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はじめまして、猫野ねこの しもべです。

初投稿&見切り発車な作品ですので、至らないところはあるかと思いますが温かく見守って頂ければ幸いです。

どうぞよろしくお願い致します。

「いらっしゃい、いらっしゃい! お兄さん、新鮮な果物はどうだい?」

「焼きたてのパンはいかが? 安くしとくよ!」


 さんさんと輝く太陽がちょうど真上を過ぎたころ。

 街が一番活気づく時間に、私は商店の建ち並ぶ通りを歩いていた。


(にぎ)わってんなぁ……」


 石畳の上を流れるように動く人波の中でぽつりと呟く。

 漏れ出たその声も、すぐに人のざわめきと客引きの声にかき消された。


 ここはトロイツ王国、王都ファーレン。

 街の中心にそびえ立つ白亜(はくあ)の王城は小高い丘の上に建てられていて、少し離れたこの場所からもよく見える。

 美しい街のシンボルだ。

 見降ろされているようで私は気に入らないけれど。


 私は快晴の中に堂々とたたずむ城から目を離し、通りに目を向けた。

 中心から離れているとはいえ決して(せま)くはないこの通りも、休日の午後なだけあって人であふれている。

 人の流れに身を隠すようにゆっくりとした足取りで歩きながら、私は目深にかぶった帽子(ぼうし)の下から目を光らせた。


 1、2、3、──6人。


 目標(ターゲット)を確認して、帽子をさらに引き下げる。

 ゆっくりとしていた歩調を少しづつ速め、人混みの中を()うように進む。

 すれ違いざまにとん、と何人かとぶつかった。


「おぉい、気ぃつけろよ()()()

「わりぃ、おっちゃん!」


 背後から聞こえた声に短く返して、振り返ることなく小走りに通りを駆け抜けた。

 店と店の間を曲がり、路地裏へと駆け込む。


「ふぅ……」


 建物に囲まれた路地裏は静かで薄暗い。

 先ほどとはがらりと変わった雰囲気の中で、表の通りの喧騒(けんそう)(かす)かに聞こえる。

 レンガ造りの壁にもたれかかると、ひやりと冷たく硬い感触がした。

 思っていたより心拍数が上がっているのか。


 私は目深にかぶっていた帽子をはずした。

 軽く頭を振ると、視界の端で短い赤髪が揺れる。


「楽勝、楽勝──っと、」


 誰かいる。

 誰に聞かせるでもない独り言に反応するように、暗がりの奥から近づく人の気配。

 すぐさま帽子をかぶり直し、顔を上げた先に現れたのは見知った顔だった。


「よぉ、ノア」


 そばかすの散った愛嬌(あいきょう)のあるその顔で、少年はにっと片笑みを浮かべ手を上げる。


「成果はどうだった?」


 どこか期待の(にじ)んだその声に、私は少年──レオと同じような唇の端を上げる笑みで返した。

 簡素な服の(すそ)を持ち上げる。

 と、中から小ぶりな袋が6つ転がり落ちた。

 足元で袋の中の硬貨が無機質な音を立てる。


「さっすがノア、さっきの一瞬でもうこんだけ()ってきたのかよ」

「なんだよ見てたのか? 覗き見なんて趣味わりーぞ」


 でもまぁ、褒められると悪い気はしない。

 そんなことは口には出せないから、礼の代わりに軽口で返す。

 ……ちょっと(ほお)は緩んでるだろうけど。

 それはさておき。


「レオ、そっちこそどうだったんだ? 今日の仕事は」

「ほらよ」


 突然投げてよこされた何かに私は慌てて手を伸ばした。

 手の中に収まったのは赤々とした新鮮なリンゴが一つ。

 店先に並んだ商品をくすねてきたのだろう。それにしても──


「こんだけかよ、みみっちいなぁ……」

「うっせぇ、昨日ヘマしたばっかでそんな目立つことできるかよ」


 ふてくされたように吐き出されたレオの言葉に、私は昨日の出来事を思い出す。

 何をやらかしたのか、街の兵士に捕まったレオを私と他の仲間で助け出したのは、記憶に新しい。

 放り込まれた場所が詰所の簡素な(ろう)だったからまだ開けやすかったが、本格的な収容所にでも移されていたら難しかった。

 それがわかっているからほとぼりの冷めないうちはレオも迂闊(うかつ)には動けないのだろう。


「ヘタレ」

「んだとこら、調子乗んな」


 にやにやと顔を覗き込む私の手からリンゴをひったくり、レオが睨む。

 しばらく顔を見合わせていた私たちは、ほぼ同時に、糸が切れたように噴出(ふきだ)した。

 声を上げて笑いながら、慣れた足取りで路地裏を進む。


 レオとは──レオたちとは、お互いに名前くらいしか知らない。

 いや、名前すら知らない子もいる。

 そんな曖昧(あいまい)な関係の悪友たちと最初に出会ったのは、もう5年ほど前になる。

 まだ幼かったあの日、街で悪ガキと呼ばれていたレオたちと出会い、度々親の目を盗んで一緒に遊ぶようになってからというもの、今ではすっかり私も悪ガキの一員として馴染んでいる。


 特に家を飛び出してからは──


 私は硬貨の入った小袋を手の中で弾ませ、隣を歩く12か3ほどの少年を盗み見た。

 寝ぐせの取れていない亜麻(あま)色の髪をぐしゃぐしゃと掻きながら、吞気(のんき)に戦利品のリンゴをかじっている。

 出会った頃には同じくらいだった身長は、いつの間にか少し抜かされていた。

 きっとこれからどんどんと差が開くのだろう。

 ちくり、と胸が痛んだ気がした。

 痛みをごまかすように小さくかぶりを振る。


 私には、レオたちの知らないいくつかの秘密がある。





 しばらくして、私たちは路地裏を抜けた。

 といっても抜けた先もそうたいして広い場所ではない。

 店が立ち並び、賑わっていた先ほどの通りと比べると、ここは薄汚く荒れた印象を与える。

 いわゆるスラム街の一画だ。

 それでもまだ表の通りに近く、比較的治安のいいこの場所に私たちのアジトがあった。


 荒れ放題の小さな庭と、()び付いて開かなくなった門に(はば)まれた空き家。

 狭い隙間のような道からその側面に回ると、木板の柵が一部朽ちて穴が開いているところがある。

 目隠しにしていた別の木板をどかし、その穴をくぐり抜けると、レオは空き家の裏口の戸をと、ととん、とん、と不規則なリズムで叩いた。

 少し間をおいて、中からくぐもった声が届く。


「ノアの帽子の中身は」

「悪だくみと秘密」


 ガチャリ、と静かな音を立てて扉の鍵が開いた。

 明かりもついていない空き家の中に入ると、年齢も性別もバラバラな悪友たちが口々に「おかえり」と声をかける。

 私はそれに手を振って応えながら、前を歩くレオに並んだ。


「なぁ、やっぱりあの合言葉やめねぇ? なんか気恥ずかしいんだけど」


 大体月に一度のペースでこのアジトの合言葉は変えられる。

 今回はレオの考えた案が採用されたわけだけれど、自分の名前が使われるのは……なんというか、妙な恥ずかしさがある。

 

「いいじゃねぇか、実際ノアの帽子の下って謎だろ? いつもかぶっててさ」


 笑って答えるレオはただ楽しんでいるような様子で、秘密にしていることを責めたり、あばこうとはしてこない。

 それはありがたい、のだが。


「ま、変えたいなら次はノアが合言葉考えてくれよ、かっこいいやつな!」


 こいつ絶対からかってんな?

 かっこいいやつ、の辺りに(ふく)みを感じながら、次はレオを合言葉にしてやると心の中で決意して私は二階へ上がった。


 

 空き家は屋根裏部屋のついた二階建てで、とても貴族の屋敷ほどではないが、それでも何人かが暮らせる広さはある。

 その二階部分の何部屋かはもともと放置されていたベッドに加え、毛布やブランケットを持ち込んで複数人が寝泊りできるように整えられていた。

 仮眠や一夜を過ごすのに使う者もいれば、私のようにこのアジトを住みかとする者もいる。

 

 私は寝部屋の一つに誰もいないことを確認すると、そっと扉を閉めた。

 小袋の中身を確認して、一つにまとめる。

 あとで屋根裏部屋に置きにいかないと。


 ふと、壁に取り付けられた鏡が目に入った。

 薄暗がりの中で、なんとなくひび割れた鏡の前に立ってみる。


 鏡の中からまだ幼さの残る顔立ちをした()()が、少し吊り上がった、猫のような琥珀(こはく)の瞳でこちらを覗き込んでいる。

 かぶっていた帽子を取り払うと、隠れていた赤い髪があらわになった。

 あまり手入れもしていないせいか前より少しくすんだかもしれない。

 短い髪をひと房つまんで、その姿が鏡の中で長い赤髪を背中に払う少女の姿と重なった。


「……()()らしくもない」


 私はまた髪を帽子の下に押し込む。


 ここに集まる悪ガキたちは、お互いの素性を知らない。


 何らかの理由で家を出たり失くした者、劣悪な環境から逃げ出して新たな生活を始める者、平凡な日々に刺激を求める者──理由は様々あるだろうが、誰も深くは追及しない。

 ただなんとなく集まって、自然と生活を共にする、そんな吹き溜まりのような場所は居心地がよかった。


 私はここで、15の少女の「私」を捨てて、12の少年「ノア」として生きている。


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