覚醒
街道を行く親子連れが無法者の一団に襲われたのは、小雨降る夕暮れどきだった。道中、母親が足をくじき、宿場まで辿りつくのが遅れてしまった。日暮れも近くなると、街道の人通りもない。そこを、追剥ぎに狙われたのである。身なりのととのった商人らしきなりの父親と、その妻は、悲鳴をあげる暇もなく、男たちに斬り殺された。娘は、その一部始終を瞬きもせず見ていた。
頭目らしき男が、ほかの男たちに声をかけた。
「女のガキなら売り飛ばせるが、万が一、俺たちの足がついちゃあ面倒だからな。顔を見られているんだ。殺っちまいな」
(逃げなきゃ……)
少女の心の臓が、早鐘のように打った。だが、走りだそうにも恐怖で膝が笑ってしまい、一歩も動けない。
無法者たちの一人が右手を伸ばして、少女の左腕をつかもうとした。
その刹那。
少女の意思とは関係なく、その体が勝手に動いた。男との間合いを一足飛びに詰めて、懐に潜り込みながら顎に右の掌底を叩き込む。ほぼ真下から打ち上げるように頭を揺さぶられた男は、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
「このガキ、何しやがる!」
「構わねえ、バラしちまえ!」
眼を血走らせた男たちが、刀を抜きはらい、少女に斬りかかった。
少女は自分の頭めがけて振り下ろされた白刃の下をかいくぐり、刀の柄を握っている男の手首に手刀をいれた。不意をつかれて刀を取り落とした男は、少女に肘と肩を捻りあげられ、激痛で呻く。
だが、それも長くは続かなかった。
「あっ」
男の肘を掴んでいた少女の手が、滑って肘から外れてしまう。無理もない。少女の手はあまりにも小さく、非力だった。
思いがけない反撃に激高した男たちの一人が、少女の肩口に斬りつけた。
少女は咄嗟に身をひるがえして、男たちに背を向けて走りだそうとしたが、右の肩から背中にかけて灼熱の棒を押し付けられたかのような痛みを感じ、その場に倒れた。
背後を振り返った少女の双眼は、今まさに、自分の頭を一刀両断しようと振り上げられた、刀身の鈍い輝きを捉えた。
(殺される……)
少女がそう覚悟したのと同時に、その男の頭が文字通り、弾け飛んだ。頭部を失った男の体は、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
少女の周りで、怒号と悲鳴が交錯したが、すぐに静まりかえった。
少女は、視界が暗くなるのを感じた。斬られた傷から血を失いすぎたのだ。
「旦那様! こりゃ、ひどい傷ですぜ」
その声が、とても遠くに聞こえる。
「これはいかん。おい、娘! 死ぬな。死ぬなよ」
体を揺さぶられたような気がするが、少女にはもう、それすらもよくわからない。
そして、少女の意識は闇の中に沈んでいった。




