さよならジョーカー
彼女が欲しいと人目をはばからず連呼しているような男子は大抵モテない。だから関口が「彼女欲しー!」と叫ぶたび、縁遠いなぁと唇が笑った。それを見とめて関口が私を責める。
「内山! 何笑ってんだよ!」
「別にー?」
関口が怒り私が流す。それを見てみんなが楽しげに野次を飛ばす。何回も繰り返されたありふれたやり取り。
昼休み、関口が隣のクラスの女子に呼び出されていた。かわいい子だった。
そうか、ついにこの日がきたか。関口には彼女ができちゃうの。私はそれを笑って見てるの。私ならあんたなんかと絶対付き合いたくない、とかいっちゃうの。あーあ。
関口の見た目はそこそこというかまぁ普通で、かっこいいやつなら他にもいるし、着崩してる制服はただだらしなく見えるだけだし、成績は見た目通り補習スレスレだし、球技大会のバスケではパス受け損なって鼻血出してたし、鼻血出しながら楽しそうに笑ってるし。
いつもへらへらしてて、やたらと友達が多くて、運動部の子とも文化部の子とも帰宅部の子ともわいわいしてて、学年主任にもおはよーとか小学生みたいに元気よくいってて、担任のつまんない冗談にはつまんねー! ってげらげら笑って、だけど教育実習生が緊張しすぎの噛みまくりで授業したときは一回も笑わなかった。いっつも鬱陶しいくらい笑ってるやつが笑わないから、なんとなくみんなも笑わない。
修学旅行の夜、恋バナグループとトランプグループに何となく分かれた。私はもちろんトランプ組で、噂を聞きつけた関口も部屋にやってきた。
部屋の外まで声が響かないよう気をつけつつ、それでもゲームの盛り上がりにつられつい声が大きくなってしまったりした。
何度目かの勝負の後、関口と仲のいい山田が罰ゲームを言い出した。
負けたヤツは好きな人を暴露する、好きな人がいなくても付き合いたい人をいうこと。そんなありふれた、でも最悪なルールが追加されてしまった。
私はトランプを楽しんでいた気持ちが冷め、やる気を失ったけれど、抜けることは出来なかった。状況的に言いたくない本命がいると思われる、そんな雰囲気だったから。
負けたくない、そう思ってしまった瞬間に勝負事というのは負けに傾く。
一人抜け、二人抜け、残り三人になった。私と関口と罰ゲームを言い出した山田だ。
お前が責任を取って負けろ、と念じつつ山田の手札を引いたらまさにジョーカーで、ニヤリと山田は笑った。そして次のターンで歓喜の奇声をあげ手札を空にした。残されたのは不運な私と関口。
そもそも私は昔からババ抜きが弱い。途中で掴んでしまったジョーカーを最後まで握ったまま終わる。残り二枚、ジョーカーとクラブのキング。関口が手を伸ばす前からもうダメだ、そう思った。
案の定関口の指は迷いなくキングに触れ、やっぱりな、と奥歯を噛む。
「こっち、と見せかけてこっち! 俺の勝利!」
そういって関口はジョーカーを引き抜いた。そして大袈裟に床に平伏した。その様子にみんなが笑い声をあげる。
「まだ、まだだ! 勝負はこれからだ!」
そういって差し出された二枚のカード。関口はニヤニヤしていて表情が読み取れない。向かって右側のカードを引こうとしたら抵抗を感じた。なんだこれ、駆け引きか。そのまま抜き取ろうとしたら、関口が瞬きをした。二回。何となく私は左側のカードを掴み直した。あっけなく抜き取れたそれはクラブのキングだった。
手札を失った途端、関口は再び床に倒れ込んだ。情けない土下座のポーズ。「関口罰ゲーム!」と男子がはやしたてた。
「彼女、欲しい……彼女ができたらめっちゃ大事にする……! タイプとか特になくて、胸が大きいとか小さいとかどっちでも全然いい……! 内山でもいい……内山、付き合うか……!」
「嫌だ」
「振られた……!!」
あまりにも騒ぎすぎて先生が来た。怒られた。それでトランプ大会はおしまい。
引き抜けなかったトランプの感覚が指先に残って、布団に入った後もなかなか眠ることが出来なかった。
私は関口と付き合いたいわけじゃない。付き合って、といえば案外そうしてくれるかもしれないけど、でもそういうのはいらない。
じゃあ何が欲しいのか、どうしたいのか、聞かれても分からない。
このままでよかった。関口がアホみたいなことをいって、アホだなぁって眺める。視線が冷たいと関口にわぁわぁ言われて、うるさい男はモテないよ、ってトドメを刺す。だいたいいつもそんな感じで、今日もそうだった。
「内山、俺は傷ついた……」
「ごめんね。思ってることというか事実を包み隠さず伝えて」
「俺の心はボロボロだよ! 責任とれ!」
「嫁には貰えないよ、ごめんね」
「嫁にいかねーよ! モック行こうぜ。今日からポテトのLが安い」
「山田とかと行きゃいいじゃん」
「山田に彼女ができた……」
「……気を強く持って。仲間の幸せを祝福しなよ」
「おう……」
「いいよ、ポテト奢るよ。涙の後には塩分がいるよ」
「泣いてねぇよ……」
四限が始まるチャイムが鳴り、とぼとぼと関口が席に戻る。意外に広い背中を眺め、私の口から溜息が落ちた。
この気持ちもジョーカーみたいなものだ。どこにもやり場がない。誰ももらってくれない。私はひたすらジョーカーを持っていることがばれないように取り繕いながら、ポーカーフェイスを維持するしかない。どんどんすり減っていくのに捨てられないんだ。ジョーカーを関口に投げ付けてやりたい。でも、できない。
昼休み、横から伸びてきた知らない手が、するりと関口の心を掴んでしまった。
手札とかそんなもの関係なく、そうすれば私のゲームは終わる。彼女と関口だけの私が知らないゲームが始まる。いや、ゲームですらない。関口はいっていた。彼女ができたら大事にすると。だからただ、大事にするんだろう。あいつはそういうヤツだから。
九月の夕方だというのに悲しくなるくらい暑い。目蓋が熱いのも残暑のせいだ。眼球がちりちりする。あつくて苦しい。早く帰りたい。まっすぐ前を見て、ひたすら足を動かす。
モックに行く約束はなかったことにしてやる。きっと関口は今頃あの子を迎えに行っているだろう。モックでもどこでも念願の彼女と仲良く行けばいい。
「内山、先に帰んなよ〜」
背後からかけられた間の抜けた声は、今一番聞きたくないもので。振り向くとへらへらした通常仕様の関口がいた。
「腹減ったぁ。モック行くぞー。おまえ先帰ったんだからモックセット奢れや」
「あんたさぁ、ポテトのためにできたての彼女ほったらかしてきたの? ないわー」
並んで歩きながらいつものように会話する。
ほら。私は捨てられない。手の内も見せられない。友達でいたら勝敗はつかない。
「俺、彼女いないし。彼女って誰でもいいじゃダメだって分かったし。やっぱ好きな子と付き合いたいし」
「どうした関口。急に猿から人間に進化してさぁ。なんかおめでとう? あ、セットは奢らないから」
普段どおりの会話が続く。手に握ったカードは減る様子がない。ゲームは終わらない。好きな子としか付き合わないって、彼女ができたら本気ってことだ。当たり前だけどその子が好きってことだ。私はカードを握ったまま、ただ終わりを待つだけ?
「じゃあ、私が関口に付き合ってっていっても振られるわけか」
関口が立ち止まった。
「なにそれ。付き合う?」
「あんた、自分がいった言葉もう忘れたの?」
猿から人間へ、人間から猿へ。私を惑わせないでよ。惑う自分が嫌だ。勝つことじゃなくて負けないことばかり考える自分が嫌だ。嫌なのに変われない。
「俺が好きっていえばいいの?」
「なにそれ」
「好きなら付き合ってくれんの?」
「なに、いってんの」
私と関口を包む空気が変わった。ゲームが終わろうとしている。手のなかの最後の一枚。
「好きだよ、内山が」
関口から渡されたジョーカー。私の分と重ねて空に投げる。
「好きだよ、関口」
関口の顔がみるみる赤くなった。
「よし! じゃ、じゃあモック行くぞ!」
上擦った声で、やたらハキハキと関口がいった。ぎしぎしと歩き出した関口の隣を歩く。
私は変われなかった。でも、努力はできる。私だって少しづつは変われる。このまま関口ばかり勝たせるのも癪だ。
「私だって彼氏は大事にするタイプだから。覚悟しときなよ」
からっぽになった手のひらで関口の指を掴み、握りしめた。
ひえっ、と関口が奇声を洩らす。握り返された長い指が私の手を包む。重なった皮膚と皮膚が熱い。
手だけじゃない。額も目蓋も頬も首も熱い。あつくて息苦しい。それでも、家に帰りたいとは少しも全然思わない。
2022.8.15 初出
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暑いとなぜか高校生が書きたくなります…




