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喪女、引っ越しする。そして勝手にヒモが増える

 私はひたすらモップを持って床を拭いていた。

 拭いてはいるのだが、多分さほど綺麗にはなっていないだろう。心ここに有らず、なのだから。

 今林さんから『いい人』扱いされた事が、昨日今日で笑顔で接してくれることがリア充過ぎて変な気分に陥ってる。

 恋、とは違うと思う。

 でも何かフワフワ浮ついた気持ちっていうのだろうか? 落ち着かない気持ちでいるのは確かだ。

 ホゲーっとしていたらそれだけ考えてしまい、あらぬ妄想の世界に入ってしまいそうなのでとりあえずモップを持ち出した訳だが、拭いてるだけっていうのも頭を使わないのでやはり考えてしまう。

「やばいやばいやばいやばい」

 呪文のように呟いて心を落ち着かせようとする。が、何故か浮かぶはあの笑顔。

 お願いです、そんな眩しい笑顔向けないでください。


「なーにブツブツ言ってんのよぉー」

 背後から乗っかかるように、またもやゼフォンが耳フーをしながら登場した。

「あぁー? 何か用なの」

「やだぁ、反応悪いわね。いつもみたいに『のわわ~』ってやってくれないのね。面白くない」

 やはり人をオモチャにしていたのか、この堕天使は。

「今そんなことに反応してる気分じゃないの。遊びたいならシンヤとかオカマ幽霊と遊んで」

 モップでステップターンをしながら床拭きしてゼフォンを振り払おうと試みる。

 が、この堕天使、離れない。

「楽しそうな事悩んでるみたいねー? 男の人に優しくされるの嫌なのぉー? いきなりモテ期到来で戸惑ってるとかー?」

 ウフフと楽しそうにゼフォンは笑う。

 そうよ、図星ですとも。モテ期というモテ期ではないが、急に優しくされて戸惑ってるんですよ。

 経験がないものに対しては対応しようがないじゃないですか、クソ堕天使サマよ。

 泳いだことない人が急にバタフライで泳げって言われてるのに近いのよ、この状態は。

「だったら何よ、いけない!?」

 何でキレなきゃいけないか自分でも分からないが、キレた言い方をしてしまった。照れ隠しに近いのかもしれない。

「いけなくはないわよぉ。いっそのことそのまま溺れちゃいなさいよ、誰か助けてくれるわよ」

「誰かって誰よ。ゼフォン? それともよし子?」

「何言ってんのよぉー。あのおっさんに決まってるでしょ」

 可愛らしくウインクするのも忘れない。

「え、あ、い、い、今泉さんが!? 何でその名前が!?」

 名前を聞いただけでドキリと心臓が跳ね上がる。

 いやいやどうした!? 私!? 何ドキリとかしてんの!?

 こんな一人ツッコミしてたら、ゼフォンがニヤリとしてこっちを見た。

「えー? 誰も今泉なんて言ってないしぃ。おっさんって、あのオカマ達もおっさんよ?」

 確信犯め。反応見たくてわざとそう言ったんだな。

「まぁさ、一回溺れてみるのも泳ぐのには大切よ」

 十分楽しんだのか、ゼフォンはまたふらっと消えていった。


『溺れてみる』を考えつつ掃除を進めていると、よし子が玄関アプローチ部分で大声を張り上げた。

「みんなー、ごはんよー」

 そう言えば朝早くに起こされてからまだご飯を食べていない。お腹はペコペコだ。

 本当によし子は気が利く。こういう子がモテるんだろうな、と思いつつ食堂へ向かう。

 多分一番先に掃除を終わらせたのだろう。でないと作ることも出来ない。

「よし子ありがとー。お腹ペコペコだったのよー」

 そう言いつつ食堂に入ると、大きなダイニングテーブルの上にいくつもの大皿料理が乗っているのを目にした。

 これ、全部よし子が作ったんだろうか……?

「あっちゃん、ご飯いっぱい作ってもらったわよー」

()()()()()()()?」

「そう! ご紹介しまーす。シェフの新井さんです! ご飯作りに来てもらいました!」

 ニコニコと紹介するよし子とおおー、と歓喜するヒモ達。そして何故か仏頂面のシェフ新井。

 よし子はかなり料理作れるはずなのに、何で今日に限って作らないのか?

 何となく、この仏頂面見てたらピンときた。

「よし子、もしかして新井シェフって最近勤め先をクビになんてなってないよね?」

 感が当たってたらクビになってる。間違ってたら、ただよし子にこき使われて不機嫌なだけ。

「勿論!」

 ニコニコのよし子はそこで一回止める。

 勿論、何なのさ。なってない、でいいのかしら?

「一週間前にクビになって現在暇を持て余してます! なのでお呼びしました!」

 それ元気よく言っていいことなのかしら……。新井シェフの顔が気のせいかひきつってるんですが。

「嬢さんよ、暇なんじゃねぇ。今は俺の事を理解してくれるオーナーを探しているところだ。意識の低いヤツになんて雇われたくもねぇ」

「それでオーナーと喧嘩してクビになって、何威張ってるのよ。お得意様よしみで短期で雇ってあげてるのに」

 よし子はプゥっと頬を膨らませて新井シェフに言い返す。

 ああ、つまりはだ、新井シェフはかなり不本意でここに来ていて、アホみたいに騒ぐ私らが気に入らないと言うことだ。

 まぁ、私には関係ない。こいつはヒモ要素がなさそうだ。今日もただよし子が作りたくなくて呼んだか、引っ越し祝い的にご馳走を振舞ってくれる、そんな意味合いで呼んでくれただけだ。

「そんなことより早く食べようよ! お腹空いた! 僕このところパンの耳しか食べてなかったんだ!」

 シンヤが叫びにも近い声を上げた。

 ってか、パンの耳って……。いつの時代のビンボー人ですか……。

「そうねー、冷めないうちに召し上がれ!」

 よし子の号令で一斉に『いただきます』と大皿に手を伸ばす。


「なにこれうまーい!!」

 パンの耳しか食べていなかったと言うシンヤは口いっぱいに料理を詰め込んでは『うまい』を連呼し、そんなに食べて大丈夫か? と心配してしまうくらいに食べ続ける。

 他の人達もシンヤほど騒いではないが、味わうようにゆっくりと次々と口へ運んではニコニコとして、たまに新井シェフに『これは何て料理ですか?』と聞いては感心してまた食べるを繰り返していた。

 私は多分終始だらしない顔で食べていたと思う。

 みんな同様、美味しすぎてニヤニヤが止まらない感じだったからだ。

 しかも無言でニヤニヤ食べていたから、新井シェフは気持ち悪い女と思っていたんじゃないかとまで思ってる。

 こんな感じで大量にあった大皿料理はあっという間になくなろうとしていた。

 その時、よし子は爆弾を投下してくれた。

「こんな美味しい料理、新井さんいないと食べれないのは残念よね。あっちゃん料理からっきしダメだから」

「ちょっとよし子! からっきしじゃないわよ、簡単なものしか、よ!」

「おい、簡単なものって何だよ」

 不機嫌そうな新井シェフの声が入る。嫌な予感しかしない。

「え、えっと……目玉焼き? あとは野菜炒めと……」

「もういい。つまりは小学生のお手伝いで作るものしか作れない、って訳だな」

 小学生って例えは酷いが、言い得て妙だ。切って、焼く、味付ける(塩コショウ)がせいぜいだ。あと作れるのは定番のカレー。切って、煮て、ルゥを入れるだけ。

 認めてしまうのは恥ずかしいが、否定したところで作れと言われても困るだけ。素直に小さく頷いた。

「……おい嬢さんよ、契約で『ご飯作ってあげて』と言われたが作るのを教えるのはどうなんだ?」

「大歓迎よ! だってあっちゃんはこれから女子力上げて、いっぱいナンパして、百人のヒモを作らなきゃないんだから!」

「なんだそれ……。百人のヒモって、何かの罰ゲームか? まぁいいや、教えていいってことだな」

 ニヤリと上機嫌な笑顔を作ると、私に向かって拳を突き出してきた。

「おう、みっちり教え込んでやるよ。いつ嫁に行っても大歓迎されるくらいに仕込んでやるよ」

「え、みっちり……」

「おう、みっちり」

 助けを求めようと周りを見るが、みんな新井シェフの料理に胃袋を掴まれたらしく、教えられた私が同じような美味しい料理を作れると夢見たらしくうんうんと頷いている。

 みんな知らないから頷いてるが、私は壊滅的な料理オンチ。よし子も一時期教えてくれたがまるで上達しなかった。

「新井さん、お願いしますねー。あ、そうだ。新井さんもヒモになっちゃえばいいのよ! そうすれば次の職場探さなくて済むし、あっちゃんはヒモが一人増えるし」

 ヒモ要素がなかったと思えた人がヒモ候補に早変わりした。

 まぁ、ヒモが増えるのは歓迎だが、またもや癖のあるのが引き寄せられた感が否めない。

「ヒモでも何でもいい。よろしくな! 今日は片付けだの何だので時間なさそうだから、明日から教えてやるよ」

「よ、よろしくお願いします……」

 有給が終わったあとはどうなるんだろう。仕事終わってから料理の特訓!? いやいや、辛すぎるんですが。


 一通り片付けが終わるともう夕方になっていた。

 ヒモになると決まった新井シェフは一度家に戻り荷物取りに行ったらしく、バケツを片付けに外に出た私と遭遇した。

「もう終わったのか?」

「はい、一通り荷物も掃除も終わりました」

「そうか、ご苦労だったな。俺の荷物はこれだけだから、すぐに運び終わる」

 指さした方向には、軽トラが一台。運転席から降りた今泉さんが新井シェフの段ボールを下ろしていた。

「手伝いますか? 段ボール、結構ありますよね?」

「いや、いい。重いから。あれは殆ど本だ。服は衣装ケース一つで終わってる」

 ポンポンと私の背中を叩くと、持っていた衣装ケースを地面に下ろし今泉さんの方へ戻っていった。

「女に重いもの持たせるような腐った男じゃねーよ」

 振り向くことなく手を挙げてバイバイとすると、今泉さんと次々段ボールを下ろしていく。

(な、何なんですか!? あのマンガにでも出てきそうなセリフと行動は!?)

 急な女の子扱いに思考までおかしくなってしまったらしい。

 相手もいないのに丁寧語な思考会話になっている。

 今泉さんといい、新井シェフといい、顔もだけど態度が格好いい男が目の前にいて、それが普段相手にもされない喪女にヒロイン扱いしてくるって!?

 喪女さん勘違いしちゃいますよ!? 自分可愛いとか変な事思っちゃいますよ!?


 そんな乙女なパニック思考も夕飯時にはすり替わっていった。

「ねぇちゃん、ここってまだ人は入れるよな?」

 あっという間に自分の引っ越し荷物を片付けた新井シェフは、短時間でこの多人数分の夕飯を作っていた。

 時短メニューなのか、丼もの(親子丼とも他人丼ともいえないオリジナルの丼だった)と和風なサラダとみそ汁があった。

 それをウマウマと食べている最中だった。今泉さんが急にそんなことを言ったのは。

「え? はい、まだ部屋もありますし。いずれは入りきれなくなるので、その時は何人かで共同部屋にする予定ですよ?」

「だったらこいつらもヒモにしてやってくれないか?」

「は? ヒモ?」

 急に言われて自分がヒモを集めていた事を忘れていた。

 さっきまで新井シェフの乙女マンガ展開について、頭の中がグルグルして、そこに昨夜の今泉さんの事まで思い出して軽く脳内パニックを起こしていたのだから。

「あ、ああ! ヒモですね! 全然オッケーです! 大歓迎です!」

「そっか。わりぃな、助かるよ。こいつら俺のとこの工事現場だけで食ってたから、万年金欠でヤバかったんだよ」

 ありがとな、と私を見る今泉さんの目はやっぱり優しい。


 ヤバい、心が乙女になっている。トクンってなってる。

 喪女がこんな乙女展開をしていいものなの!? 三次元のときめきなんてしていいものなの!?

 こんな見た目ももっさくて、全然オシャレでもないし、料理も作れなければ、女子力なんてものも低い。

 それなのに、それなのに……。


 ヒモが一気に四人増たはいいが、何か一気に色々展開され過ぎて思考がついて行かなくなってきた。

 やはり喪女には男性と関わる事はハードルが高すぎる。

 朝起きたら、あの小汚い狭いアパートに戻ってないかなぁ……。

読んでいただきましてありがとうございます。

かなり更新遅れてました。

無謀にも「異世界恋愛」もののコンテストに出そうと決心しまして、

そちらの方を少し多く時間を取って書いてました。

でも慣れないジャンルなので、かなり手こずってます。

生暖かい目で見守ってください。


喪女さんが急にモテ始めました(笑)

モテるのと少し違うかもですがね。

まぁ、面白いのでこのまま発展させてやりますとも。

慌てふためく喪女さんをご期待(?)ください。


それではまた次話おあいしましょう。

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