九話 神器の担い手~二人を引き寄せる運命~
「そっちはどう? 環!」
狭い通路の中だ。
目の前の剣士を一人斬り伏せると、スピリタスのギルドマスターであるリヴィアは、ギルドの全体通話を使って遠くにいる環に尋ねた。
「駄目、堅い。装備の差が物を言ってるわ。正門からの突破は無理ね」
「そう安々と諦められたら困るんだけど!」
斬りかかってきたもう二人の攻撃を、リヴィアは剣一本で受け止める。
その隙に、味方が二人を押し囲んで斬った。
「ボス独占してカルテル作ってた連中がいるギルドなのよ? エンチャントとか諸々の差は出るわよ!」
環が必死な声を上げる。
「撤退すると思ってたんだけどなあ……」
敵がいなくなったのを確認して、リヴィアは味方を引き連れ前進を始める。その速度は常人のそれではない。
「相手だって晒されてスレイヤー以外に居場所がないんだもの。それは無理もするわよ」
「リヴィア、大将首見つけた」
ギルドメンバーの龍一がギルドの全体通話でそう言ったので、どよめきが起きた。
「仕上げ、貰っていいか?」
リヴィアは微笑んだ。
「いいわ、存分にやりなさい! スピリタスの特攻隊長の名を世界に知らしめなさい!」
「あいよ」
龍一の仲間が告げた地点に向かってリヴィアは速度を上げる。
道中の敵を次々に押しのけながら。
いかなる刃も彼女には届かない。たった一本の剣が、縦横無尽に動いて彼女の体を守っている。
そして、剣を弾かれた敵を護衛達がとどめを刺していく。
彼女達が通った後には草一本残らなかった。
そして、リヴィアは決戦の地に間に合った。
龍一が縮こまっている護衛の盾を次々に跳ね上げて斬り倒している。
その奥にいる男。
スレイヤーのギルドマスターだ。
それに向かって跳躍し、リヴィアは剣を突き立てようとする。
剣が次々に突き出される。リヴィアの肌をなぞっていく。しかし、致命傷には届かない。
そして、刃はスレイヤーのマスターの頭部に突き刺さった。
護衛で周囲を固めていたのが仇となった。身動きが取れなかったのだ。
コングラッチュレーション! という文字が空中に浮かび、スレイヤーのマスターの姿が消えていく。
そして、スレイヤーのギルドメンバー達もその場から霧のように消えてしまった。
「リヴィアさー。仕上げは任せてくれるって言ったよね?」
龍一が不平がましい声を上げる。
「もたもたしてるのが悪いのよ」
リヴィアは唇の端を持ち上げて言い返す。
その心は、宙にも浮かびそうだ。
ついにリヴィアは、この世界のギルドの頂点。首都付近の城のギルドマスターになったのだ。
「万が一にもやり返されるわけにはいかないから、跳躍して一突きなんてできないんだよなあ」
龍一は不平たらたらといった様子だ。
リヴィアは苦笑して対応する。
「次は防衛よ。突撃隊長の配置は?」
「最前列です」
「わかっていればよろしい」
「最近貫禄がついてやり辛いったらありゃしない」
龍一が軽口を叩きながら駆けて行く。
貫禄をつけなければならないのだ。
これからリヴィアは、世界で最も有名な騎士となるのだから。
「環、正門前はどう?」
「スレイヤーのギルドメンバーはセーブポイントに戻ったわ。陣形を立て直してる。これからあの連中が押してくるかと思うと、ちょっと気が重いわね」
「魔術師を妨害するだけの射手は揃えていると思う。後は白兵戦でどうにか押し切って」
「気軽に言ってくれるなあ……」
「龍一をそっちによこす。力になってくれるはずよ」
「それは心強いけど、リヴィア、貴女の護衛は?」
「残り短い時間で、私が負けると思って?」
「……自信を持つのはいいけどね。それで負けたら、貴女相当間抜けよ。イグドラシル史に名が残る程度には」
「不安を煽るようなことは言わない。龍一の武勇と環の采配があればスピリタスに負けはないと信じているわ」
「あいあい。壁を駆け上ってくる連中への対策はしておくわよ」
「任せた。けど、正門が手薄になりすぎない程度にね」
「じゃあ、武運を」
「お互いに」
結局、この戦いに勝って、スピリタスはスレイヤーから城を奪った。
それは、首都の長い暗黒時代からの脱却の瞬間でもあった。
と言っても、問題は多い。
減った人口。その分、税収が少ない。リヴィアは慎重に町を育てていかなくてはならない。
味方も、複数のギルドを急遽一つにまとめた急造品だ。既に派閥争いや、経費に対する不満の声が上がる徴候がある。
問題は山積みだった。
そんな時に、現れたのが、スレイヤーを衰退に追い込んだあの男だった。
「お目通り光栄に存じます」
そう言って、その男は玉座の間で膝を折った。
間違いない。掲示板で何度も画像で見た顔だ。
扇動者黒井。
リヴィアは、玉座に座ってそれを見下ろす。
「今日はなんの用かしら? 祝福の電報ならもう十分に貰っているけれど」
「内心、怯えているのではありませんか? 我々が暴れれば、自分達はスレイヤーの二の舞いだと」
「そうしたら本格的に首都付近の城に存在価値がなくなって、攻めるギルドもなくなるだけね。スピリタスは経費不足で空中分解しちゃうけど」
「冷静な物の見方です」
「私は善政を行うつもりよ。人に迷惑をかけて利益を得ているような連中はギルドには入れない。それは、黒井、貴方も同様よ」
「私が、人に迷惑をかけて利益を得ていると?」
「自らの欲求は満たしているでしょう?」
二つの視線が絡み合う。
黒井は、愉快そうに笑った。
「これは手痛い。反論の余地がありませんな」
「私の就任に不満だと言うならば攻めてくるがいい。私は一人でも百の軍勢にも負けないわ」
「大した自信です」
「皆の信頼がある。私はいかなる敵にも膝を屈するわけにはいかない。私には実力がある。いかなる相手も私には敵わない」
「スレイヤーのマスターを倒したのも貴女と聞きますね。しかし、神速にもその実力、届くでしょうかな」
リヴィアは笑った。
「神速? 掲示板でおままごとをしてる連中の創作物でしょう? 貴方、そんなものを信じているなんて意外とロマンチストね」
「神速は実在します」
黒井は、優しく、子供に言い聞かせるように言った。
「β時代からの私の知人です。女帝たるリヴィアが最強か、神速が最強か。興味深い話ではありますな」
「……貴方の友達って宇宙人と交信するの?」
「それは、デマの類です。しかしそのデマの中に神速の足跡はしっかりと刻まれている」
「面白いわね。神速を探すことにするわ。で、黒井。神速の宣伝に来たわけ?」
「いえ。私は新たな領主の統治者の資質を見極めに来ました。貴女は善政を行うと言った。それで私は満足だ」
「そう。結構引き際が良いのね」
「しかし、貴女が失策をした瞬間、我々はダモクレスの剣となって貴女の頭部に降り注ぐでしょう。それを、夢々お忘れなく」
「……前例は見ているからね。精々気をつけるわよ」
「では」
こうして、革命家と革命家は別れた。
「はー、緊張した」
リヴィアは玉座に体重を預ける。
「最強議論に俺の名前が上がらないのはおかしいと思う。闘技場のゴルトスとかいう奴並にはやれるつもりだぜ」
龍一は不満そうに言う。
「これもスレイヤーのマスターをやり損ねたからか」
「あんたもくどいね、龍一」
リヴィアは呆れたように言う。
「本当に、黒井一派は去ってくれるのでしょうか……」
「残ってても問題はないさ。黒井一派が退却宣言をしたと大々的に宣伝して。元の活気のある町に戻って、税収が安定して、それからだわ」
「そうね……先は長いわね。税収が安定するまでに何度赤字防衛をこなすことになるやら」
環は、憂鬱そうにそう言った。
「つっても闘技場があるしそれなりに税収は入ると思うんだけどね」
リヴィアは呑気に言う。
「これ、今月の予測収支表」
そう言って、環がパネルを浮かべてリヴィアの傍まで飛ばす。
そこに書かれている数字を見て、リヴィアは思わず下品な声を上げた。
「うげっ」
この時期のスピリタスはまだまだ、先行き不安なギルドなのだった。
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「これ、どう思う?」
そう言って、港町で歌世はあぐらをかいて腕を組んでいた。
シュバルツとヤツハも座り込んでいる。
三人の中央には、銀色で不可解な文字が書き記してある装備品が三つ並べられている。
一つは、槍。
一つは、靴。
一つは、杖。その先端に赤い巨大な宝石が埋め込まれている。
「どれも尋常な品じゃないですよ……値段をつけるとしたら、数億を下らないかも」
「まずは私の槍、グングニル。破壊不可。技量と力のステータスが一定値以上の場合、固有投擲スキル神槍を使える。神槍は百発百中、自分の力のステータスと相手の耐久のステータス次第では即死を免れる」
「私の杖、イグドラシル。破壊不可、魔力の値が一定値以上の場合、魔力の値がプラス百される……これもバランスブレイカーですねえ」
「最後は俺の靴、ロキの靴。破壊不可。空中を自在に歩けるようになる。また、靴自体の攻撃力も非常に高い。蹴りだけで狩りができるな、これは」
沈黙が漂った。
「これ、なんかの間違いでゲームマスター仕様の武器が流されたんじゃないかな」
歌世が口を開く。
「そんな杜撰なことはしないと思いますけれど。少なくとも、あの赤い髪をしたエルフ耳の女性は人を選んで渡している節がありました」
「それじゃあ一種のイベントなのかな。この武器を賭けての勝負から逃げたら相手に装備が譲り渡されるって制約があるみたいだし」
「あ、私達その制約がないみたいです」
「マジで?」
「マジです。ねえ、シュバルツ」
「そうだな、俺達にはそんな説明はされなかった」
「今、ゴルトスそれで酷いことになってるんだぜー」
「と言いますと?」
「毎日ログイン時間は全部闘技場。睡眠時間まで削られてる。そのうち倒れるね、ありゃ」
「あー……私達も困りますね。使ってたら目立っちゃうから。何処で手に入れたの? その装備。って訊かれて、NPCに貰ったじゃ怪しすぎますから」
「なんの意図があって神様はこの装備を私達に譲ったんだろう」
「イグドラシルの世界をもっと盛り上げて欲しいって言ってましたね」
「……ってことは公認なのかな?」
「うーん、問い合わせるのもなんだか怖いような……BAN怖いですしね」
「かと言って捨てるのも勿体無い」
とはシュバルツ。
「私達が必要としているのは、身を隠せて、こっそりこの武器を使用できるような、そんな場所だ」
「そんなの、城しかないですね」
ヤツハが即答する。
「城には専属のダンジョンもありますし、城さえあれば縦横無尽にこの武器を使えるでしょう」
「城、かぁ……今、首都の城主変わったんだよね」
「知ってます。最強の剣士、リヴィアさんですよね」
「最強かぁ。最強ねえ……」
「ヤツハさん」
三人以外の声がして、三人は慌てて装備を隠した。
「ああ、セロ君か。ごめんね、今大事な話をしてるの。相手はできないよ」
「そうですか。そちらの方は古い知人ですか?」
「まあ、そんなところ。私が凄いお世話になった人だし、私達のギルドの大先輩でもあるのよ」
「そうですか。じゃあ、また狩り行ってレベル上げてきます」
「うん、頑張ってね」
セロと呼ばれた少年が去って行く。
歌世は、溜息を吐いた。
「この銀の装備は悪目立ちしすぎる」
「ギルドハウスでも立てますか?」
「家の前に挑戦者の列ができるのがオチさ。城か……」
歌世はしばしの沈黙の後に、呟いた。
「攻城戦、出てみようかな」
「本気ですか?」
「あれじゃあゴルトスが過労死する。盛り上げるどころの話じゃないよ」
こうして、歌世は攻城戦に身を投じる事になったのだった。




