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8/23

母は元お嬢様

 我が家では、父が一番、季節行事にマメである。

 季節行事の最たるものといえばやはりお正月。母にも兄にも私にも強制することなく、父は一人黙々と大掃除をし、おせちの準備をして、家の中を新春モードに変えていく。


 兄と私はそれなりに父の手伝いをするのだが、母だけはしない。本人はしたいようだが、させてもらえない。

 掃除をすればカーペットに猫の砂をぶちまけ、料理をすれば食器を割る母は、正直にいって足でまといなのだ。

 父は「福子さんの世話を頼みます」と、丁寧に頭をさげ、三毛猫の福子さんと母を客間に閉じ込める。

 客間とは名ばかりの小さな部屋は、母が居心地よく過ごせるようにいつも整えられていて、母は一人がけのソファに座り、福子さんを膝に乗せて映画を見たり、歌をうたったり、刺繍をしたりしている。


 母は家のことはからきしだけど、ピアノがうまく、手先も器用で、貴金属に詳しく、絵画など芸術方面への造詣も深い。

 顔立ちだけ見れば私と母は結構似ている。美人ではないけれどお年寄りにはかわいいといわれ、目が特別大きくも細くもなく、釣ってもなければ垂れてもいなくて、普通だ。

 身長もごく平均、肌はどちらかというと色白。髪の毛だけは違っていて、私は父譲りの真っ黒な直毛で、母は癖の強い栗色だ。

 母は私の髪を羨ましがり、昔からよく頭を撫でてくれる。だけど私は、絵本に出てくるお姫様のような母の髪がとても羨ましかった。

 ふわふわの長い髪をゆったりと首の後ろで結び、いつも微笑んでいる母はどこか浮世離れしていて、不思議ときれいに見える。


 おかしなことに母は敬語に不慣れで、ご近所さんや、私や兄の友人のご両親にも無邪気な子どものように話しかけることが多い。けれど母に話しかけられた人はみな、なぜか嬉しそうだ。

 父は穏やかで優しい人だけど、礼儀作法には厳しく、言葉遣いにもうるさい。

 幼い頃、兄と私はお母さんだけずるいね、とこっそり愚痴っていた。私たちは敬語で話す癖がすっかりついてしまって、家族間の会話も基本敬語だ。


 うちはちょっと変わっているんだな、ということには、小学校に入ってわりとすぐに気がついた。

 けれどそもそも普通がよく分からないし、母も父も大好きだし、喧嘩することも多いけど兄のことだって好きだ。

 兄も私と同じようで、学校でちょっと嫌なことがあっても二人でなんとなく慰めあい、父の作ったおやつを食べ、アニメを観たりしているうちに、私たちは何の問題もなく大きくなった。大晦日にこうして父と一緒に新年の準備ができるくらいに。


 兄が窓の高いところを拭き、私がお正月用の食器をぴかぴかに磨く。台所からお出汁のいい香りが漂ってくる。多分今夜食べるお蕎麦の用意を父がしているのだろう。


「お父さーん、食器終わりましたー」


 お行儀が悪いかな、と思いつつ大きな声で父に話しかける。


「ありがとう。栗きんとんできたけど少し食べますか?」


 大晦日の忙しさからか、父も大きな声で返してくれた。


「食べまーす!」


 台所に向かって叫びながら立ち上がる。


「りこ、俺の分も貰ってきて」


 兄が鳥の雛のようにぱかりと口を開いたので頷いてみせた。




 台所に行くと、父が小皿にきれいな黄色の栗きんとんを用意してくれていた。小皿の数は三つだ。


「梨子、柚希とお母さんにも持っていってくれませんか?」

「まかせて! わー、あったかい。美味しそう!」

「梨子もお母さんと一緒でできたてが好きですね」

「うん。あったかいの好きです。お父さんの栗きんとん大好き」


 父が私の顔を見てにっこり笑う。そして栗の甘露煮をひとつ、菜箸で口の中に入れてくれた。おいしい。

 もぐもぐと栗の甘みを堪能していると、母がひょっこりやって来た。


「あら、できたて? 私も食べたいわ」

「お嬢様の分もご用意できてますよ」


 父の言葉に母が唇を尖らせた。


「ペナルティですよ、斎藤」

「……失礼しました。杏奈さん、お茶を淹れましょうか?」

「ええ、ほうじ茶がいいわ。梨子も一緒にいただきましょう」


 母はそういって私の手を取った。母の手は温かくて柔らかくてするするしていて気持ちいい。


「お母さん、手を繋いだらお皿が持てないよ」

「あらやだ、そうね」

「私がふたつ持つから、お母さんはひとつお願いします」

「わかったわ。ありがとう」

「お父さん、お茶は私が取りに来るので持ってこなくて大丈夫ですよ」

「わかったよ。ありがとう」


 栗きんとんが冷めないうちにと、台所を出る。狭い廊下を母と並んで歩きながら、お母さんはもうすぐ風邪を引いてしまうかもしれない、と思う。


 父はたまに母のことをお嬢様と呼ぶ。そうすると母は父を睨み、ペナルティを与える。

 どんなペナルティなのか私も兄も知らないが、睨まれた父は不思議と喜んでいるみたいだ。

 そして謎のペナルティを受けた翌日、父は上機嫌でとても元気が良い。反対に母は風邪気味だからといって、一日中ベッドで過ごすことが多かった。

 お母さんが元旦から風邪をひきませんように。

 じんわりと温かなお皿をしっかりと持ち、一瞬だけ目をつむった。





 2019/12/31投稿 




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― 新着の感想 ―
ムーンから、こちらを知ってやって参りました!! どれもめっちゃ好きです~( ≧∀≦) 特にこのお嬢様の話、大好き!!! 続編?お嬢様と斎藤の馴れ初め知りたい。。。 どれも刺さってたまらんです!! 気…
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