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隠密医者 ~ 時代劇大好き少女がゆく(『第六部 番外編 隠密狩り』開始。3月14日第五部まで改稿)  作者: 薮田一閃@江戸でござるよ
第一部 剣術バカが行く ~ 時代劇大好き少女の師匠は、謎多き剣の達人
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そんな顔させちゃってごめんね

 病院のベッドで目覚めた。体が重くて自由がきかない。息が苦しいのは、酸素マスクを当てられているからだ。なんだかすごく喉が渇く。手は柵に縛りつけられているし、なんだこりゃ。


ぴー、ぴー、ぴー


……自分の心電図の音だな。なんだか、重症感がただよっております。どうやら、私の身に何かが起きたらしい。暴れるとよけい縛られるのは、警察でも病院でも一緒だぜ。まずはおとなしくしておこう。


 ううっ、妙に鮮明な夢だったよ。あれ、もしかして走馬灯ってやつかい。


 いてて! あばらは何本か折れているなあ、これ。息をするだけで痛いよ。手の指は……よし、動くぞ、足は……なんだか痛すぎてよくわからん。うーん、折れてるかな? 心配だな


ぴぴぴぴ!ぴぴぴぴ!


 どっかでけたたましい警報音が鳴り響いている。


 私のところじゃないな。よかった。自分のところでこんな音がなったら、まじ、びびるわ。それにしても、痛いなあ。


 あっちこっち痛すぎて呻いていたら、看護師さんがやってきて何かを点滴してくれた。知らない間に眠りに落ちて、次に目が覚めたときには、高木さんがベッドの脇に座っていた。まあ、家族らしい実の家族っていないしな。高木さんは兄貴みたいなもんだし。いつもありがとう。お、寝ている間に酸素マスクも外れているよ。かなり楽だな。手も縛られていないし。うん、よかった。


「目が覚めたか! おい、わかるか?」


「あ……はい……なんか、怪我しちゃったみたいで……よくわからないんですけど……」


 思いのほか私が元気だったからか、最初は心配そうな表情だった高木さんは、ほっとした様子だった。高木さんによると、暴走トラックが起こした玉突き事故に、私の乗ったパトカーが巻き込まれたらしい。助手席にいた先輩は無傷だったけれど、私はひしゃげた運転席に挟まれてしまい、重体だったそうだ。


「それで……な、話しておかなきゃならないことがふたつある」


 高木さんが、すごくつらそうな顔をしている。長い付き合いだけど、こんな顔を見るのは初めてだよ。やだなあ。私のせいかな。そんな顔させちゃってごめんね。心配かけちゃったな。


「まずな、お前の脚だけど……」


 運転席に両方の脚を挟まれて、特に右の脛は血管も神経もずたずただったらしい。それで右脚は膝下で切断。左は膝周りの粉砕骨折だ。あと、肝臓や腎臓も損傷していて、集中治療室で二週間くらい寝ていたらしい。切断かあ…… 


「正直、ぴんときません」


 これは本当だ。あまり実感がない。むしろ二週間も寝ていたほうにびっくりだ。


「それで、ふたつ目ってなんでしょう?」


 高木さんは一瞬躊躇して、絞り出すような声でこういった。


「いいか、よく聞けよ。杉先生が、昨日亡くなった」


「え……」


 私が入院してから、先生は連日、面会に来てくれていたらしい。昨日の夜に高木さんが面会にきたとき、私の担当の看護師さんが


「いつものおじいちゃん、今日はいらっしゃらなかったんですよ」


と言ってきたそうだ。念のため、と思って高木さんが先生に電話をかけてみたけれどもつながらず、様子を見に行くと、先生が道場で倒れていた、とのことだった。


「救急車で市民病院に運んだけれど、亡くなってから何時間か経っていたみたいでな」


 一応、急性心不全の診断になった、と高木さんは教えてくれた。


「俺が見つけたときには、苦しんだ様子はなくて、寝ているみたいな安らかな顔だったよ」


……そうかぁ。


 急に、涙が溢れ出てきた。わ! 勝手に涙が出てきた! 止まれ! 止まるんだ!


 嗚咽が漏れそうだったので、必死に歯を食いしばった。


 他人に弱みを見せないように生きてきたから、私は感情表現が下手だ。弱音を吐くな、と自分を奮い立たせてこれまでもやってきた。だから、踏ん張れ……


 頭の上に、ポンと大きな手が置かれた。


「お前さ、小さい時も今も、我慢しすぎ」


 兄弟子の優しい、気遣うような声が聞こえた。こりゃ反則だ。ああ、もう駄目だ。


「そうか……も……です……ね……」


 途切れ途切れに答えて、今度は身体中の水分が無くなる勢いで泣いた。


 先生には身寄りがなくて、天涯孤独だった。生まれ故郷や育った地がどこだったかも、誰も知らない。先生が美術教師として勤めていたという高校に高木さんが問合せをしたが、手がかりはなかったそうだ。そういう次第で、葬儀の喪主は、高木さんを筆頭に、道場の弟子一同でやることになった。


「お前が来れない分、俺がしっかり見送るから安心しろ」


といって、高木さんは帰っていた。


 それからの日々は、あっという間だった。同じ署の人たちや、警察学校の同期とかが入れかわり立ちかわり、見舞いにきた。事故から一か月後に義足の型どり。左膝まわりの手術は二回やって、松葉杖を使って歩く練習を始められたのは、事故から三か月後だった。


 その一か月後、松葉杖で外出できるようになったので、高木さんと一緒に先生の墓に参った。先生は、生前に市内の霊園で永代供養の手続きを済ませていたそうで、合祀墓に祀られていた。墓石を磨いて、花を供えて、手を合わせた。先生は、自分の死後の手続きについても、あらかじめ弁護士に依頼していたらしい。


「本当に、準備がよくて頭が下がるよ。俺も見倣わなきゃなあ」


 かくいう当人は、まだ独身だ。見倣わなきゃなあ、じゃなくて、早く嫁さん見つけて結婚しようよ。


 高木さんは、全日本選手権での二回目の優勝を最後に剣道の選手生活を引退して、県警本部で特練の指導員をしている。県警本部の機動隊で勤務している同期が、高木さんは女性警察官にモテモテだ、と言っていたぞ。これで女性の噂ひとつ無いとか、どんな修行僧なのか。これだから剣道バカは……馬鹿なのは人のこと言えないけど……うーん。


 私が退院したのは、その二週間後のことだった。

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