八話 招待
アイギス侯爵の屋敷。
アイギス侯爵家は長女、レーミュリア・アイギスの姿が見えないと屋敷中が大混乱していた。
「レーミュリアお嬢様の姿が何処にも見当たりません」「こちらも」「こちらもです」
アイギス侯爵家の当主ハミールが部下やメイドたちの報告を聞いていた。
「お姉様は何処にいるんですか! お父様!! 分かりますよね、お父様!!」
シルフィアはハミールに詰め寄るが、目を伏せて軽く首を横に振ることしか出来なかった。
「旦那様……」
「エルス……ごめん。僕は自分の子供をまた守れなかった」
「ご自分を責めている場合ですか! ……早くあの子を探して下さいませ、それは貴方にしか出来ないことです!!」
「エルス……すまない」
直ぐに出せる人員を庭に集めた。
「皆も知っている通り、私の娘レーミュリア・アイギスが失踪した。今出れるものは全員出て欲しい。私の娘を探しだしてくれ。見つけたものには相応の報酬をだす」
ワァァァという歓声とともにほとんど全員が庭を飛び出していった。
それほどまでに皆が貴族からの特別報酬に期待していたのである。
「これで見つからなかったら、他の領主たちに取引して捜索に協力してもらうしかないな……」
エルスは弱気な発言をするハミールの手を取った。
「旦那様。あの子ならきっと……何事もなかったように帰ってきてくれます」
「そう……だね」
「お姉様…………」
そこへ屋敷の者が飛び込んできた。
「ハミール様! 大変です。王都からの使者が!!」
「なんだってこんな時期に……。くそ…………。会おう、応接室に通してくれ」
身支度を手早く済ませ、使者の待つ応接室へと急ぎ足で向かった。
部屋へ入るとすこしやつれた頬の金髪の男が出された紅茶を飲んでいるところだった。
「使者殿。お待たせして申し訳ありません」
「いえいえ、何やら忙しそうな時期に参ってしまってこちらこそ申し訳ない」
この使者がどれ程の地位にいるかは分からない。だが、前回のフィア、エルスの誘拐事件の時に絡んできた問題、継承争いでどちらに所属しているかはわからない。
だからレーミュリアがいないことが知れれば、それを足元に見て迫ってくることも考えられる。出来るだけ、早く返したほうがよさそうだ。
「いえいえ、それで今回のご用件はなんでしょうか?」
少し回答を急かすように要件を聞いた。
「そうですな、ではまずこれを」
そう言って懐から一枚の封筒をテーブルに出される。
それをよく読むとそこには『アイギス侯爵家様へ』と綴られていた。
「まさかこれは……」
「ええそうですよ、それは我がユンディア王国の第一皇子レクス・フィン・ユンディア殿下の7歳の誕生日パーティーの招待状です」
驚くハミールをよそに使者は話を続ける。
「あなた様が驚かれるのも無理はないでしょう。本来、この不安定な情勢の中でこのような宴会は開くべきではない。しかし! レクス皇子は千年に一人の逸材!! 殿下の姿を一目見れば、誰もが殿下以外に次期国王になる資格などなしとおのずと悟ることになるでしょう!!!!」
これを聞いて、ハミールは目の前の使者がバカであると簡単に気付いた。
この情勢で明らかにどちらの派閥についているのかを簡単に人にペラペラとしゃべる。コイツを信用するのはやめておいたほうがよさそうだ。
ハミールは形式として、庭から使者を見送ることにした。
「ハミール殿、パーティーで待っておりますぞ、ハハハハハ!!!」
「ええ、王都でまた」
使者はやつれた頬とは裏腹に、やけに上機嫌で馬車に乗り込み、去っていった。
「さて、ミュリアがいないのにどうしようか……」
内心はパーティーなど出ている暇があったらレーミュリアの捜索に当たりたいところだが、流石に皇子のパーティーとなれば出席しないわけにはいかなかった。
庭に立っていたハミールにポツポツと何かが当たる感触があった。
「雨か……」
それは少しづつ勢いを増し、やがて大雨となって降り注ぐ。
「旦那様……」
気が付けば、エルスが横にいてこちらに傘を差しだしていた。
「冷えるといけない。戻ろう」
エルスはこくっとうなづいた。
*******
「ぐっ!」
「ハハハハハハハハ!!!! 流石に嬢ちゃんでもこんな状況ではどうしようもねぇだろう!!」
魔獣たちが、男たちが、様々な攻撃を私に繰り出す。最早こちらから攻撃することなど全く出来ず、避けることで精一杯だ。
このままではジリ貧であるのは事実だが、どうしようもなかった。
あの男も厄介だが、あの姿を消す蜥蜴の魔物が先ほどから変わらず一番厄介だった。
魔法によって位置は把握出来ているものの、常に発動する必要があり魔力の消費が激しすぎるのだ。
だから攻撃をダメージ覚悟で与えようとしても、あの亀のいたところを男が埋めていた。
「くそ……」
「ハハハ!! それにしても特攻とは言え、攻撃をする余裕があるなんてなぁ。それじゃあもう一段階あげてやろうか。《魔槍グレナード》」
本体の男の持っている槍が突如として炎に包まれる。こちらにまで熱が伝わるほどの熱量。それが途轍もない破壊力を秘めていることを表している。
「コイツはなぁ、ある道楽貴族が飾ってたものを奪ってやったんだ。この槍が泣いてたんだよ。こんな飾りになるよりも、血を浴びたいってなぁ!!!」
速い……! さっきよりも格段に。
あの槍が男に力を与えているのか。何かはわからない。
あまりの速さに回避は間に合わず、剣で受ける。
だが。
「魔槍がそんなへっぽこな剣で止まるわけねぇだろうがよおおぉぉぉぉ!!!!」
バキーーン
剣があっけなく折れた。
そして吸い込まれるように焔の槍を叩き込まれる。
「バーニングスピア!!」
今までで受けたことの無いほど衝撃。痛みを感じる暇もなく、遥か遠くまで吹き飛ばされる。草原を抜けて、林まで豪速で飛んでいるようだった。
ドン
やがて大木の幹に叩きつけられてようやく止まった。
身体のあちこちが痛む。恐らく何箇所も骨折しているだろう。頭から流れ出る血を拭う。
意識を保っているのが奇跡なくらいだ。
それでも、立ち上がる。戻る場所があるから。
フィアが待っているから。絶対に……。
「倒れない」
残り微かな魔力で氷の剣を精製する。
「おいおい、これでまだ死んでないのかよ。ほんとにバケモンだな」
男はゆっくりとした歩調でこちらに近づいてきていた。
「まあ今度こそちゃんと殺してやるよ」
「出来るものならな…………」
「はっ言うねぇ。……じゃあやってみろや!!」
またさっきと同じ高速で接近する。さっきと同じように氷の剣を前に出す。
「これで終わりだぁ!!!」
いや、これで終わりではない。
持っていたその氷の剣を手から放り投げる。
「なにっ!?」
この一瞬。男が私から目が離れたこの刹那、私は両手で相手の右腕を掴んで引き寄せる。
そしてそれを思いきり下へと押し下げて姿勢を崩した。
そのまま肘の関節と逆に力を入れて、地面へと押し付ける。
それにつられて男の全身は地面へと引き寄せられる。
「なんだと……」
その怯んだ一瞬の隙をついて、もう一本精製しておいた氷の剣で喉を突き刺した。即死だ。
「がはっ……」
合気道の基本技である。前世で学んでおいてよかった。
これで勝った……とそう思っていた。
しかし。
危機を感じて、その場を飛びのいた。
元いた場所を焔が焼き尽くす。
「うーわ、あっぶねぇ。死ぬとこだったー」
即死だった筈の男が炎に包まれながら、むくりと起き上がったのだ。刺さっていた氷の剣はみるみるうちに溶けていき、空いていたはずの穴も塞がっていく。
「なんだよ、その顔。驚いたか? 実はこの魔槍グレナード。使い主の魔力が潰えるまで永遠に蘇生させる力を持ってるんだぜ。どれだけの傷を負っても戦えるようになぁ!!!! ハハハハハ!!!!! お前にもう勝てる道筋なんて残ってねぇんだよ!!!!」
「お前のほうが遥かに化け物ではないか……」
「あ? てめぇには言われたかねぇよ。俺にはアルバスって立派な名前があんだよ…なっ!!」
乱暴に男……アルバスが槍を振るうことによって焔が辺りにまき散らされる。
その熱は私の肌をジリジリと焼く。
「ぐっ……」
そしてこの時、私は焔のあまりの激しさに探知の魔法を切ってしまう。それがいけなかった。
「しまっ……」
背中に強い衝撃。先ほどの攻撃を受けた私にはそれを受けて意識を保っていられるような力はもう残っていなかった。
意識が途切れた。
あれ? ハミールさんこんなかっこよかったっけ?