プロローグ~喪女、聖杯を買う~
「お嬢さん、叶えたい願いがありますね」
会社の帰り、路地裏を通り抜けようとした所、ローブを被った怪しげな人物に声を掛けられた。
確かに願いはある。しかしそれは誰だって少なからずあるものだ、と思い怪しげな人物を無視して通り過ぎようとした。
しかし怪しげな人物は過ぎようとした私に追い打ちをかけるようにさらに言葉を掛けた。
「イケメン、玉の輿、とっとと処女捨てたい」
ドキリとして歩みを止めた。
最初の二つは年頃の女性なら願うことがあるワードであるが、最後のワードは思う人間はまず少ないだろう。
そう、私は先の二つも願っているが一番強く願い、そしてリア充どもを見る度考え願ってしまうのは最後のワードのなのである。
「い、今なんと……」
「『処女捨てたい』と」
「あなたが?」
「いや、あなたが」
この怪しげな人物、躊躇いもなく私を処女といいおった!
どこで知った!何で知った!どうして知ってる!と問い詰めようかと口を開きかけたところで、怪しげな人物はさらに話し始めた。
「年齢=彼氏イナイ歴のあなたにだけプレゼンツ!さぁここに取り出したります薄汚れた聖杯。何と!何でも願いが叶っちゃう摩訶不思議な素敵アイテムだったりしちゃいます!」
どっから出したって声とテンションで、怪しげな人物はローブの裾からこれまたどこに仕舞ってたな大きさの聖杯を取り出した。
「ねぇ知ってる?ねぇ聞いた?この聖杯って伝説のアレらしいよ。えー、アレってアレ!?」
今度は一人で二役……。おちょくってるなら止めて欲しい。今日は会社でメッチャ疲れたのだから。
同じ部署のお局(私と同じく年齢=彼氏ナシ、と思われる)とセクハラ部長(若い娘なら誰でもいいハゲ散らかしたクソ親父)のダブル攻撃で、私のなけなしのHPはゼロというかマイナスまでいったのではという所まで削られた。
後輩は『できなぁーい』ばっかり言ってこっちに仕事押し付けてくるし、同僚は『自分関係ありません』で助けてくれないし。うちの部署だけブラックか!?
なんて数分前に退社してきたばかりの会社の出来事を思い出し、イラっとし直した辺りで急に怪しげな人物の口調が最初のものに戻った。
「あなたなら知っておろうに……。『キリストの聖杯』を」
「!!『キリストの聖杯』!」
そう『キリストの聖杯』。イエス・キリストの処刑の際に血を受け止めた杯が始まりと言われているものだ。かつてアーサー王や諸国の伝説的人物がそれを手にして願いを叶えたとされている。
一般的に知られるようになったのがアーサー王の件の話であるが、誰が一番最初にこれを使って願いを叶えたかという事は知られていない。
何故ならば、その人物は存在どころか種族そのものが絶滅してしまったからだ。
そして種族が絶滅した原因を作ったのもこの『キリストの聖杯』だった。
最初に聖杯を使った種族『オカマヒューマン』。
男でも女でもない彼らは(仮に彼、としておこう)同族間で交配して種族を増やしていく。
それぞれが両方の生殖器を持ち、誰もが妊娠・出産することが出来た。が、男でも女でもない故なのか妊娠・出産率は低く、いくら交配を繰り返しても年々種族人口は減っていく一方だった。
そして遂に危惧していたように、オカマヒューマンは最後の一人を残して皆死に絶えた。
最後の一人はこのまま自分も死に絶えるも良しと考えていたが、彼の中にある何かが『自分の遺伝子を残したい』と思わせた。
そこで彼はオカマヒューマンで守り続けていた神器を遣う事にした。
それが『キリストの聖杯』だった。
彼は願った。「自分の遺伝子を未来に残したい」と。
聖杯は彼の願いを叶えた。が、願いが叶うと同時にこの世から『オカマヒューマン』という種族が消え去った。
何故ならば彼は願いと同時に『オカマヒューマン』ではなく、単一の性をもった人間に生まれ変わったのだ。『オカマヒューマン』の遺伝子を持つ人間として。
彼は聖杯を呪った。「こんな形で残したいんじゃなかった!」と。
その呪いが聖杯に宿り、彼の願い以降聖杯を遣おうとする者はある捧げものをしないと願いがかなえられないと伝えられるようになった。
……何故そんな事を私が知っているかというと、私が喪女である一因でもある痛い趣味のせいだったりする。
そう、私は「不思議」が大好物である。
最初はテレビなどを見て満足するレベルだった。が、大学で『摩訶不思議探求サークル』なるオタクの巣窟所に足を踏み入れて以来かなりレアでコアなものを追いかけるようになってしまった。
そのひとつが『キリストの聖杯』。
「どうだい、本物だよ」
怪しげな人物は私の前に聖杯を突き出して見せる。
禍々しいというか気持ち悪い何かを感じるというか、とにかく言い表せない不気味さを持っている。確かに本物なのかもしれない。
「……で、これ、幾らで買えって言いたいの?今日疲れてて早く帰りたいのよ」
これ以上茶番に付き合うのも面倒くさいし、正直早く帰って焼酎飲んで寝たい。金額次第では話のネタに買っていってオタ仲間にチャットで晒すのもいいかもしれない。
「話が早い」
ニヤリと怪しげな人物は笑って指を1本立てた。
「これでいいよ」
「えぇ!!1億!?」
こういう伝説級アイテムは相場が高いと知ってはいるがまさかの億で要求されるとは。せいぜい100万なら分割でもいいかな?くらいは思っていたのに。
「いやいや」
立てた指を左右に振って、違う違うと訂正する。まさか、もっと……上……?
しかし思いもよらぬ答えが飛び出してきた。
「せんえん」
「はぁ?」
「せ・ん・え・ん」
せんえん?千円ですと!?伝説のアイテムが!?嘘でしょ!?馬鹿にしてるでしょ!?
呆気に取られて黙ってたら、怪しげな人物は買わないと思ったらしく聖杯をローブに仕舞い始めた。
「いらないんか。本物なのにな。他の人に売っちゃおーっと」
『他の人』の言葉で覚醒した。いやいや、待て。買わないとは誰も言ってない!
「買います!」
私は素早く鞄から財布を取り出し、千円札を天高く掲げた。
いや、何で掲げた自分……。普通に出せばいいのに、幾らなんでも焦り過ぎだわ、恥ずかしい……。
「毎度ありぃー♪」
掲げた千円札をひらりと取り上げ、再びローブから聖杯を取り出す。
「紙袋はおまけだよ。中に取り扱い説明書いれとくからね」
どこで入手したのか魔法少女のあしらわれた大判の紙袋を取り出し、中に聖杯と一枚のコピー用紙を入れて手渡してきた。
それを押し付けるように渡すと、怪しげな人物はヒラヒラと手を振って私が来た道に向かって歩き出した。
「じゃ、頑張ってね!!」
「『頑張って』……?」
意味を聞こうと振り返った時にはもう怪しげな人物の姿はなかった。
確か以前に調べた聖杯に願いを叶えるために必要な代価というのは『男性の生き血』であった。
男性に縁がない私とはいえ、会社にもオタ仲間にも男性はいる。変なお願いだとは思うが、指先をちょっと切って血を貰うくらいは出来るだろう。
それを『頑張れ』って?
家に着いて、早速紙袋から聖杯と取り扱い説明書なるコピー用紙を取り出した。
『聖杯に願う者よ。我に生き血を捧げよ。
ただし、ヒモに限る。
一人じゃやーよ。100人捧げてね(はーと)』
「……いやいや、ナニコレ。ちょっと待て」
調べた聖杯伝説の真相と違うんですがー?ってか違い過ぎません?ヒモって、現代用語ですよね?
「……うん、捨てよう。たかが千円だ」
あまりにいかがわし過ぎるし、置いてても邪魔になるだけだ。
そう思って聖杯を紙袋に戻し、取り扱い説明書をごみ箱に入れようとした時、一番下に書かれた文章が目に入った。
『お買い上げ頂いた段階で契約は完了されています。
捨てたり、3年以内に血を捧げて願わなかった場合、呪いが発動します。
ざんねーん、呪われて死んじゃうよ(はーと)』
オカマヒューマンの呪い、恐るべし……
お読みいただきありがとうございます。
まるっきり別ジャンルからやってきました。
普段はBL作家です。
今回、「お互いを高め合う作家の集まり」というところで始めた「お題遊び」で書かれたあらすじで、かなりツボってしまったものを作品化させていただきました。
内輪ネタ部分もありますが、他の方が読んでも違和感がないように作ってみました。
初ジャンルになりますので読みにくい部分もあるかと思いますがご了承ください。
評価・感想いただけますと、今後の活動の糧になります。よろしければお願いします。
では次話お会いしましょう。