて火がつかなかった。
「なあつかねぇんだけど」
「は? 俺は使えたぞ」
「いくらやってもつかねえんだけど〜??」
「うるせえな。その煙草咥えろ」
俺がひたすらライターをカチカチしていると、藍川がそう言った。信号待ちで車が停まる。
「吸えよ」
藍川が咥えたままの自分の煙草を差し出してきたので、意図を察して俺も咥えて煙草の先を合わせる。タイミングを合わせて息を吸って藍川の煙草から火を移した。そのまま思い切り吸う。
「あー、やっと落ち着いた」
「埋め合わせ楽しみにしてるぞ」
そのあとバイト帰りだという青年を家まで送って、藍川は俺も家まで送ってくれた。俺は千円札を奴につきつける。
「とりあえずガソリン代」
「現金かよ」
「気をつけて帰れよ」
「お前に心配されたくねぇな」
藍川の車を見送り、自分の家に入ろうとポケットの鍵を探った。
出てきたのは家の鍵と俺のライターだった。