三話 クロユリ
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私は激怒した。目の前の髭だらけの汚らわしい男がフィアにフィアの髪に触れていたのだ。あまつさえ顔にも……。
周りの兵士たちの死界を縫うようにして、高速で走り込みその汚ならしい腹へと蹴りを放った。
へこんだペットボトルのように吹き飛ぶ男を尻目に、いつの間にか目の前に立っていた私のことを驚いた顔で見る兵士たちに怒りを隠しきれなかった。
「きさまらああぁぁぁぁぁ!!!!」
「お姉様!」
「ミュリア!? どうしてこんな所に!?」
ああ、そうだミュリアがいるのだ。彼女には決してこれからの汚らわしい光景を見せたくなどない。
だから2つの魔法を唱える。
一つはフィアに、「フルカウント・フィルター」、障壁魔法を。
そしてもう一つは私とこのクズどもを囲うようにして、「ロブ・ブラッド・フィールド」、結界魔法を。
「さぁ始めようか」
絶望を。
「怯むな! 相手はただ少し魔法が使えるだけのガキ一人だ!! 総員抜刀! 突撃ぃ!!!! 」
うわぁぁぁという雄叫びと共にクズとどもが襲いかかってくるが、
「鈍い」
その片腕を氷で精製した剣の一太刀で切り落とした。むろん全員の。
身体強化すら覚束ない者には私を見ることすら出来ない。
「うわぁぁ、そ、そうだ魔法だ! 魔法を打てえぇぇぇ!!!」
様々な種類の魔法が私に殺到する。その質量に圧されてか、土煙が発生し、避けることは難しくなっているかもしれない。
だが、恐怖からか陣形すら崩れ、涙を浮かべながらこちらに手のひらを向ける姿は実に……。
「やったか……?」
「滑稽だ」
私が晴れた煙から姿を現すと、悪夢でも見ているのかという形相でこちらを見つめていた。
正直言えば、先程の魔法をかわすことも、打つ前に制圧することも可能だったのだが。
なるほど、前世で読んだライトノベルの登場人物のような行動をするのも案外心地よい。もしかすれば自分にあっているのかもしれない。
「い、命だけは助けてくれッ! 俺たちはただ命令されただけ……ぎゃあぁぁぁ!!」
「誰が発言を許可した。しかしそうだな……罰を受けたものは解放しよう」
「それでお願いしますッ!」
必死に頼み込む、哀れな生き物を前にして絶望を叩きこんだ。
「そうかそれは大変喜ばしいことだ。それではこれを耐えてみせよ」
発言させたのは地属性の魔法。私のように訓練を積めば、ある一定の領域までは扱えるようになれる。そして今回の魔法は兵士たちの持っていた剣や鎧を変形させるものだ。
融合させて目まぐるしく回転していく、そして出来上がったのが、……中にいくつもの刃がついた巨大なベルト。
それで兵士たちを囲うようにして逃げる暇を与えずに一瞬の内に配置する。そして魔力を込めて回転と縮小の一定時間の継続運転を発動させた。
「それでは諸君の健闘を祈っておこう」
「ま、待って……ぁぁぁぁぁあ!!!!」
フィアをさらった共謀者である以上生かしておく理由がない。
数分後、そこには赤い地溜まりとミキサーにかけた残りのかすのようなものが散らばっていただけだった。
******
「お姉様!」
結界を破って出てきた私の胸にフィアが飛び込んでくる。
「怪我は無かったか?」
「うん! ぜんぜんへーき! だって……だって、私はお姉様が来てくれるって信じてたもん!!」
「本当に嬉しいことを言ってくれる妹だな……」
「それじゃあ帰ろうか」
「うん!」
「いや……あのうお母さんのことも覚えてくれると嬉しいんだけど…………」
「よし、フィア行こう」
「ちょっとミュリア!? さっきの結界魔法もそうだけど、いつも無関心過ぎない!? ……ちょっ、待ってぇぇぇ、空飛ぶとか反則よー!!」
フィアと私に飛行の付与をかけて浮かびあがっていたが、フィアが「お母さんがかわいそうだよ?」と言うので渋々地面に降りて魔法をかけた。
******
「やあ、随分やられたねぇ」
岩場にめり込み、倒れこんでいたユーガス・ヘーベルに声をかける男が一人。
「う、ううぅぅ……」
「ほらほら、君があれほど殺したがっていた標的が目の前にいるというのに、どうしたんだい?」
煽るようにニヤニヤと笑いながら、見下げるように男は言った。
「き、貴様ぁぁ、よくもノコノコとぉ! ハミール!!」
「やぁ、久し振りだねぇ、ユーガス。流石に今回は少しばかり焦ったよ。でも僕たちが勝った。でも今回は前みたいにあっさりと許すわけにはいかないな」
飄々とした表情はいつの間にか消えていて、冷酷な目が淡々とユーガスを見つめていた。
「ぐっ……」
「そう思うよね? ミュリア?」
「なにっ!?」
ユーガスは驚くのと同時に近くの木からミュリアが飛び降りた。
「……何時から、気づいていた?」
「んー、いつからだったかなぁー」
「……喰えん男だ」
「娘に褒められてパパは嬉しいよ!」
親子の何気ない?日常の会話か終わると、再び牙がユーガスに向かれた。
「それで君は何をしようとしていたのか教えてくれないかな? ユーガス」
「そうだ、是非とも私にも聞かせて欲しい」
「うわあぁぁぁ、来るなぁぁぁ!!!!」
「ミュリア、何かおすすめのメニューはあるかな? 何せ愛しの妻と娘に手を出されたんだ。それ相応のものをね?」
「むろん当然だ。案はここに来るまでにいくつか考えていた。その中で最もいいと思ったのが……」
そこで区切り、天へと手をかざした。ユーガスはその先に目を凝らす。
すると、真っ白な蒸気を噴出する赤い火の玉が此方へとゆっくりと向かってきていた。やがて近くに接近し、プカプカと浮き始めた。
発生した蒸気だけで身体が溶けてしまいそうな熱量。
「これはなにかな?」
「液体にした鉄だ」
「それを?」
「こいつの鼻と耳から注ぎ込む」
悪魔だ、ユーガスはそう確信した。人間の心などまるで持ち合わせていない。美しいのは外見だけ、中身はどんな泥よりも汚れている。
「それはいいね、じゃあよろしく頼むよ」
「言われなくともそのつもりだ、おい、遺言があれば聞いてやろう」
「悪魔め! 貴様らなど滅びるがいい!! アイギス家め!!!! 国王陛下ばんざ……ああ!! ああああ
あぁぁぁ!!!!」
言い切る前にミュリアは鉄を流し込んだ。
「ミュリア、せめて最後まで言い切らせてあげなよ」
「ああいう輩はあの後、同じ言葉を殺されるまで繰り返す。最早意味などない」
「なるほどね、全くどこでそんなことを経験したのかな……」
「さあな……そんなことよりも今回の件、お前の罪は重いぞ。何故フィアを危険に晒す可能性のある恨みを消していなかった。基本的に恨みを買うな。恨みを買ったならば排除しておけ」
ミュリアは鋭い眼光を向けた。ハミールにはそれが返答次第では殺すという意思に読み取れた。実際にそれは間違っていない。
「それには本当に返す言葉がないね……でもこれからはそうするよ。皆にはちゃんと後で謝る。家族は僕たちの宝だ。フィアもエルスもそれにミュリアだってね。だから何をおいても守るよ。これまでもこれからも」
そう言い切ると、ミュリアは視線を緩めた。
「分かっているならいい。いや一つだけ間違っている」
「ん? なにかな?」
「何を差し置いてもフィアを守れ」
「はいはい」
******
「お姉様、どこ行ってたの?」
屋敷に戻るとベッドの上でフィアは涙ぐんだ目でこちらを見上げた。なんというか罪悪感が半端じゃない。
「そ、それよりももうとっくに寝る時間だぞ。早く寝ような!」
物凄く無理のある返しだが、さっきまでのごたごたで本当に寝る時間を大幅に越えてしまっていた。これでフィアの成長を妨げてしまうようなことはあってはならない。
「えー、お姉様のいじわる。もうお姉様なんて知らない! フン!」
……ぐはっ!!
「フィア、私が悪かった。全て私が悪かっただから今すぐにさっきのこと撤回するからそれだけはやめてええぇぇ!!!!」
「それでなにしてたの?」
「少し、お父様の手伝いをな」
「お姉様強いもんね! 今度私にも教えてくれないかな?」
「そうだな……じゃあもう明日にも……」
そう言って振り返るとフィアはもうベッドに倒れこんでいて、すーすーと寝息を立てて眠っていた。人生で初めて色々な事が起きて、疲れていたのだ。
労るようにそっとその頬を撫でながら、今回の件に思いを馳せる。
今回はある意味私にやるべきことを思い出させてくれた事件でもあった。
フィアの身辺警護だ。
その為にはまず部下が必要だ。そして前世のような組織をまた作り上げよう。そして絶対にフィアに安全な世界に変えてみせよう。
そう思いながらずっとフィアを撫でていると、窓から風に乗って純黒の花びらが流れこんできた。
「クロユリか……」
それはフィアの胸の上でひらひらと踊っていた。
化けの皮が剥がれてきた両親達。ちなみにエルスとハミールは学生時代。エルスがドジっ子でそれをハミールがからかい。いつの間にか相手の事が頭から離れなくなって……という甘酸っぱい青春を送っていたりします。
さらに追加で言うと、ミュリアはフィアの前では教育的観点からお父様、お母様と呼ぶようにしています。
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