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九話 神器の担い手 ~神速対女帝~

 歌世はその後も、城を取るすべを考えた。

 しかし、一人では流石に無理がある。

 龍一。あれは中々に強者だった。リヴィアはそれ以上に強いのだろうか。

 強くても、退けなければならない。

 そこで、歌世は一つ案を思いついた。


 正門から堂々と訪ねることにしたのだ。


「リーヴィアちゃん、あーそーぼっ」


 内部から戸惑うように三つ編みの女性が出てくる。


「リヴィアはいますが。お友達ですか?」


「神速が訪ねてきたって言って」


「は?」


 三つ編みの女性は、目を丸くしてしばらく唖然としていたが、状況を把握したらしくすぐに引っ込んでいった。

 そして、戻ってくる。


「リヴィアが会うと言っています。貴女に、入城許可証を発行します」


 そう言って、女性が宙に手を掲げると、その先にメダルが現れた。

 それを、歌世は受け取る。

 メダルをチェックすると、使用期限が今日の零時までになっている。

 そして、二人は城の中に入っていった。


「ギルドマスターは多忙な身。こうして直接会うのは特例と考えていただけるとありがたいです」


「わかりました。無理を言って申し訳ない」


 そうして、二人は玉座の間までやってきた。

 扉が開き、中の様子が見えるようになる。

 玉座に座る若き女帝。それが、リヴィアらしかった。

 その横には、この前の龍一もいる。


「あ、お前……!」


 龍一が唖然として叫ぶ。


「お前が神速か! 納得いったぜ」


「それほどのものなの?」


 リヴィアが、愉快げに問う。


「俺は先読みを得意としているから相手ができたが、リヴィアとは相性が悪いぜ。直接対決は避けた方がいい」


「そう言われると試してみたくなるわね」


「その、直接対決の願いをしに来ました」


 歌世が淡々とそう言ったので、龍一は仰天したような表情になる。


「私達はゆえあって世間から身を隠したい。その隠れ家としてこの城を使いたい」


「罪でも犯した?」


「いえ。しかし、目立ちすぎる武器を持ってしまった。ゴルトスの名を上げればその事情も察してもらえるでしょう」


「ああ、なるほど。貴女も、神器の使い手なんだ」


 そう言って、リヴィアは剣を掲げた。

 銀色の武器に、不可思議な文字の装飾。間違いない、歌世達が持っているものと同じ類のものだ。


「この武器はレーヴァテイン。紛れもなく、神器よ」


 歌世も、やむなくグングニルを取り出す。

 感嘆の声が部屋に広がった。


「匿ってほしい? 私に勝てたら? 良いわよ、私に勝てたらなんでも言うことを聞いてあげる」


 そう、リヴィアは高々と宣言した。

 龍一が焦ったように口を開く。


「おいおい、神器持ちに迂闊に……伝承によればあの槍は必中の効果を持っている」


「けど、固有スキルを使えるほどのステータスは、素速さに大半のステータスポイントを割り振った貴女にはない。そうでしょう?」


「ええ。そうね。貴女は、どうなのかしら」


「残念ながら、私にもレーヴァテインの固有スキルを使うことはできない。今回は、神器抜きでやりましょう」


「望むところだ」


 ざわめきが起こった。

 そして、二人は城内の闘技場で向き合った。

 町の闘技場より若干狭い。けれども、駆け回ることに支障は起こらないだろう。


 歌世とリヴィアは、向かい合って武器を構える。

 そして、不安げな視線が集まる中で、決戦が始まった。

 歌世は一直線に駆けた。

 その第一撃は防がれ、澄んだ金属の音色が場内に響き渡った。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 なんだ、今のは?

 というのが、リヴィアの正直な感情だった。

 リヴィアのステータスとしての技量は高い傾向にある。その技量の値が好影響を及ぼして、今の一撃を防いだ。

 しかし、リヴィアは呆然と突っ立っていただけだった。

 あまりにも、速すぎる。

 振り返ると、金色の短剣が投じられていた。それを、弾き飛ばす。

 そして、再び歌世の姿はリヴィアの視界から消える。


 常識を覆す存在が、そこにいた。

 条理を覆す存在が、そこにいた。


 スピードの化物。

 イグドラシルオンラインの申し子。


 ダメージを受けた。短剣が突き刺さった部位を確認する。


(あっちの方向から飛んで短剣を投げて飛んだとしたら、あのスピードで辿り着く位置は……!)


 そこはリヴィアも熟練の剣士である。一瞬で相手の着地地点を計算する。

 しかし、そこには誰もいない。

 計算が間違っていたか。

 そう思った時、顔が真横にあった。

 周囲を移動したのではなく、自分に接近してきたのだ。

 短剣が振るわれる。それを、リヴィアのキャラクターは半自動的に防ぐ。

 力の値ではこちらが勝っている。キャラクタースペックではこちらが上だ。

 ただ一点。スピードで勝っていない。その一点のみでここまで押されている。


 徐々に歌世はしゃがみこんでいく。リヴィアの力に、押されている。

 リヴィアは、手に汗を握っているのを感じていた。

 眼の前にいるのは、紛れもない脅威だった。排除するか、懐柔しなければならない化物だった。

 彼女を有効活用して攻めてくるギルドなどあれば、たまったものではない。


 その時、歌世は両手で握っていた銀の短剣から、片手を離した。その手に、金の短剣が現れる。


「大人しく、死ねえええええええええ!」


 リヴィアは思わず叫んで、再び剣を振り上げた。

 首筋に十字の傷がついたと知ったのは、ヒットポイントが全損状態になったからだ。

 そうして、リヴィアは倒れた。

 歌世は、高々と手を上げている。


 負けた?

 あんなふざけたアバターに。

 背の小さい、猫耳に猫のしっぽをつけた対人を舐めきったキャラクターに。

 許せない。

 この屈辱を、絶対に許さない。

 リヴィアは、そうと誓った。


 その後、相談は粛々と行われ、決定を迎えた。


「あの脅威を敵とするよりは、よっぽどマシな妥協案だと思うわ」


 環が、淡々と言う。


「駄目だな。ありゃあ俺より強えわ」


 龍一は苦笑顔で言う。

 リヴィアは、沈んでいた。


「対人を始めてから、初めて一対一で負けた……」


 リヴィアは決意の表情で前を向く。


「人を集めて。城のダンジョンに篭もるわよ。レベルを五上げるまで全員帰さない。交代させつつでもやる」


「リヴィア?」


 環が、驚きの声を上げる。


「私はこの屈辱を忘れない……いつか必ず、あの神速に目にものを見せてくれる」


 その日、掲示板内に存在する神速の冒険譚スレッドに新たなレスが書き込まれた。

 タイトルは、神速、女帝を屠る。

 持ち上げすぎだ、捏造だと批判する声もあれば、肯定する声もある、いつもの光景だった。



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