二十話 サクラソウ
あのクーデターが終わって一週間後。
レーミュリア達のいるユンディア王国の隣、ドールド共和国は緊急集会を開いていた。
「どういうことだ! ボルテックス様が帰ってこない!! あの方が率いた部隊もだ!! 一体どうなっている!?」
上院の議員が手を机に叩きつけてそう言った。
「まさか……やられてしまった?」
「そんなバカな話しがあるか! あの方は我らの国の全ての技術をつぎ込んだ最強の存在だぞ!!!!」
「だが、しかし……」
「静粛に静粛に!!」
上院長が槌をドンドンと叩いた。
「これより首席のご登場である!!」
全員が口を閉ざし、立ち上がって扉の向こうへと拍手を贈る。
この場に誰一人として首席を敬わない者等いない。力強く叩き、盛大に迎え入れる。
音楽団が国歌を演奏し始める。
そして、扉が少しずつ開いていく。
コツコツコツと足音が近づいてくる。
その場に現れたのは……。
白髪混ざりの短髪に目付きの強い、カリスマ性の溢れた長身の男…………ではなかった。
「あれは誰だ?」
そこに現れたのは、黒いドレスを着たまだ少し幼い美しい少女。
両手にボールのようなものを持って、堂々と議会の中心へと歩み寄ってくる。
そして立ち止まって、手に持っていた二つのボールを議会のど真ん中へと放り投げた。
どん。
まるでボーリングの玉が落ちたかのような重い音がした。
「あれは……ボールではない。人の……首だ…………。ハッ!? しかもあの首はレクス様のもの……。まさかもう一つは……」
「首席の……首…………」
皆が呆然とする。
更にその二つの顔は世界の終わりでも見たかのような、とてつもない恐怖を顔に貼り付けていた。
まさに悪夢だった。
「お前たちはしてはいけないことをした」
ずっと口を閉ざしていた少女が低い声音でそう言った。
「こ、こいつを殺せぇぇ!!」
外にいる兵士たちに聞こえるように議員が叫ぶが、誰もこない。
「無駄だ。外にいるものなら全て殺した」
「なっ!?」
「己の行いを悔いるがいい。《ヘル・グラビティ》」
その場にいる全ての者に凄まじい上から押さえつけられるような力が加わる。
ぎゃぁぁぁぁぁあ!!!、という声も押し潰される。
真っ黒い闇が議会全体を包みこみ、世界から消失した。
******
あのクーデターから一ヶ月と少し。
レーミュリアとシルフィアは再び王宮に来ていた。
皆の傷が癒え、混乱もおちついて来た為、レクス皇太子誕生日パーティーを仕切り直すことになったのだ。
もちろん裏の理由として、ユンディア王国の国力は最高戦力アルベールが亡くなり、王都を襲撃されても衰えていないことを国内外に示す、というものがあるが。
「皆の者、準備はよろしいか!! 乾杯!!!!」
建て直されたホールでアルメラが高々に宣言した。
「お姉様! あっちに美味しそうなもの沢山あるよ!!」
ピンク色のドレスを着たシルフィアがレーミュリアの手を引く。
「別に食べ物は逃げたりしないぞ」
「いいからいいから」
手を引かれたレーミュリアはシルフィアの色違い、紫色のドレスを身に纏っていた。
二人が小走りする姿は絵になるほど美しかったが、貴族たちは視線を向けるだけで前回のように押し掛けたりなどはしなかった。
理由は簡単。
レーミュリアが時たま振り返りざまに射殺さんばかりにギロリと睨むからである。
ちなみにハミールとエルスはアルメラとの対談を楽しんでいた。戦いを共にした二人は精神的な距離が狭まっていた。
実際に今回のハミールの業績を称えて、アイギス家の爵位は侯爵から公爵へと格上げされていた。領地も少し増えている。
ハミールとしては断りたいところだったが、国としてしなければならないと迫られ、渋々ながらも受けたというのがことの顛末である。
パーティーは中盤に移り、ダンスの曲が流れ始める。夫婦たちや婚約者同士が優雅に踊り始める。
それをシルフィアは羨ましそうに見つめていた。
レーミュリアはそれを見て、膝をついてシルフィアの手をそっととる。
「お姉様?」
不思議そうな顔をするシルフィアに目を伏せ、柔らかな口調で言った。
「お嬢様、私と踊って頂けませんか?」
すると、シルフィアは驚いた顔を一瞬浮かると、満面の笑みを浮かべた。
「喜んで」
レーミュリアはシルフィアの手をとって、華麗にリードする。
シルフィアはそれに合わせて、くるりくるりと可愛らしく回る。
それは息がぴったりで、見る者を魅了する。
やがて二人はホールの中心へ。
周りで踊っていた者たちは踊るのを忘れて、呆けたように二人を眺めていた。
曲が終わり、二人が立ち止まる。
息が上がったシルフィアと汗一つないレーミュリア。
何処からか拍手が起きた。
それは伝播していき、気がつけばホールにいた全員が手を叩いていた。
「お姉様!」
「どうしたんだ?」
「楽しかった?」
「もちろんだ。フィアと一緒なら何をやっても、何処へいっても楽しい」
「えへへ」
これはユンディア王国……いや世界で初めての同性によるダンスだった。
後にこの場に居合わせた有名な画家によって『妖精のダンス』という名で描かれることになる。そしてそれは、オークションでとある黒髪の女性が20兆円というあり得ない値で競り落としたのはまた別の話しである。
やがて二曲目がかかりだし、その場から立ち退こうと歩きだした時、レーミュリアは声を掛けられた。
「レーミュリア嬢、俺と踊って貰えないだろうか?」
ええ!!と、周囲から驚きの声が上がる。
それは意外な人物だった。
レーミュリアですら目に入れた一瞬、驚きに目を見開いた。
「レクス殿下……」
「嫌ならば断ってくれ、無理強いはしない」
そうは言ってもこの人目の中で誘われれば強制しているのとほぼ同意。流石にレーミュリアとしても断ることは出来なかった。
「……喜んで」
シルフィアに対するものよりも低い声で応えた。
「すまないフィア、先に行っておいてくれ」
「大丈夫だよ、お姉様。行ってらっしゃい」
そう言って手を振ってシルフィアは見送った。
レクス・フィン・ユンディアとレーミュリア・アイギス。
何の関わりもない二人だが、並んで立つと意外にも様になっていた。
二人が踊り始める。
レクスはダンス、というよりは戦の舞をしているように見えた。リードをする側がそうすれば自ずとレーミュリアもそれに引っ張られる。
二人はどんどんと加速していく、速く、美しく、華麗に。
それを見た、演奏家が曲調をどんどんと速める。それについていけない者が続出する。
レクスは流石に息が乱れ始めるが、レーミュリアは汗一つないまま。
「流石だな……」
ずっと無口だったレクスが口を開いた。
「……それほどのことではありません」
「いや、お前ほどの者を俺は見たことがない」
「ご謙遜を……」
「だからレーミュリア嬢……」
突然レクスは立ち止まってレーミュリアの顔を見た。顔はどこか疲労からか紅潮していた。
最後まで残っていたレーミュリアのペアが止まったことで曲も途切れる。
少しの間があって、レクスは言った。
「俺と結婚してくれ」
和やかに会談していたアルメラとハミールの手からグラスが滑り落ちる。
貴族たちも次々と落とし、パリンパリンと割れる音が響いてから一拍。
「なっ!?」
「「「「「「えええええええええええ!!!!」」」」」
ホールを驚きの声が埋め尽くした。
「今は婚約でもいい」
追撃するように重ねてレクスが言う。
レーミュリアは直ぐに冷静を取り戻す。そして頭を高速で巡らせた。
そして……。
「申し訳ありません。少し考える時間をください」
そう言って小走りでその場から離れる。
「答えはいつまでも待っている」
そんな声が背中越しに聞こえた。
*******
パーティーが終わった後、アイギス公爵一家は王都での仮の屋敷に戻ってきていた。
私は戻る道中の馬車でどうするべきかずっと思案していた。
あの皇太子の目。あれは強い憧れを抱いた者の目だった。
それに強い恋心も。
前世から多くの人を見てきた私だから分かる。やはりあの戦いの時でああなってしまったらしい。
どうするべきか思案する。
そこへフィアが声をかけてきた。
「お姉様……王子様に婚約を申し込まれて凄いね」
「フィア?」
フィアの声はどこか震えていた。
「お姉様……また何処かに行っちゃわないよね?」
私はまた妹に心労をかけていたのか。本当に姉として不甲斐ない。
「絶対にそんなことはしない。いつまでも一緒だ」
「お姉様ぁ!」
フィアは胸に飛び込んでくる。それを出来るだけ優しく受け止め、腕で包み込んだ。
そして頭を優しく撫でる。
それはフィアが安心からか泣き出して、泣き疲れ眠ってしまうまでずっと続けていた。
眠ったフィアをベットに寝かせる。
そして窓を扉を開けてテラスに出た。
「《分身》」
出現したのは四体の私と全く同じ外見の者たち。
名を順にA、B、C、Dと仮称する。
「Aは屋敷の警護を、Bはフィアの警護を、そしてCとDは周辺の治安維持と情報収集に当たれ」
こくりと頷き、四人は闇の中へと消えた。
これは元々は組織を結成しその中でやろうと思っていたことだった。だが、分身というものがあるならば話は別だ。自分よりも信用できる者はない。
それに今回のこと、もし自分が一秒でも遅れていたら……と思うと己に対して激しい怒りを感じた。
少しその怒気が漏れてしまったのか周囲の草木が揺れ始める。
いや、やめよう、これ以上やればフィアを起こしてしまう。
これからの裏業務は分身に任せればいい。自分はフィアとずっと一緒に居続け、守ることに専念しよう。
そう心に強く言い、部屋に戻ろうと外に背を向けた時、薄赤色の花びらが何処からか飛んできた。
サクラソウ。
それはひらひらと舞い、私の肩に貼り付いた。
「全く……困ったものだ」
溜め息をつきながら花びらを払い、フィアの眠る部屋へと戻った。
これで一章は完結となります。ここまで読んで頂いた皆様には感謝です!
続いての二章はミュリアの魔王らしさが色濃く出てくる章となります。お楽しみに!!
そしてそして、その次の三章から本編学園編がスタート!……となる予定。




