花びらを食む
本を読んでいると突然視界が歪んだ。
フィルターがかかったように世界が曖昧になる。ぼやけた文字が虫のオバケみたいだ。
すぐそばで含み笑いの気配。俺の横でスマホを構っていた彼女は、どうやらゲームに飽きたらしい。
「俺の本体返して」
大人しく犯人に乞う。はじめから抵抗する気なんてない。だって人質は視力、いや眼鏡か。
「こっちが本体なら身体は?」
「眼鏡ケース」
俺の回答に彼女がけらけらと笑う。
楽しいことや刺激的なことが好きな彼女はよくこういう悪戯をする。
俺は時間さえあれば本を読んでいる非活動的なタイプだし、気の利いたことも言えないし、面白みのない人間だ。そんな俺の隣にいることは彼女にとって退屈だと思う。
でもなぜか彼女は俺を選んだので、俺はありがたく選ばれた。
物心ついた時には本が好きで、本さえあればそれなりに楽しく生きていけると思っていた。
静かに完成された世界は彼女の登場を境に少しずつ壊れ、ある日決定的に崩れた。
乱れた秩序のなかでは、今みたいに本を読んでいる最中でも邪魔が入ることがある。
正直イラッとすることもあるけれど、仕方ない。あの世界に戻りたいとはもう思えない。
「なんかぼんやりした顔してるね。私のこと見えてる?」
からかうような声。一瞬過去に飛んでいた意識がすっと現実に戻った。
彼女がにやにや笑いながら顔を近づけてくる。
「あ、ケースの色、変わった」
そういう彼女の輪郭も秋桜色にぼやけている。
残り数十センチの空白を喰いちぎるように、俺は身を乗り出した。
2018/10/02投稿 ♯メガネの日
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10月1日のメガネの日に書いたもの。
投稿は間に合わなくて10月2日になりました(よくあるパターン)




