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隠密医者 ~ 時代劇大好き少女がゆく(『第六部 番外編 隠密狩り』開始。3月14日第五部まで改稿)  作者: 薮田一閃@江戸でござるよ
第一部 剣術バカが行く ~ 時代劇大好き少女の師匠は、謎多き剣の達人
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たゆまぬ努力で、あの高みに

 立ち合いは三本だけ、すべて高木さんから仕掛けてもらうことにした。実力が拮抗している者同士の組太刀は、気力と体力の消耗が激しい。ましてや、今回は自分のすべてを出し尽くすつもりでいる。今の私の身体だと、三本が限界だろう。


 木刀を正眼に構えた高木さんと向き合う。


 身長百七十五センチで、若い頃と変わらぬ引き締まった体つきの高木さんは、ひとたび木刀を構えると、その姿が一回り大きく見える。


 十年前に立ち会ったときは、こちらから打ち込むのをためらうような威圧感を、高木さんの構えから感じた。「寄らば斬る」という、ピンと張りつめた剣気を、全身から放っていた。


 今は違う。凪いだ水面のような、柔らかい構えだ。攻めも守りも自在に変化するであろう、とらえどころのない気をまとっている。


……先生の剣に似ている


 ふと、懐かしい気持ちがこみあげてきた。でも、先生の剣は、どこか他人を寄せつけない空気を漂わせていた。孤高の剣――それは、前世で非業の死を遂げて、見知らぬ世界に流れ着いたという、数奇な人生が影響しているかもしれない。


 今の高木さんの剣からは、こちらが何をぶつけても受け止めてくれるような温かさを感じる。


――いつの間に、こんなに懐の深い剣になったんだろう


 私が知らないこの十年間、指導員として多くの後輩を育ててきたのだろう。面倒見のいい、高木さんらしいな……と思う。


 剣はその人の人生を映すという。私の剣には何が映るんだろうな。


「遠慮なく、全力で行くぞ」


という高木さんの言葉に、私は頷いた。


 一本目。


 淀みなく大胆に間合いを詰めてきた高木さんの初撃は、右頸動脈への一閃。移動の途中に無拍子で打ち込まれた一撃は、やや間合いが遠いと感じたが、途中から剣の軌道がグンと伸びた。


 高木さんの打ち込みに合わせて懐に飛び込もうとしたが、完全に間合いを外され一瞬躊躇した私の喉元に、高木さんの木刀の切っ先が突きつけられた。


……すごいなあ!


 悔しいと思う気持ちもわかず、心のなかで感嘆した。


 間合を詰めての初撃と最後の一手まで、流れが途切れず、拍子も読めない。学生剣道の選手時代から剣速でならしていた高木さんの打ち込みは、もともと鋭さが前面に出ていたが、今はすごくのびやかだ。変化が読めず、合わせにくい。


 二本目。


 木刀を正眼に構えながら、全身の感覚を総動員して、高木さんがどう出るかを待つ。


 相手の息遣いや筋肉の動きを、空気の揺らぎとして自分の肌で感じる。殺気をまき散らしている相手なら、これで大抵の動きは読める。でも、一本目の高木さんの動きは、本当に流れるように自然で、完全にタイミングを外された。今度は――


 きた!


 何気なく無造作に間合いを詰めてきた高木さんは、予備動作なく、先ほどと同じ右頸部への一撃を放ってきた。私は、左膝をきしませながら剣の軌道の下に最小限の動きで潜り込んで、左下段からはね上げるように、がら空きの高木さんの右手首に向けて斬りつけた。


 その瞬間、木刀の柄を持つ私の両手首は、いつの間にか私にくっつくほど近寄ってきた高木さんにがっちりつかまれ――私は木刀をとり落とした。


 無刀取りだ。


 高木さんが、いつ自分の木刀を手放したのか、いつの間にこれほど間合を詰めたのか、まったくわからなかった。


 無刀取りは、先生が得意としていた技だ。子供の頃から先生の技をずっと見ていた私が見て、いまの高木さんの無刀取りは完璧な流れだった。


……まったく、この人ときたら、どんどん凄くなるなあ


 心が弾んだ。


「やっぱり高木さんは凄い!」


 両手首を掴まれた状態で、思わず心の声が漏れてしまった。


「ば、馬鹿! まだ終わっていない」


 ぶすっとした口調で高木さんは私の手首を解放した。


――追いかける背中があることは、幸せだ。夢中で追いかけていられる。


 先生は、私が出会った時点で既に「達人」の域に達していた人だから、追いかける相手というよりは、下から見上げる高い頂だった。もうちょっとで届くと思っても、結局届かなかった。

 

 高木さんは違う。剣道では学生時代から実績があった人だけれども、剣術を始めたのは私が先生と出会う二年ほど前だ。だから、私が中学生の頃は、立ち合うとだいたい私が高木さんを制していた。

 

 それから高木さんはどんどん腕をあげていき、今の私は、二本の立ち合いで、手も足も出ない。


 私の身体は昔のようには動かないけれど、最初の一撃に関していえば、動きのハンデはない、と自分で思っている。間積もりは十年前よりも練られている実感がある。それに、先生の動きは死後十年たった今も、しっかりと眼に焼きついている。


 高木さんの剣の冴えは、たぶん、先生と同じ域に達している。たゆまぬ努力で、あの高みに達することができる。それがわかったのが嬉しかった。


 うん、わくわくする。


「最後、三本目お願いします」


 高木さんが頷いて、構えた。


 三本目。


 高木さんが正眼に構えて間合いを詰めてくるのにあわせて、私は右足を後ろにひいて脇構えをとった。


 先生から教えられた剣のなかでも、防御重視の構えだ。こちらから先制で攻撃するのにはまったくもって向いていないが、すぐ反撃に転じられるのが強みだ。また、剣の切っ先が相手から見えないように構えることで、相手に手の内を読まれにくいという利点がある。


 すっと、私の裏――背中側に回り込んだ高木さんは、上段から左頸部へ斬りおろす一刀を浴びせてきた。その瞬間、私は跳躍して間合を詰め、下段からの逆胴を放った。


 だが、その瞬間、高木さんが自分の木刀の柄を胸元から垂直にぐっと下げて、私の木刀の物打に叩きつけた。


 この一撃で、木刀を持つ両手がしびれて、思わず木刀を取り落とす。


(これもダメかあ)


 そう思ったのと同時に、踏み込みの着地の衝撃に耐えられず、左膝に激痛が走り、息が止まる。左膝を床につくように倒れこみ、そのまま動けなかった。


 終わった、な。終わった。これで思い残すことはない。


 痛みできしむ身体を両手で支えながら、立ち上がろうとしたが、力が入らず立ち上がれない。


 今の立ち合いで気力も体力もすっからかんだよ。なんとか立とうとあがいたけど、本当に残燃料ゼロである。うぐぐ。


「いいから、そのまましばらく休んでいろ」


 そう言われて顔をあげると、高木さんが片膝をついて私を見ていた。


「見事だよ」


 高木さんがポツリと言ったその言葉が、どこか寂しそうな響きを帯びていた。


「三回目で完全に俺の打ち込みを見切っただろう。そこから俺が負けないのは、単に経験と勝負勘の差だ。だが……」


 高木さんが黙りこくったのは、私の両脚がこうでなければ……という気持ちがあるんだろうな、と私は予想した。だが、違った。


「馬鹿なことを、と思うかもしれないが」


 ん……?


「お前がこのまま、いなくなる予感がする」


 ぎく。なぜわかる。


「今、剣を交えて、予感が確信に変わった」


 ぎくぎく。


「だいたい、お前はわかりやすい。太刀筋が素直でまっすぐだから、何を考えているかすぐわかる」


 いやいや、おにーさん、そりゃどんな特殊能力っすか……


 もちろん、高木さんに黙って死のうなんてことは、これっぽっちも思っちゃいない。この世の中で、たった一人、私の家族みたいな人だしね。


 そりゃ、十年前は、余計な心配かけちゃいけないと思って、兄貴分には黙っていようと思ったさ。でも、幽体離脱が始まり、そろそろ自分の寿命だと理解し始めてからは、どうやって打ち明けようかと考えてきた。


 でも、どこからどうやって説明しようかと考え始めると、いつも思考が堂々巡りだ。自分自身に起きたことじゃなければ、先生の死の真相や、守護の力や――そして私の寿命のことなんて、とても信じられない。


 そうこうしているうちに、本当に私の寿命のタイムリミットが迫ってきてしまった。


 高木さんが、瞬きもせずに、じっと私を見ている。近くで見ると、黒目が少し灰色がかっていて透明感があるなあ。うう、両眼からビームがでて、射貫かれているような気がするぜ。目ヂカラ半端ねぇ。おーい、瞬きしましょうよ、目が乾きますよー。


 どうしよう、この沈黙に耐えられない……


「エエト、ナンノコトデスカー」


 我ながら白々しい。なんとかしろ、私!


「あのなあ」


 高木さんがため息をついた。


「どうせ、俺に心配かけたくないとか、そんなとこだろう? 深刻な話になりそうだとチャラけるのは、小さい頃からのお前の悪い癖だ。本当にわかりやすい」


「す、すみません……」


 なんだか、子供の頃に戻ったみたいな気分だよ。


「まあいい、あとでじっくり聞くよ。そろそろ立てるか?」


と促されて、立ち上がろうとした途端に、ブーンという聞きなれた耳鳴りがして、視界がぐにゃりと歪み……私の意識が飛んだ。


 あああ、高木さんの尋問モードが解除されて気が緩んだ瞬間に、幽体離脱しちゃったよ、っと。


――ん? なんだかいつもの幽体離脱と違うぞ。


 周りに見慣れない景色が広がっている。山の中の小さな小さな村……? でも、誰もいなくて、家もみんな壊されて……


 誰もいなくて寂しい。何年も何年も、ここで私は横たわっている。冬は霜に埋もれて凍え、夏は灼熱の太陽に焦がされ続けた。名前を呼ばれないまま時間だけが過ぎて、自分が誰なのかも忘れてしまった。


 私の……名前……


「……き! 有希(ゆき)!」


 名前を呼ばれて、身体を揺さぶられ、自分の霊体がズルっと自分の身体に戻るお馴染みの感覚とともに、私は我にかえった。


 高木さんに抱きかかえられている自分に気がつき、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「おい、どうした? 大丈夫か?」


 こんなに焦っている高木さんを見るのは、久しぶりだ。うわあ、また心配かけちゃったよ。


 幽体離脱中に、自分が誰だかわからなくなるのは初めてだ。しかも、さっきのビジョンは、私自身が体験した出来事ではないと思う。というか、そう信じたい。だって、あれじゃまるで、死体だよ。これは末期症状かなあ。


「うん、もう大丈夫! すみませんでした!」


 が、私の空元気もむなしく、高木さんが疑わしそうに、ジトーっと私を見ているよ。


 ごめんなさい、ごめんなさい。今度こそ、洗いざらい話します……

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