喪女、自分について説明される
こうして改めて話すというのは、全校集会で作文読まされているようでかなり緊張するし落ち着かない。
変な汗かいてきたし。
「えーっと、まず、何でこんな風に男の人を集めているかと言いますと、全てゼフォンのボスに売りつけられた聖杯のせいです」
「売りつけられたって酷くない? 無理に勧めた訳じゃないのにぃ」
まぁ、ゼフォンの言う通り無理に勧められた訳では無い。
でも伝説のキリストの聖杯を千円なんて値段で売られたら、興味のある人間だったら誰でも買っちゃうと思うんだ。
そんな値段で売ってきた怪しげなローブ男(?)が悪いんだと思うのよ。
……、人はこれを『責任転嫁』と言う。
「何で聖杯と男集めるのが関係あるの?」
「シンヤ、まだ私が説明途中って理解してる?」
「あれで終わりじゃないの?」
こいつ一回ぶっ叩いたら頭ん中治るかしら?
少し本でも読ませれば、話には流れってものと結末ってものがあると理解してくれるのかしら?
こんなバカは放置して、話を続ける事にした。
「このキリストの聖杯ってのはかの有名なアーサー王が……、っとこの下りやっちゃうと長くなるので、願いを叶えてくれるアイテムなのよ。で、買ったはいいが願いを叶える代価としてあるものを捧げなきゃいけないと言われたのよ」
「もしかして、何か星のマーク入った球とか!?」
「だからシンヤは一度黙ってて!」
また脱線した。
まぁ気持ちは分からんでもない。
私だってあの球集めて云々だったら、もう少し楽しく事を進められていたかもしれないし。
「で、その代価ってのが男の生き血百人分。しかも奉納期限厳守。守れなかったら呪われて死ぬというおまけつき」
「はぁ!? そんなバカげた話ってあるのか? 姉ちゃん騙されてないか?」
「嘘だったらいいんだけど、そこにいるゼフォンが嘘でない証拠。あいつ堕天使なんだよ」
堕天使と聞いても皆いまひとつ反応は悪かった。
多分堕天使自体を把握していない。
聞いた事はあるがなんじゃそれ? な感じになっている。
新井シェフなんて、話の最初からずーっと『ハテナ?』な顔をしたままだし。
「うーん、姉ちゃんが嘘つくとは思えないけど、なんか信用性のない話なんだよなぁ。俺は姉ちゃんが必死な形相で頼んできたから、何だか分からんけどヒモもどきになってここにいるけどさ」
「僕はあっちゃんの話全然理解出来てないけど、アパート追い出されたから付いてきただけだよ?」
「……デスヨネー。私も何となくそうだとは思ってたけど」
しかしこのメンツにどうやったら呪われて死ぬってのを理解してもらえばいいのだろう?
ゼフォンに誰かに軽く呪いでもかけてやってと言ったところで、何か代価払えとか言われる気がしないでもない。
かといって他に方法なんて今のところ考え付かないし。
うーん、と頭を捻らせていたら突然扉が勢いよく開いた。
「はーい、呼ばれて飛び出て、よし子さんでーす。みんな元気にしてたー?」
いや、呼んでない。
呼んでないけど、この状況何とかしてよし子。
「どうしたのあっちゃん? とーっても困った顔してるわよ?」
「実はね、私が呪われてるってどう説明していいものか困ってたのよ」
「なーんだ、そんな事」
よし子はウフフと笑うと、バッグから小さな小瓶を取り出した。
「こちらに取りい出したります小瓶。ただの小瓶とお思いなさるな。この中身たるや、何と! かの有名アイテム『呪われているか判別できる聖水』だったりする!」
「は? なにそれ。聞いた事ないわ。てかよし子、全然顔見せなかったけど、どこ行ってたのよ?」
「お兄様の雑貨の買い付けに付いて、ちょっとヨーロッパをあちこち」
旅行中の兄の姿でも思い浮かべたのか、よし子の顔は完全ににやけている。
これ以上ブラコン拗らせないで欲しいと祈るばかりではあるが、あの兄のスペックを越える男が現れてもここまできてしまうと拗れない可能性の方が低いとしか思えない。
「で、そのアイテムとやらはどう使うの?」
「それはとーっても簡単。はい、あっちゃん腕出して。あ、シンヤ君も腕貸して」
言われるままに私とシンヤは腕まくりしてよし子に差し出す。
「はい、こうします」
言うや否や、よし子は私達の腕に聖水をパパっと振りかけた。
「!!!!」
声にならない叫び声をあげたのは私。
どうしたことか、よし子が聖水を掛けた部分だけ私の腕が爛れていった。
一方のシンヤは自分の腕と私の腕を見比べて『?』という表情を浮かべている。
もちろんシンヤの腕は何ともない。
「よ、よ、よ、よし子ぉー!! 痛い痛い! ナニコレ! どうなってんの!」
「あら、まがい物の聖水じゃなかったわ。得しちゃった。すごく安かったのよ」
「いやいや、それ今どうでもいいから! 溶けた! 爛れた! タスケテ!」
「大丈夫。掛けたところしか溶けないって聞いたから。そのうち痛いのもひくから、ね?」
ね? じゃないわ! まったくこのオトボケ女わ!
絶対実験台に使っただろう。覚えてろよ。
腕をフーフーしながら痛さに耐え、みんなの反応を伺う。
龍玄君は不思議そうに私の腕をじっと見ている。
土木作業員の方々はポカーン。
オカマ幽霊達もポカーン。
今泉さんは眉をひそめて何やら考え込んでいる。
で、新井シェフはというと、難しい顔をして無言。
「あのぉ、皆さま?」
何か言ってくれ。何か反応してくれ。
無言が一番対応しにくいんですけど。
焦る私の心の祈りが通じたのか、しばらくの間の後、新井シェフが沈黙を破ってくれた。
「で、それは手品なのか? 塩酸? 目立たない場所とはいえ女性の腕に火傷を作るのは良くない。あとであっちゃんは俺が責任を持って病院へ連れてってやる。……、その危ない手品と呪いと『喪女』とやらは関係あるのか?」
「新井シェフ、これは手品でも何でもないんですよ? 何なら新井シェフがあっちゃんに掛けてみます?」
はい、とよし子は新井シェフに小瓶を渡す。
蓋を開け、クンクン臭いを嗅いで、自分の腕に聖水を掛け、何の反応もなかったことを確認すると、新井シェフは躊躇うことなく私の反対側の腕に聖水を掛けた。
しかもジャバっと。
「ぅぎゃあああ!!!!」
「えええ!?」
当然ながら腕は一気に溶けて爛れる。しかも広範囲。
痛いを持って通り越して、よく分からない感覚が腕から全身を通り抜けていく。
熱いような冷たいような、毛穴という毛穴から血でも吹き出そうな感じとはこのことなんじゃないかという感覚。
「あーあ。面白いから黙って見てたけど、これは酷いわよぉ。激痛よぉ。ついでに言っちゃうと病院じゃ、この爛れは治せないからね。呪われた者に付ける烙印みたいなやつだから」
ジャバっと掛けられた方の腕を押えて床を転がる私を気の毒そうに言うゼフォン。
掛けちゃった新井シェフは、これまた種も仕掛けもない現実を見せつけられて唖然。
どうでもいいから、この痛みを何とかしてくれ!
「あんまりにも気の毒だから、このゼフォン様がちょっとダケ助けてあげるわ。特別サービスよ」
のたうち回る私の腕を掴み、自分の背中から羽根を一本抜き取ると、その羽根で爛れた痕をひと撫でして息を吹きかけた。
息を吹きかけられた爛れた場所は黒いもやを上げながら皮膚を再生させていく。
同時にあれほど痛かった痛みも嘘のように消えていった。
「現代人って何でもトリックだの手品だのまやかしだのって、呪いとか祟りとか呪術とか信じなくなったわよねぇ。ロマンがないわぁ」
「いや、ロマンの問題じゃない! こうなる前に止めてよ役立たず堕天使!」
「助けて貰っておいて、何その口の利き方。これだからモテない女ってやぁねー」
ねー、っとゼフォンはよし子の腕を取り、よし子に同意を求める。
よし子もよし子でゼフォンの魔力を目の当たりにしてご機嫌なのか、ニコニコと『ねー』をやり返している。
「……うん。あまり理解出来ていないが、呪いという事なんだな。で、最初に戻って申し訳ないが『喪女』とは何なんだ。呪いとは関係なさそうだという事だけは分かった」
自分の中では一件落着していたが、まだ喪女の説明をしていなかった事を思い出した。
何かいまさら喪女についてなんてどうでもよくない? と思ってしまうんですけど。
新井シェフ、聖水掛けられて爛れたの見てだいぶ退いてたから、これ以上たたみかけなくても、ねぇ。
「それでは私が説明してあげる」
ウフフ、とまたもやよし子さん。
嫌な予感しかしない。
「喪女とは、非モテで容姿的にも残念な女性な事を言うのです。大体の喪女は三次元より二次元を愛し、お洒落・ファッションよりも趣味にお金を掛けます。お洒落に興味があっても、その残念な容姿ゆえに残念な感じにしかなれず、よってファッションから興味を失っていく傾向にあります」
あー、痛い。痛いとこ突いてきた。
これ以上私の傷口広げるような事言わなくていいから、よし子、もう帰ってください……。
「それでですねー、喪女は内向的というかネクラなもんで『三次元の男に興味ない』とか言って、青春期からいい歳になるまで誰とも付き合わない・付き合ってもらえないまま過ごしちゃいます。なのであっちゃんのようにアラサーになっても処女というのが定番です。あと友達も少ないです」
「私のようには要らん枕詞だろう! ちょっとよし子、あんただって隠れ喪女のくせに何『私違います』風に語ってるのよ!」
「私は隠れ喪女じゃないわよー。自他ともに認める拗れたブラコンよ。たまたま趣味がアレなだけで、お兄様以外に処女を捧げたくないから処女だってだけだし」
正々堂々そんなこと言われると、何か萎えてくるわ。
確かによし子はネクラって訳でもないし、意外と社交的で友達も多かったような。
お兄様のためとはいえ、お洒落だし料理も出来るし、アクティブに公私であちこち飛び回っていたりもする。
それに比べ私は内気な性格もあり、友達も少ないし一人遊びばかりしていたせいか、そういう趣味が多い。
三次元の男に興味がない訳ではないが、たまたまその時期に趣味にのめり込み過ぎてしまって、お付き合いとか考えずに過ごしてしまった。
容姿もよし子のように美人でもない。
少しでも興味をもって頑張って整えれば、それなりに見れる容姿になるのかもしれないが、『何かいまさら』な気分が大きくて諦めてしまっている現状。
『喪女』と言われて否定はしないが、改めて『喪女』について言われて考えると、私は喪女でいることを自分で作り出しているようにも思えてきた。
趣味は止める事は出来ないが、容姿やもう少し外の世界に目を向ける事くらいは出来たのでは?
『喪女』と言われ続けて『喪女』の殻に入ってしまったのは私?
こんな悶々とした思考を巡らしていると、同じような事を考えていたらしい今泉さんが私に代わって答えを出してくれた。
「姉ちゃんは『喪女』って訳でもねーんじゃないか? 今こうして自分から動いて友達っつーか仲間? を集めたり俺達の為に稼ぎ遣ったりしてる訳だし。これでもっとお洒落とかに興味持ったら、見た目とかもっと変わってくるだろうし。男だって寄ってくるんじゃないか?」
「そうねー、あっちゃん土台は悪くないとは思うのよね。かなりの面倒臭がりだけど」
確かに面倒臭がりではある。ただ、重い腰を上げてしまえばやる事はちゃんとやる主義だ。
が、ここで一つ疑問が浮かんだ。
いまさら喪女を辞めたところで何になる?
綺麗になって誰かと付き合うようになれたとしたら、聖杯に願い叶えなくても処女捨てられるんじゃないの? って話だし。
それならヒモ集めなくてもいいんじゃないの?
いや、集めなきゃ死ぬか。
死を回避するなら集めなきゃいけないが、喪女捨ててまで綺麗になる苦労してさらに男集める苦労もしなきゃいけないのか? ってなってくる。
だったら喪女のままでもいいんじゃないの? とか考えてしまう。
「それじゃあ俺が見ていたあっちゃんは偽物だというのか……」
新井シェフは悲し気な声を上げ、よし子と今泉さんを見つめた。
「偽物っていうか、思い込み? 勘違い? どんなあっちゃんを想像してたのか知らないけど、あっちゃん、そんなに純情乙女ではないわよ?」
「よし子……、乙女ではないが一応純情ってことにはしておいて欲しかったわ」
今泉さんは何も言わなかったが、新井シェフの思い込み過ぎだと言いたげな目はしていた。
勘違いなら勘違いで、正しく『痛い女』という認識で見てくれれば、私はそれでいいんだけどな。
このまま勘違いで突っ走られて、ヒモを解散させられては死あるのみだし。
「少し……一人にさせてくれ」
色々ショックだったのだろう、精気なくフラフラーっと新井シェフは自分の部屋へと帰っていった。
「じゃあ、私達の出番ってことね!」
新井シェフが出て行くと、今度はオカマ幽霊が目を輝かせて話に入ってきた。
「あっちゃんをビューティフルな女性に仕上げればいいのね! 私達にかかればあっという間に目も眩むようなレディーになれちゃうわよ。さぁ、今日から美の特訓よ!」
オカマ幽霊、喪女の説明をどこをどう理解したのか、私を美しく改造させなくてはいけない話に脳内変換させていた。
しかもかなり張り切っていらっしゃる。
ヒモを集める時間が無くなってきているのは気のせいですか?
読んでいただきありがとうございます。
久し振りに喪女さん更新です。
そして久し振りによし子さんも登場です。
個人的によし子さんは好きなキャラクターです。喪女さんをひっかきまわして欲しいです(笑)
次回はオカマ幽霊さん達がひっかきまわしてくれそうです。
それではまたで次話お会いしましょう!




