八話 黒い嵐 ~正義の味方~
イグドラシルオンラインは外見で職業を見分けることができない。
しかし、隊列である程度敵の職構成は知れた。
最後尾が、魔術師部隊。
そう考えて、歌世は跳躍し、短剣を投げる。
日光を受けてきらめきながら投擲されたのは四本の金の短剣。
それは、見事に敵四人の眉間に突き刺さった。
「同時に四人を?」
「なんてコントロール!」
「くっそぉ!」
落下してきたところを、槌で襲われる。それを、銀の短剣で受けて、歌世は後方へと吹き飛ばされた。
そして、地面を掴み着地する。
頼れるのは銀色の短剣が一本と、自分の足。
まともに打ち合える腕力はない。
縋るのは、イグドラシルオンラインのルール。
急所に攻撃できれば一撃必殺で相手を倒せるというルール。
矢が次々に飛んでくる。
次に倒すのは中衛か。
前衛はゆっくりと歌世に近づいてくる。
次の瞬間、歌世はそれを置き去りにした。
後方に回って、弓使いの頸動脈を次から次へと断っていく。
その速度は、人間のものではない。
本来なら、人間が制御できる速度でもない。
「なんて速度だ!」
「一瞬で後方に回った?」
「こいつは……神速だ!」
支援職もあらかた片付ける。
後は、前衛だけだ。
歌世は、銀色の短刀を宙に投げては掴んでを繰り返し、相手を挑発する。
「私の要求は一つだけだ。そうすればギルドハウスの場所も誰にも教えないよ。たった一つの単純な要求でいい」
「それは……なんだ?」
敵のリーダー格と思しき前衛が、苦い顔で訊ねる。
名は売っておくものだな、と歌世は思う。神速の一言で相手が意気消沈してしまうのだから。
「黒井を出してくれ。古い友人だと言えば伝わるだろう」
前衛達は話し合っていたが、そのうち頷いて、ギルドハウスの中に入っていった。
しばらくして、扉が開いた。
しかし、出てきたのは前衛で、扉を閉めるとその前に歌世を呼び寄せた。
「扉越しに話ができるだろうと黒井さんは仰せだ」
「そうかい。偉くなったもんだ」
「そう言わないでくださいよ、歌世さん。神速、と言った方が通りはいいのかな」
懐かしい声だった。
昔、幾晩も会話を交わした声。
「黒井さあ、なにやってんの? 首都の皆に迷惑をかけて」
「僕が迷惑をかけるのはいつものことだ。歌世さんと同じギルドにいた頃だって、迷惑をかけていた」
「けど、今回はスケールが違うよね?」
「まあ、そうだね」
沈黙が漂う。二人共、懐かしい過去に意識をやっていた。
「色々な人が、普通に生活できなくなってる。こんな状況から、あの町は立ち直れるか。こんなことを繰り返せば、世界中が過疎ってしまう」
「なら、悪は悪のまま放置しておいていいのか」
黒井の言葉に、歌世は口ごもる。
「彼らは欲望のままに人々を傷つけ続けてきた。その上城まで持っていく? 歌世さん、今の町の状況はこの世界の縮図だよ。汚く動いた人間が金を儲けて、そうしなかった人間は虐げられるのさ」
「そんな大きなスケールのこと、私達には関係のない話のはずだ」
「どうやら、歌世さんには僕の見えているものが見えていないようだ……」
「ああ、見えないさ、黒井。見えて、たまるか」
これは、ゲームだ。ゲームは楽しくやるものだ、という信念が歌世の中にはある。それは、黒井の行動と反するものだ。
「お帰り願え。と言っても聖職者は全員倒されたんだったか。便乗のPKが最近多い。彼らに襲われないように丁重に運んで差し上げろ」
「結構よ。私のスピードなら、簡単に帰れる」
「そうかい。それより簡単に帰れる手もあるけれどね?」
そう言って、黒井は指を鳴らした。
歌世の四方を囲んでいた敵前衛部隊が、槌や斧を振りかざして襲い掛かってきた。
歌世はワンステップでそれを避けて、同時に一人を戦闘不能にする。
「デスペナ、欲しい?」
三人は、首を横に振る。
「ははは、流石は歌世さんだ。僕が技量を認めたただ一人の人。次は仲間として行動したいものですね」
「……そんなの、ごめんよ」
歌世は、吐き捨てるように小声でそう言った。
「六花が今の貴方を見たらどう思うでしょうね!」
その一言は、思わぬダメージを黒井に与えたようだった。
「……もういない人のことを言っても、益体のないことです。歌世さん、僕らの道は違ったんだ」
黒井は、苦しげにそう言った。
歌世は去ることにした。
伝えたいことは大体伝えたし、それだけでは無駄だとわかったからだ。
その日、神速伝説スレッドが更新される。十五人相手に一人で圧勝。黒井派沈黙。そんな見出しのレスは、創作だ、持ち上げすぎだ、という批判を受けつつも、黒井に迷惑をかけられている首都住人達の潤いとなった。
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「駄目だったか」
「ああ、駄目だった」
憩いの大樹の下で、歌世はゴルトスにぼやいていた。
「弟分まで説得できないなんて、自信なくしちゃうなあ」
「この騒動もいずれ終わる。スレイヤーの人口は徐々に減りつつあり、黒井一派の数は徐々に増えつつある。そのうち、人数の逆転現象が起こる」
「つまり、黒井一派がこの付近の城を取るってわけ?」
「そうなるだろうな。順当に行けば。けど、それは黒井が嫌う道のはずだ。彼は悪は裁かれるものだという信念を持っている。それが、悪の手段で城を手に入れて満足できるか」
「なら、あの子のやってることって本当に虚しいことじゃない」
「自分より強い正義に倒されることを願っているのかもしれないな、奴は」
「なによ、それ。漫画のラスボスじゃないんだから」
「けど、黒井が城を取ったら、歌世だって反抗勢力に加わるんじゃないか?」
「それは、そうね。なにしてるのよあんたって、どつきに行くぐらいはするわね」
「黒井はそんな世界を願っているのかもしれない」
「倒錯してるなあ……正義の感情を呼び起こさせるために自らが悪になるだなんて」
「歪んでるんだろう。それはわかっていたことだ」
「そうねえ……あの子、本当の世界じゃ、どんな子なんだろうね。どんな生活をして、どんなものを見ているんだろう」
「わからないな。心配か?」
「こんなことをやらかす人間が普通の学生をできているかと思うと心配でならないよ」
その時、明るい声が近づいてきた。
「号外~号外~!」
そう言って、新聞を配る人がいる。
歌世は駆けて行って、一枚を譲り受けた。
そこには、こう書かれている。
スレイヤー陥落。首都の新ギルドはスピリタス。
「負けちまったか」
ゴルトスが、安堵したように言う。
「首都を巻き込んだ黒い嵐もこれで晴れるだろう……」
「スピリタスが、不正をしたら?」
「言うな。想像したくない」
その後、スピリタスによって徐々に町は活気を取り戻していった。
スピリタスは酒場パーティーの警護、町の見回りなどをきちんとこなし、徐々に黒井一派を隅に追いやっていった。
黒い嵐は、晴れた。
黒井は念願の、正義の味方に倒されたのだ。
余談ではあるが、この騒動によってイグドラシルオンラインはいくつかの機能を制限した。その一つが、録画機能だ。
スパイ合戦となっていた黒井一派とスレイヤーの活動。それによって多くのキャラクターが晒された。
それによるイメージダウンを危惧し、イグドラシルオンライン運営部は録画機能を封印した。
これが、後に自らに有利に働くことを、歌世はまだ知らない。
次回『神器の担い手』
歌世のライバル、リヴィアの登場です。




