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平日、現る。

 平日の昼過ぎだというのに、私は布団のなかでもぞもぞしている。バイトは休んでしまった。一年以上働いている職場で、休んだのはこれが初めてだ。


 ピ、コーン。


 枕元に置いたスマホが間の抜けた音で私を呼ぶ。どうせ企業アカウントからの宣伝通知なので無視だ。文字を見る気力はない。

 床に置いてあるペットボトルに手を伸ばし、ぬるい水を一口飲む。お茶のラベルが付いたペットボトルなのに中身は水道水だ。

 荒んだ生活がやるせない。そしてまずい。ため息をつく変わりに目を閉じる。





 平日の黄昏時、私はまだ布団のなかにいる。いつの間にか眠っていたようだ。

 熱の籠もった布団は熱く、パジャマ代わりのTシャツが汗で湿っている。もちろん気持ちが悪いけど、起き上がる気にならない。

 今日のランチタイム、大丈夫だったかなぁ。メンバー誰だったっけなぁ。などと今更なことをぼんやりと思う。あまりにも意味がないので途中で考えることをやめた。


 ピ、コーン。


 スマホが私を呼ぶ。この時間帯はよく広告通知が届くのだ。

 スマホには目もくれず、枕元に放っていたペットボトルを取る。すかっと軽くて中身はもうほとんど入っていない。

 布団から出るのめんどくさいなぁ、と思いながら重たい瞼を閉じる。



 ピンポーン。


 静かな部屋にけたたましい音が響く。ビクッとして目を開けた。

 いつの間にか眠っていたようだ。荷物が届く予定もないし、新聞勧誘か何かだろう。

 無視しよう。私は今ここに存在していませんよ、と心の中で呟く。


 ピンポーン、ピピピンポーン。


 まさかの連打だ。まるで借金取りのようだ。私は裕福とは無縁だが、お金に関して後暗いことはない。


『ヤママタですー! 怪しくないですー!』


 男の涙声とドアを乱暴に叩く音が、分厚い扉の向こうから聞こえる。怪しい。とても。

 ヤママタに心当たりはある。バイト先にいるあの山真田だろう。厨房でいつも背中を丸めて大量の皿を洗っている顔色の悪いヤママタだ。

 私より半年先にバイトを始めたくせに全く職場に馴染んでない。真面目で地味で大人しい、私より二歳年下の大学生。だが、彼は一人暮らしの女性の家に奇襲をかけるようなキャラだっただろうか?

 などと考えつつも、それも面倒になったのでペタペタと素足で玄関へと向かう。


 内側から鍵を開ける直前、カチャっと聞き慣れた音がしてドアが開いた。ガツンとチェーンが鈍い音を立て、ドアが全開するのを防いでいる。

 私は目を丸くしてチェーン分の隙間からヤママタを凝視した。


鬼島(おにしま)さん!」


 ヤママタがドアノブを握りしめたまま、潤んだ目で私を見ている。


「ヤママタくん、怪しすぎる」

「鬼島さん、体調どうですか?」

「だるい」

「全然連絡取れないから衰弱死寸前なんじゃないかと思ってたんですよ……!」

「ねぇ、ヤママタくんさ、なんでうちの住所知ってんの?」

「店長室から履歴書探して見ました!」

「何で鍵開けてんの?」

「こういうの得意なんです!」


 ヤママタの存在がやばい。うまく回らない頭でそう思っていたらドアの隙間からにゅっとヤママタの手が侵入してきた。


「熱っ! 鬼島さん熱高いんじゃないですか!?」


 ヤママタに握られた右手を眺める。怪しい奴の手は業務用洗剤のせいか少し荒れてかさついている。でも指先はつるんとまるく、きれいだ。


「このチェーン切っていいですか? 飲み物とか食べ物とか買ってきたんで!」

「切らないで。開けるから」


 ヤママタは素早く私の手を離しドアを閉めた。考えるべきことがいろいろあるのは分かってるけれど、もう考えなくていいじゃんと胸の奥で誰かが言った。正直余裕がないのだ。

 指先で鍵をつまみカチリと廻す。ドアを開けるとヤママタが心細げに立っていた。


「入って、いいですか?」

「どうぞ」


 ヤママタが両手にぶら下げているレジ袋はパンパンで、ペットボトルのお茶やらポカリやらが透けて見える。枕元に転がった空のボトルを思い出し、無意識に口が開いた。


「ヤママタくん、私めちゃくちゃつらいんだけど」


 ヤママタはあんぐりと口を開けて絶句した。教科書に載っていそうな見事な絶句だった。


「びょ、病院に行きましょう!」

「そんな気力ない」

「俺が抱えて行きますから!」

「恥ずかしいから嫌だ」

「俺、存在感消せるから大丈夫です!」

「私が存在感消し切る自信ない」


 そんなこんなの押し問答が続き、ヤママタは困り果てた。私はそれにとても満足した。


「とりあえず寝る」

「寝て下さい!」




 平日、まだ蒼い夜の始まり。布団のなかでもぞもぞしている。

 ガサガサとかガタガタとか私ではない人が立てている音が聞こえてくる。時折ため息のような声や、あれっとかうわっといった奇妙な声も。

 私の体温は上がる一方で、不思議と気分も上がっていて、思わずあははと笑い出してしまいそうだ。

 笑う代わりに布団に顔を押しつけてケホケホと咳をする。足音もなくそばに来たらしいヤママタが、そっと私の背中をさすった。


 めちゃくちゃつらいよ。昨日の夜からずっとずっとつらかった。

 つらいって思ったら負けそうでいわなかったけど。今はもう大丈夫だ。

 そのへんにヤママタがいるから多分負けない。だって枕元に置かれたペットボトルの中身は水道水ではなく、某スポーツ飲料だ。

 この借りをどうやって返すかは、白い朝が来てから考えることにする。





 2019/8/12投稿

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ヤママタくんは忍者の末裔で、警備会社に就職するという設定があるけど本編には全然でてきません^^



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