八話 黒い嵐 ~荒廃した首都~
イグドラシルの世界で、佳代子は歌世、恵一はゴルトスとなって合流した。
そこはこの世界で首都とされる場所。
その異変に、歌世は一瞬で気がついた。
「閑散としている……」
前は、人が多くて前が見えないほどだった。けど、今は簡単に通り抜けられるスペースがある。
「多くの人がこの町を捨てた。終わった町だとな」
ゴルトスはまず、酒場へと歌世を案内した。
テーブルには多数の人が座っているが、それよりも多くの人が周囲を囲んでいる。
立っている看板にはこう書かれている場合が多い。護衛パーティー有り。
「護衛パーティー?」
「PKが日常化しているからな。PK討伐パーティーもついてくるって寸法だ。野良パーティーはもうそいった人員を出せるギルドに所属していないと成り立たない」
「はー。面倒じゃない?」
「面倒だ。だから、人がいなくなっている。次は、個人取引広場へ行くぞ」
「ああ」
二人して、以前より開けた視界の中を歩く。
こんな風景の町だったのか、とあらためて発見できることが多くて、新鮮な気持ちだった。
背の低い歌世では、人混みに紛れると視界が限りなく制限されるのだ。
個人取引所では、鑑定人と書かれた看板を出した人間が多く座っていた。
「鑑定スキルがどうして有用に? あれって一種のネタスキルでしょ」
「他の国のコインとこの国のコインをすり替えて取引に使う取引詐欺で被害が相次いでいる」
「ああ、相場違うもんね」
「ちなみに、鑑定人を名乗ってる奴にアイテムを渡したら持ってかれるから注意な。鑑定詐欺だ」
歌世は思わず口笛を吹いた。
「世紀末だなあ」
「まだまだ見ていないものがあるぞ。闘技場の野次。ギルドハウス近辺での陰口。首都は徹底的に荒らされている。スレイヤーと対立する、黒井一派の面々にな」
「黒井一派かぁ。それはまた、大層な人間になったもんだ」
「冗談じゃないぜ。実際、それでスレイヤーは頭を抱えている。首都に在住する多くのギルドもだ」
「それまた、大層な人間になったもんだ」
歌世は、繰り返しそう言った。なんとなく、実感は湧いた。黒井は自分達とは違う人種だ。同じギルドで身近に接して、何度もそう感じたことがある。
ただ、悪人として名を残していい人間でもなかった。
「城を奪い合う攻城戦が実装されたのは知っているな?」
「うん」
歌世も対人には疎いが聞いたことはある。城主は近場の町から税収を得ることができるというシステムだ。
「発端は、スレイヤーという城持ち対人ギルドが数人のMPKプレイヤーを仲間に迎え入れたことだ」
「MPK?」
「モンスタープレイヤーキラー。モンスターを使ってプレイヤーをキルするのさ。それを駆使して、近場のボスを独占し、ボスドロップのアイテムの価格をつり上げていた連中がいたわけだ」
「悪い奴らだ」
「そう、悪い奴らだ。しかし、スレイヤーは彼らを受け入れた。まあ、ここまではよくある話だ」
「うん」
「それに反発したのが黒井だ。最初は街頭演説だったが、どういうわけかどんどん反乱分子は増えた。そして黒井が画策したのが、首都機能の徹底的な麻痺だった」
「なんでそれでスレイヤーに挑もうとしないかね」
「しても敵わないと思ったんだろう。首都付近の城を抑えるなんて、ゲーム内最大手ギルドだぞ」
「それにしても、すかっとしない手だ」
「しかし、これが効いている。今、この町の人間が恨んでいるのは二つ。黒井派とスレイヤーだ。黒井派が増えるわけだよ」
「ゲームマスターには相談できないわけ?」
「それがこのゲームの特異なところでな。詐欺もPKもプレイスタイルのうちだと割り切られている。奴らはルールの内からじわじわと嫌がらせを続けているわけだ」
「……まるで黒い嵐が吹き荒れているみたいだ。荒廃しきっている」
「そういうことだ」
「私に、なにができる?」
それが、歌世の隠さざる本音だった。暴れる黒井一派。表に出ているのは末端ばかりで、黒井の姿も確認できはしない。町の中ではPKもできない。
歌世ができることなど、ない。
「神速の名がすたるな。俺が読んだ神速の冒険譚なら、こんな時神速は相手の隠れ家を見つけ出し説教をして考えをあらためさせるんだ」
「だからそれはほとんど都市伝説なんだってば……」
「まあ、策はある」
「本当に?」
「俺も伊達に首都で名を売ってるわけじゃない」
そう言って、ゴルトスは腕を組んで、何処か皮肉っぽく微笑んだ。
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「おい、ゴルトスが出たぞ」
望遠鏡で首都の出入り口を見張っていた黒井一派の間に緊張が走った。
「まじか、ゴルトスか」
「こいつは大物だぜ……」
ゴルトスがPKにやられたと知られれば、黒井一派の影響はなお大きくなる。
「増援が必要だ。あと、証拠の画像を送る役が。誰か、行ってくれるか」
「素速さなら俺だ。すぐに、皆を連れてくる」
そう言って、一人が森の中を駆けていった。
そのうち、開けた草原に出る。
そして、ギルドハウスの扉を開けようとしたところで、ヒットポイントが尽きて絶命した。
(追跡者? 馬鹿な! 俺は全力で走った……! 後方確認も抜かりなかった!)
「どうやって……?」
疑問は、か弱い声となって響く。
「森の木々の上を飛び跳ねてきた。それぐらいしないとあんたらはつけさせてくれそうにない」
「木々の上を、飛び跳ねる……?」
信じられない言葉だ。間隔もまばらな木々の上を暴れ馬のように素速く動くキャラクターで駆けてくるなんて、人間業ではない。
ギルド全体会話に切り替える。
その間に、後頭部に突き刺さった短剣が抜かれた。
「つけられた! 化物みたいなプレイヤーだ! ギルドハウスの前で殺された!」
一瞬で耳元が騒がしくなる。
迂闊さを責める声。
相手の情報を聞き出そうとする声。
そして一つの結論が浮かび上がってくる。
とりあえず、倒してしまおう。
ギルドハウスから鎧に身を包んだ前衛が五人歩み出てきた。
次に、支援職や短剣使い弓使いなどの中衛。
そして、最後に範囲火力の後衛。
十五対一。勝負は見えている。
蘇生呪文を受けて立ち上がりながら、男はそう考えていた。
その時、既に敵は行動に移っていた。