五話 ダンジョン
翌日。
私は庭先でフィアに基礎知識を教えていた。
「それでだなあ、我々貴族というのは幾つかの位に分けられている。大まかに言えば、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵だ。私とフィアのアイギス家はこの中で侯爵に位置する。それで……」
「お姉様、少し眠そう」
一瞬、びくっと身体が震えた。バレたかと思った……。
「まあ少し眠りは浅かったかもしれないな……」
「じゃあ勉強はここでおしまい。お姉様、お昼寝しようよ!」
「いや私のことで勉強を遅らせる訳には……」
「たまにはいいでしょ、天気もこんなにいいし」
確かに暖かな空気が風に乗って緩やかに流れている。身を自然に任せれば一息に眠ってしまいそうだ。
しかし前世を通して、私は昼寝なんてしたことがなかった。時間の無駄だと思っていたからだ。
それに私が常にフィアの周りに策的魔法を張り巡らせていて危険がないと分かっているとは言え、外で力を抜くことに何処か抵抗もあった。
「向こうに眠りやすそうな綺麗なお花畑があるよ! ほら!」
と断ることも出来ず、半ば強制的にフィアと一緒に野原に寝転がった。
思いの外、ぽかぽかとした陽気と柔らかい草に包まれて心地いい。それでも寝付けそうにはないが。
「ほら、気持ちいいでしょう」
「そうだな」
私がそう答えると、フィアは立ち上がった。
何をするのだろうと寝転がったままでいると、私の頭の近くに正座して頭を持ち上げて、膝の上に乗せた。温かくて柔らかい感触が頭の裏からほんのりと伝わってきて……。
……え?
……あれ?
……これはま、まさかまさか…………膝枕というものではないだろうか!?
「ふぃ、フィア????」
私がそう聞くと、フィアは気恥ずかしそうに目線を斜めにずらした。
「……お姉様へのご褒美。ゆっくり休んでね、いつもありがとう……」
小さくて柔らかい手でそっと頭を撫でられる。フィアの頬は真っ赤だ。私の顔もきっと同じように変わっているのだろう。
なんだか胸がどきどきして、いつもは何時までも見ていられるフィアの顔が今は見れそうになかった。こんな状況で休まるどころか眠れる筈もなかった。
それでもフィアは手だけは動かして、撫で続ける。
温かい。
温もりに溶けてしまいそうな気がした。
こんなことは今までなかった。前世の私が今の私を見れば仰天しているだろう。
互いに無言で顔の見れないまま、それでいて心地よい雰囲気。私たちは陽が暮れて、使用人が呼びにくるまでずっとそうしていた。
******
その日の夜、またベッドからそっと抜け出した。横には勿論フィアが眠っている。
あの後、フィアと会話する度に先程の光景を思い出して、互いに赤面するばかりだった。回数を重ねれば少しましにはなったが、それでもまだ恥ずかしい。
おっと、そうしてはいられなかった。
今日は『分身』の魔導書を奪い取りにいく日であった。正直言えば、ずっとここにいたい気持ちでいっぱいだったが、それを振り切って外へ飛びだした。
あのダンジョンの入口へと一直線に駆けた。
******
あの岩の前にたどり着くと、背中から荷物を下ろした。今回はダンジョンのそれも最深層が目的地ということで装備は充実させている。
主に食糧、水、それに剣も用意した。
さて、それでどうやって入るかだが。そうだな久し振りに剣を使おうか。
剣は普通の物より僅かに上物というだけであくまで普通の物であるがある程度は使えそうだ。
岩を前に見据え、剣を上段に振りかぶって魔力を纏わせる。
呼吸は一定のリズムで整え、吐く時に振って、当たる瞬間に力を込める。後は切っ先を上手く当てさえすれば切れない道理はない。
「ふっ!」
ズガーンと派手な音を鳴り響かせ、砂煙を撒き散らして、真っ二つに割れた。
「まあこんなところだろうか」
さっさと回収してフィアの所へ戻ろう。
足早にダンジョンへと足を踏み入れた。
******
岩に覆われた壁と地面。
柔いものならば、地面をぶち抜いていった方が速いかと思ったが、意外に固そうだ。
やれば壊せないこともないが、魔力の消費が激し過ぎる。
今から挑むのはダンジョンの、それも最深層なのだ。
用心しておくに越したことはない。
そもそも魔法は自分への枷として使わないつもりである。自分が魔法なしでどこまでやれるのか単純に興味があるから。
そしてこの程度、魔法なしでクリア出来ずしてフィアを守ることなど出来ないと思うからだ。
「グギャァァァァ」
「シッ!」
飛び出してきたモンスターを切り捨てる。
この分なら魔力を使わなくとも大丈夫そうだ。
「グギャァァァァ」
「シッ!」
ムカデがそのまま巨大化したかのような化け物を気合いと供に切り飛ばす。するとダンジョンの魔物のお決まりで魔石と塵に変化した。
仕組みはわからないが、一つの例外もなく姿を変えた。この魔石も魔道具のエネルギー源になるようだが、今は目的ではないのでそれを省く。
「これで49層くらいか……」
そう思うとかなりのいいペースで進めているのだと思う。
だが、層を増やすごとに敵の強さ、数がほぼ二乗倍に増えた。
「まったく……最深層はどうなっているのだ」
次々と現れる、オーク、コボルド、オーガ、ヘルハウンド、レイスを一体一体、撃破していく。
どこかに下の層に繋がる階段があるはずなのだが、かなりの広さがあるらしく簡単には見つけられない。
それにこの層は今までとは趣きと違っていた。
岩の壁だったものが敷き詰められた石のようになっていることもあるのだが。
一番はやはり。
「まったくこれはどうなっている!?」
今までの罠は落とし穴や岩落としなどの一般的なものであった。
しかし、今私を襲っているのは鋭い穂先の竹である。
それは明らかに私を狙っているものだった。
先程の落とし穴もそうだ、私が歩こうとした場所に足を踏み入れると同時に穴が移動した。
すぐに横へ跳ばなかったら、間違いなく落ちていただろう。
まるでダンジョンが生き物であるかのように私を狙ってきている。
これには何らかの裏がありそうだ。
「次はキングゴブリンか……」
通常の、一メートルほどしかない弱々しいゴブリンとは違っている。
筋肉質な大きな身体に、棍棒とは違う巨大な大剣。
頭には薄汚れた王冠が被せられている。
「グガアアァァァァ!!!!」
咆哮するだけで、辺りが震える。
流石にキングという名を持つだけあって、咆哮だけでかなりの迫力が
あった。
「はっ!」
ゴウ、という音とともに振られた大剣に対して、バックステップで間合いから逃れることで避ける。
あの大剣が厄介だ。腕を切り飛ばそうか。
そのために間合いを詰めようとした時、落とし穴が作動する。
「なっ!」
なんとか避けるものの、その隙を狙ってキングゴブリンが剣を振るう。
「ちっ!」
当たる寸前で身体を捻ることで、なんとか服にかすった程度で直撃を防ぐ。
「くそ……まるでモンスターと罠のコンビネーションではないか」
追い打ちのように全方位から跳ぶ竹槍を剣で打ち落とす。
その隙に、キングゴブリンと落とし穴のダブルコンボ。これの何度も繰り返し。
微妙に連携が取れた攻撃に上手く攻勢に出られない。
「使うしかないのか……魔法を」
いや、まだやれることはあるはずだ。
こんなことでは、フィアを守れない!
試していないことを少しずつやっていく。
一瞬にして精密な作業ではあるが、成功させてみせよう。
キングゴブリンから少し距離をとって剣を中段に、片刃をこちらに向けるようにして構える。
「ふぅ」
少し深呼吸を挟み、毎度のように放たれる竹槍に意識を集中させる。
なん十本もの竹槍の中からぶれずにまっすぐと飛ぶ二本を探しだした。それ以外のものは剣で素早く弾く。
そしてその二本の後ろを擦るようにして剣を当てて、方向を微調整する。
一秒にも満たない時間。
それが経過した頃には、キングゴブリンの両目に竹槍が刺さっていた。あまりの傷みに顔を抑える。
それを見逃す筈もなく、袈裟斬りを放つ。
クアァァ、と断末魔のようなものを上げて地に伏した。やがてその遺骸は魔石と塵へと姿を変え、消えた。
「成功だ……」
信じられます? これでこの子たち、まだ小学校低学年なんですよ!?