あまのじゃくバニラ
この話は「くるくるりゆらり」という短編の番外編です。
年齢制限があるのでリンクを貼ってません。ごめんなさい。
夫が猫人で妻が人間です。
秋が深まってくると私の夫は猫耳のカタツムリになる。殻はもちろんコタツだ。
結婚した最初の冬に購入した楕円形のコタツは、テーブルの木目がかわいいし、大人二人が悠々と並んで座れるので気に入っている。
私だって寒いのは苦手だが、長い夜をコタツでまったりと過ごすのは悪くない。
それに今日は金曜日だ。夕飯の片付けも終わったし、お風呂にも入ったし、私の邪魔をするものは何もない。
マグカップにたっぷり入れた熱々のほうじ茶、堅焼きの醤油お煎餅、そしてアイスクリーム。それらを抱えるように持ち、コタツへ運ぶ。
必要なものはすべて揃った。満を持し、寝そべって本を読んでいるタイくんの隣に座る。
ああ、やっぱりコタツはいいなぁ。
温もりに身をゆだねつつ、アイスクリームをスプーンでこそげ取る。冬のアイスは硬い。だがそれがいい。
「そんなもんよく食えるな」
視線を斜め下に向けると、涅槃のポーズでタイくんが私を眺めていた。
「おいしいよ?」
スプーンを舐めつつこたえる。
「ってゆーか、タイくんが買ってきてくれたやつじゃん」
ご褒美的な位置づけのちょっとお高いアイスクリーム。しかも私が一番好きなマカダミアナッツのやつだ。
「今日安くなってたんだよ」
「ありがとね。ひさしぶりに食べたけどやっぱおいしいよー。ひと口食べる?」
「いらねぇ。見てるだけで寒い」
「コタツでアイス最高なんですけど。タイくんだってビール飲んでるじゃん。冷たいじゃん」
「アルコールは体温上げるからいいんだよ」
何をいっても彼はビールの援護をするに違いない。私は肩を竦め、柔らかくなりつつあるアイスクリームをせっせと口に運ぶ。
舌の上で溶けていく甘さ。鼻から抜けるミルクの香り。ああ、おいしい。この小さなカップには、私の身体に収まりきらない幸福が詰まっている。
けれど今は十一月の終わり。それが空になった後に残るのは、冷えた舌とかじかんだ指先だ。
「……さむい」
コタツに潜り込みつつ、タイくんにくっつく。
「やめろ!」
さり気なく服に手を突っ込むと速攻で怒られた。
「脇腹触んな!」
「じゃあ背中にする」
「やめろって!」
逆毛だった尻尾に腕をはたかれた。そしてタイくんが悪者を捕らえるように私の手を乱雑に掴む。背中で暖を取ることには失敗したが、これはこれであたたかい。
「ねー、今日いい夫婦の日なんだって。知ってた?」
さぁ? とでもいうようにタイくんが斜め上へと視線を動かす。
「だからアイス買ってくれたの?」
「そんなんじゃねぇよ。安かったんだよ」
「そっかぁー」
「なんだよその顔。むかつくんだけど」
へらへらと笑っているのが自分でも分かる。でも仕方ない。だって我慢なんてできない。
「タイくんってさー素直じゃないよねー」
「うるさい」
タイくんの手のなかで私の指先はすっかり温まっている。
「ねー、口のなかも冷たいんだけど」
舌を出してみせるとタイくんが鼻で笑った。
「素直じゃないのはおまえだろ」
そういって私の舌を食む。
「冷たい」
「でしょ」
「バニラの味する」
「おいしいでしょ?」
「まぁな」
笑い声と一緒にぬるくなった舌をすくい取られる。服のなかに差し込まれたタイくんの手はあたたかい。
この手がもたらす幸福はあまりにも大きすぎて、私はいつだって猫のように鳴いてばかり。
でも、いいんだ。今日も視界の端でタイくんの尻尾が揺れている。
2019/11/22投稿 #いい夫婦の日
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『くるくるりゆらり』より二尾夫妻でした!