表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

光の命令 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 はい、すまんね、こーちゃん。仕事が長引いてしまったよ。急ぎのメンテナンスが入っちゃったからね。さぼったりすると、後が大変だ。何かあった時に、おじさんが責められちゃう。

 ――地味な仕事ばかり続けて、辛くないのかって?

 そりゃ、ぶっちゃけ辛い。投げ出そうと思ったことは一度や二度じゃないし、今だって腹が立つし、頭に血が上るし、無理な注文をしてくる客や上司をぶん殴って、辞めてしまおうかと考えるのはしばしばさ。

 でも、そこは「忍」の一文字だよ。さっき話した責任のほか、生活や仕事に関わった人の未来。ひいては世界がかかっているのだから。はために地味な仕事と見られようが、構わないよ。

 走狗? 歯車? 大いに結構。そうなることで上の人が、うまく世の中を回してくれるんだったらね。

 ……納得いかない、って顔。そりゃ、こーちゃんはまだまだ気力充実な若い頃だもんな。

 そんじゃ、おじさんとこーちゃんの理想の折衷案として、このネタを明るみに出そうか。

 影で動きながら、世界のために働く職人の話だ。


 秋の深まりを感じさせる、冷たい風が吹き始めた、その日の朝。天体の動きを測っていた当時の易者たちが、そろって報告をあげてきた。

 昨日の日暮れより交代で空を見ていたところ、星が確認できる晴天なのに、時折、緑色の雷光が走ったとのこと。それもよく目にする、天と地を結ぶような縦の筋ではなく、空を断つかのような横の筋。

 夜通しでつけていたロウソクの溶け具合から判断して、一刻の間で二回の頻度。それが、星の見えなくなるまで続いたらしいんだ。

 

 その報告を受けて、何名かの高官たちはやや険しい表情をした。彼らの父祖から伝え聞く、はるか昔からの役目。それを果たす時が来たのだとわかったんだ。

 彼らはすぐに、都の各所に住まう宮大工たちへ連絡を取る。大工の棟梁たちも先代から話を聞いていたらしく、慌ただしく外出の準備を進めると、腕の立つ弟子を選りすぐる。

 急に召集された弟子が、棟梁にその理由を尋ねると「光の命令だ」と答えたという。詳細は神社からあるものを運び出し、それを目的の場所へ移してから話す、とも。

 

 彼らが向かう神社は、鳥居と社という、かろうじて神域の言い訳が立つ体裁を保っていたものの、その境内には土俵や釣鐘など、結界を成す要素は見当たらず、代わりに大きな蔵が建っている。

 左右へ滑る引き戸が、およそ十人がかりで開けられた。棟梁たちが持ち込んだロウソクで照らしたところ、中には柱がなく、床も壁も天井も切り出されて固められた、巨大な岩の塊たちであることが分かった。

 羽虫一匹の気配すらしないその空間で、ただひとつ横たわっているものがある。

 弟子たちは、それを束ねたわらのようだと感じたらしい。だが、実際に近づいてみると、長い筒状の断面に当たるであろう両端には、レンコンを思わせる規則正しい大きさの穴が10個ほど。断面中心を取り巻くようにして、等間隔で開いていたとのことだ。

 

 棟梁たちの指示により、その筒を持ち上げにかかる弟子たち。想像していたよりずっと軽いが、ここに集まった10人のうち、9人が支えなくては地面に引きずってしまうほどの図体の長さがあった。

 先導役になった棟梁の一人が、この筒を運び出すように指示を下し、一足先に蔵の外へと出たが、空を見上げたとたん厳しい表情をする。

 続いて顔を出した、筒支えの先頭を歩く弟子は、棟梁の見上げる先に、雲ひとつないほど晴れた空を横一文字に走る、緑色の稲光を目にしたという。

 見間違いかと思うと、追い打つように二本目、三本目。いずれの光も異なった形状であることを裏付けるように、三本ともしばし瞳の中に像を残した。

「急がねばならない」と棟梁はつぶやき、筒運びをする面々の足並みを整えると、神社を後にした。


 先導に従い、一行が踏み入ったのは都のはずれにある小さな山。その広い肌を、すでに無数の落ち葉たちで彩っていた。

 いまだ木々に残っているカエデの葉っぱたちが、珍客を迎えんと、頭上より舞い降りてきる。その歓待を受けても足を止めることなく、木々が立ち並ぶ奥へ奥へと踏み入る一行。

 右へ曲がっても左へ曲がっても、ほとんど同じような景色のみが広がる山の中、棟梁は確かな足取りで、先へと進む。


 不意に森が開けた、

 目の前に現れたのは、岩壁。てっぺんまで見上げようとすれば、首が痛くなるほどに高い壁だった。

 棟梁が岩のそばへ筒を置くように、指示を出す。それが済むと、棟梁は大きな声で告げた。

「我ら、これよりこの筒を入れられる穴を、ここに掘る」と。そして約束していた通り、弟子たちへ「光の命令」について伝える。


 光の命令。それは気が遠くなるほどの昔のこと。

 彼方の空から翼の生えた「鬼」たちが飛んできて、目の前にある巨岩を置くと共に、地面を掘り返し始めたんだ。

 彼らは、足が三又に分かれ、光もないのにおのずから光り続ける胴体。人と同じほどの大きさの顔には目鼻がない代わりに、開いた花弁のような形の口がすべてを占め、耳とおぼしきかすかな突起を、頭の上に持っていたとのこと。

 初めは遠巻きに彼らの作業を見ていた先祖たちだが、勇気を出して接触した者がいた。その問いかけに対し、「鬼」たちは流暢な言葉で、こう答えたという。


「我らの手が長くならざるを得なかった。だから、ここに『管』を埋める。しかし、わけあって、これが済んだら、すぐにここを離れなくてはいけない。

 厚かましいが、お願いがある。これより埋める『管』の一部を、どこかにしまってほしい。少なくとも、この山を下りたうえで、誰も、光も、手が届かない場所がいい。そして時が来たら、ここに『管』を埋め直して他の管とつないでほしいのだ。

 我らの住処は、はるか彼方。必要な時に合図を出す。空を横切る、緑の稲妻がそれだ。

 ばかげた頼みかも知れぬが、そなたらにも関わる一大事。守らぬ時には何が起こるか分からん。これから話すことも良く聞いてくれ」

 

 そう話す鬼たちは、恐ろしげな容姿に関わらず、しきりに頭を下げながら、先祖たちに頼み込んだという。その内容を棟梁たちは伝え聞いてきたんだ。


「みな、素手で土をかけ。大工道具はおろか、石や木の枝も使うことはまかりならん。もしも破りし時は、その身、燃えつきても文句はいえぬぞ」


 唐突に飛び出した言葉におののきながらも、一同は葉をどけ、土に爪を立て、懸命に掘っていく。

 一度は掘り返されたという土。大きな岩などにはぶつからなかったが、それなりの固さはある。人員の中には、爪の内側が赤紫に染まり出した者も出た。

 先導役の棟梁も、掘り起こすのを手伝いながら、しきりに空を何度も見上げている。

 弟子も何度か見やったところ、開いた空にまた稲妻が走るのが見えた。三回で途切れた先ほどと違い、およそ十拍ほどの間で、断続的に空を横切る。


「急ぐぞ。稲妻が途切れぬ、まばゆい光に変わったら、しまいだ!」


 その言葉を叩きつけ、執拗に地面を掘り続ける一行。


 ひざまで埋まろうかという深さまで来た時。弟子たちの一人が掘っていた地面が、ボコりと内側へ落ち込んだ。

 空洞。あの筒、いや管がすっぽり入りそうなほどの高さがある。のぞき込むと、あの筒に見られるレンコンのように穴の開いた断面が、すぐそばに寝転んでいた。

 すっぽり埋めるには、長さが必要。彼らは見えた断面とは反対側の土をかいていき、次々に空洞を見つけていく。やがて、そちらの端にもレンコンが見えた。

 いつの間にか、目の前が緑色に明滅を始めている。かの稲妻の間隔が短くなっているのだろう。


「管を入れろ! 地面の中の管と、手に持っている管の穴が、一致するよう、向きに気をつけよ!」


 穴の上で持ち上げたまま、一度、止められる管。その両端の穴を、棟梁はしきりに確認し、微調整したのち、まっすぐ下ろすように指示。そうっと地面の中へ横たわった時「カチリ」と小さい音がする。

 管がほのかに赤く輝き出したが、明滅の強さも速さも増している。意識的に何度も何度も瞬きをしているかのようだ。


「岩に取り付け! 稲妻が収まるまでは離れるな! 消えるぞ!」


 もはや目を開けているのかいないのか、判然としなくなる視界の中、我先にと岩へ向かって走り出す一行。

 

 どうにか全員が岩へと手をついたのと、空がまばたきせずに輝くのと、土の中からのぞく管が深紅に染まったのは、ほぼ同時のことだった。

 次の瞬間、岩と自分たちを覆う赤色の幕が、目の前に広がる。そして今まで目を脅かしていた緑の光が「降ってきた」。そう、器をひっくり返したように、どっと。

 ほんのわずかの間だった。一気に天から落ちてきた緑は、赤い幕の外側にくっつき、垂れ落ち、転がっていた落ち葉の上へかぶさるや「じゅっ」と音を立てて、葉を煙に変えた。

 更に外側は言うに及ばず。赤と黄で彩られた山の化粧は、一気にはがされ白く染まる。棟梁たちの目の前にむわっと霧が湧いたのは、この一帯があの落ち葉の顛末を、一斉にたどったからに違いない。

 

 数瞬後、霧が晴れた時には地面はおろか、木さえも一気に白くなっていた。幹も枝もあまさずに。しかも、片手で数えられるほどしかない。このあたりだけ、数千年も歳をとってしまったかのようだった。

 ただ、あの管そのものとあたりの地面は、棟梁たちのいる岩の付近と大差ない色を保っている。

 初めてみる光景に、説明をした棟梁たちも息を飲みながら、そうっと岩を離れて足を踏み出す。先ほどまで、ぎゅっぎゅっと踏みしめていた地面が、サラサラと抵抗なく散っていった。灰の原だ。

 

 管に関してはひとまずそのまま。都の様子を見るべしと、山を下る一行。中心部は変わりないものの、山とは反対側の都のはずれでは、一部で山の中と同じ白い原が広がっていて、そこに住まっている者の姿もなかったとか。

 例の管は、数日後。赤い光を失ってから回収され、蔵の中へ戻されたらしい。その場所に関しては、私も聞くことができなかったよ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                      近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] 正直、語りの口調が聞きなれないものだったので所々分からなかったりしました。 けど、この作品が持つ特色はこの語りでないと成立しないような気もします。 雰囲気的には江戸川乱歩の怪異小説と…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ