表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

あまのじゃくバニラ

この話は「くるくるりゆらり」という短編の番外編です。

年齢制限があるのでリンクを貼ってません。ごめんなさい。

夫が猫人で妻が人間です。

 秋が深まってくると私の夫は猫耳のカタツムリになる。殻はもちろんコタツだ。

 結婚した最初の冬に購入した楕円形のコタツは、テーブルの木目がかわいいし、大人二人が悠々と並んで座れるので気に入っている。

 私だって寒いのは苦手だが、長い夜をコタツでまったりと過ごすのは悪くない。


 それに今日は金曜日だ。夕飯の片付けも終わったし、お風呂にも入ったし、私の邪魔をするものは何もない。

 マグカップにたっぷり入れた熱々のほうじ茶、堅焼きの醤油お煎餅、そしてアイスクリーム。それらを抱えるように持ち、コタツへ運ぶ。

 必要なものはすべて揃った。満を持し、寝そべって本を読んでいるタイくんの隣に座る。


 ああ、やっぱりコタツはいいなぁ。

 温もりに身をゆだねつつ、アイスクリームをスプーンでこそげ取る。冬のアイスは硬い。だがそれがいい。


「そんなもんよく食えるな」


 視線を斜め下に向けると、涅槃のポーズでタイくんが私を眺めていた。


「おいしいよ?」


 スプーンを舐めつつこたえる。


「ってゆーか、タイくんが買ってきてくれたやつじゃん」


 ご褒美的な位置づけのちょっとお高いアイスクリーム。しかも私が一番好きなマカダミアナッツのやつだ。


「今日安くなってたんだよ」

「ありがとね。ひさしぶりに食べたけどやっぱおいしいよー。ひと口食べる?」

「いらねぇ。見てるだけで寒い」

「コタツでアイス最高なんですけど。タイくんだってビール飲んでるじゃん。冷たいじゃん」

「アルコールは体温上げるからいいんだよ」


 何をいっても彼はビールの援護をするに違いない。私は肩を竦め、柔らかくなりつつあるアイスクリームをせっせと口に運ぶ。

 舌の上で溶けていく甘さ。鼻から抜けるミルクの香り。ああ、おいしい。この小さなカップには、私の身体に収まりきらない幸福が詰まっている。

 けれど今は十一月の終わり。それが空になった後に残るのは、冷えた舌とかじかんだ指先だ。


「……さむい」


 コタツに潜り込みつつ、タイくんにくっつく。


「やめろ!」


 さり気なく服に手を突っ込むと速攻で怒られた。


「脇腹触んな!」

「じゃあ背中にする」

「やめろって!」


 逆毛だった尻尾に腕をはたかれた。そしてタイくんが悪者を捕らえるように私の手を乱雑に掴む。背中で暖を取ることには失敗したが、これはこれであたたかい。


「ねー、今日いい夫婦の日なんだって。知ってた?」


 さぁ? とでもいうようにタイくんが斜め上へと視線を動かす。


「だからアイス買ってくれたの?」

「そんなんじゃねぇよ。安かったんだよ」

「そっかぁー」

「なんだよその顔。むかつくんだけど」


 へらへらと笑っているのが自分でも分かる。でも仕方ない。だって我慢なんてできない。


「タイくんってさー素直じゃないよねー」

「うるさい」


 タイくんの手のなかで私の指先はすっかり温まっている。


「ねー、口のなかも冷たいんだけど」


 舌を出してみせるとタイくんが鼻で笑った。


「素直じゃないのはおまえだろ」


 そういって私の舌を食む。


「冷たい」

「でしょ」

「バニラの味する」

「おいしいでしょ?」

「まぁな」


 笑い声と一緒にぬるくなった舌をすくい取られる。服のなかに差し込まれたタイくんの手はあたたかい。

 この手がもたらす幸福はあまりにも大きすぎて、私はいつだって猫のように鳴いてばかり。

 でも、いいんだ。今日も視界の端でタイくんの尻尾が揺れている。





2019/11/22投稿 #いい夫婦の日

--------------

『くるくるりゆらり』より二尾夫妻でした!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ