二話 首都 ~タイダルドラゴン~
ギルド作成クエストは討伐クエストでもある。
指定のモンスターを倒した場合のみ、ギルドの作成を許される。
指定されるモンスターは十六種類のうちの一種。そのうちでも最難関を六花は引き当てたと宿屋で告白した。
「ごめんね……」
六花が、か細い声で言う。
「タイダルドラゴンか」
ゴルトスが、淡々とした口調で言う。
「タイダルドラゴン?」
歌世は、思わず訊ねていた。
「急所も奥深くにある。ヒットポイントも攻撃力も高い。今のゲーム内のボスに次ぐ難関モンスターだ」
「試しにやってみればどうかなあ」
「四人じゃ倒せない。挑むとしても今のレベルじゃ無理だ。これは、セーブポイントを首都に移すかね」
「やってみなければわかんないじゃないか」
「わからん奴だなあ。難しいと言っている」
「急所狙いの一発逆転があるのがこのゲームでしょ? 挑まないのは損だよ」
歌世は励ますように言うが、ゴルトスは渋い顔になるばかりだ。
六花が、表情を和らげた。
「そうだね、挑むだけならタダだ」
「そうこなくっちゃ」
歌世は上機嫌に返す。難関モンスター。目にしてみたい気持ちがあるのは確かだった。
「マジかぁー……」
座っていたゴルトスが溜息混じりに腰を上げる。
「まずは入城クエストをクリアしないとね。黒井君と歌世ちゃんはまだでしょう?」
「まだだよ」
「まだですねい」
「んじゃ、今日は入場クエストを進行して解散しようか。そろそろ遅い」
気がつくと、午後十時を過ぎていた。そろそろ寝なければならない時間だ。
「そうだなー。明日の授業に響く」
「そうなの。私、明日の講義一時間目からなんだよね」
こういう話をしていると、この世界がリアルの世界の延長線上にあるものなのだなと再確認させられる。
ゴルトスはわからないが、六花はどうやら年上のようだった。
「それじゃ、入城クエスト進行しようか」
そう言って、六花が前を歩いて行く。三人はその後に続いた。
その日も、深夜まで遊んで、歌世はベッドに入って泥のように寝た。
翌日は十八時集合。そうと約束して解散した。
「俺はいつでも大丈夫ですよ」
そう言った黒井は普段は何をやっているのだろう。少年のような声をしているから、年下だとは思うのだが。
深入りするのも野暮か、と思い直して素直にその時はログアウトした歌世だった。
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「ついに来たね、皆」
「中々強敵らしいね」
「作戦を練るぞ」
ゴルトスが言い、皆で円陣を組む。
場所は、城の地下だった。檻に阻まれた大きな扉が直ぐ側にあり、その両隣に兵士が立っている。
「タイダルドラゴンはまず、ギルドマスター志望者を狙う。そこを、俺が食い止める。その間に歌世と黒井は急所を狙ってくれ。急所は攻略ウィキで予習済みだな?」
「予習済みだよ」
歌世は気分が高揚して、今にも駆け出したい気分だった。ゲームでも屈指の強敵を見るのだ。足踏みなんてしていられない。
「予習済みです」
「オッケーだ。六花は、なんかあるか?」
「もしも皆の努力が実ったら、温かいギルドにしたいと思う。私は、終わった後も頑張るよ」
「……倒せる気はしないんだけどなあ」
ゴルトスが、ぼやくように言う。
「立派な心意気じゃない」
歌世は、面白くないので反論する。
「現実的な物の見方と言うものがある。六花も無理して期待させなくていい」
「あんたって本当理屈っぽいねえ……」
「お、やるか? PKエリアまで行くか?」
「強敵を相手にする前に味方を相手にしてどうすんのよ」
そう言って、六花が苦笑して軽くゴルトスの肩に手を置く。
「本当に面白いわね、二人は」
六花の笑い声が、小さく城に反響して、歌世もゴルトスも毒気を抜かれた表情になる。
浄化されるかのようだった。
「行くか」
そう言って、ゴルトスは腰を上げた。その体が鎧に包まれ、手に斧が現れる。
黒井の手には弓が、歌世の手には短剣が現れた。
六花の手に、厚い本が現れる。それを兵士に見せると、彼らは表情を強張らせて、檻を開けた。
そして、四人は扉の中へと入って行く。
先頭はゴルトス。次に歌世、黒井、六花の順に入って行く。
その先は、薄暗い洞窟だった。
しばらく、歩く。
「どのタイミングで、出るの?」
歌世は、好奇心に思わず声が弾んだ。
「わからん」
「アテにならないなあ」
「私達もギルド作成クエストは初めてだからねえ」
「唸り声が聞こえてきた。そろそろだ」
そう言って、ゴルトスが足を止める。
確かに、低い唸り声がダンジョンに響いている。
「六花は十五歩程距離を置いて歩いてくれ。歌世は黒井の護衛も兼任頼んだ」
「わかったわ」
「あんたに指示されるのは面白くないけど、今は従ってあげる」
「よし、行くぞ」
ゴルトスが歩きだす。六花はしばし離れて、その後を追う。黒井も歌世も、その後に続いた。
「出たぞ……」
ゴルトスが神妙な口調で言う。
確かに、そこにはそれがいた。
日本風の龍だ。それが、宙に浮いていた。
龍は咆哮すると、六花に向かって一直線に動き始めた。
車のような速さだ。
ゴルトスは斧を手から消すと、両手を広げて龍の口を受け止める。その足が数歩後退して、状況を維持した。
腕力と耐久力に振ったタンク型の前衛。後衛陣まで敵の侵入を許さない覚悟の型だ。
ゴルトスが腕力と耐久ならば、歌世は素早さだ。
「歌世ねーさん。ちょっと背負って下さい!」
そう言って、黒井が背に飛び乗ってくる。それを抱えて、歌世は跳躍した。
動きが鈍い。重量ペナルティの影響だ。
「あんた、重い」
「すぐ降りますよ」
そう言うと、黒井は降りて行く。そして、弓に矢をつがえて射始めた。
ゴルトスの腕が痙攣している。
歌世は龍に飛びかかって、その急所。後頭部へと短剣の刃を進めた。
一回目は、短剣が弾かれた。二回目は、肉に刃の先端が埋まった。五回目は、刃が根本まで埋まった。
タイダルドラゴンはその度、苦しげに体をよじっている。しかし、歌世の攻撃は正確だ。
「やった……?」
歌世は短剣を放して、後ろへと飛ぶ。
しかし、敵は消えなかった。むしろ、勢いを増してゴルトスを押して行く。
その浮いている下の地面に、魔法陣が浮かび上がった。
「やばい、魔法、来るぞ! 誰か、それなりのダメージ入れろ!」
歌世は飛びかかって、短剣を引き抜き、下ろす。しかし、遅かった。
どこからともなく寄せてきた波が歌世達を一斉に押し流した。
自由になったタイダルドラゴンは、歌世達を各個撃破していく。
「……こりゃあ強いや」
歌世は倒れて天井を仰ぎ、思わず呟くように言っていた。
「だから言ったろう。強いと」
ゴルトスが、放心しきったような口調で言う。既に、負けたようだった。
「けど、挑んで良かった。攻略法は、見えた」
「絶対に勝てない敵ではないな。それは、実感としてわかった」
「レベルを上げて、二度目のチャレンジをしよう。しばらくはレベル上げだ」
「そうだな……。特に、異論はないよ」
「愁傷だとなんだか怖いな」
「馬鹿言え、俺は素直だ」
「二人が諦めないなら、私が諦めるわけにはいかないね」
六花が穏やかな口調で言う。
「微力ですが俺もいますぜ」
黒井が賑やかすように言う。
皆の心は、確かに一つになっていた。
次回『心重ねて』