八話 黒い嵐 ~ひとさじの見栄を添えて~
隆弘と花華の結婚式に呼ばれたので、スーツで出席した。
立食パーティー形式のくだけた雰囲気の式だった。
「ジャージの次はスーツか。成長のない奴」
案の定からかわれた。
「着飾ってる同年代の子達を見て何も思わんかね、お前は」
「五月蝿いなあ。私はスーツを気に入ってるんだ」
「俺はスーツなんて面倒なものやめたいね。何着も持ってクリーニングも高頻度だ」
「そんなんで務まるの? イグドラシルオンライン開発室」
「そう言えば、今度ソロ向けダンジョンが実装されるぞ」
「本当?」
隆弘の一言で、佳代子は目を輝かせた。
「本当も本当。あと、スピード調整機能が実装される。お前のステータスならありがたいんじゃないかな」
「そっちはわりかしどうでもいいかなあ」
「……結構沢山の奴が、自分のキャラのスピードについていけなくなってきてるんだけどな。わりかしどうでもいいか」
「うん」
「基本素速さを伸ばしてるんだろう? 普通の人間ならもう随分前に処理が追いつかなくなってるはずだ」
「人を化物みたいに言うなよな」
「……実際化物だよ、お前は。お前みたいなステータス振りの奴のためのスピード調整機能実施なんだけどな」
そう言って、隆弘は苦笑した。
「佳代子ちゃん、ここか」
そう言って歩いてきたのは恵一だ。
「恵一さん」
「一人にすんなって言ったろ。知らん奴ばっかなんだぞ」
彼はそう不平を言う。
「悪かったよ。ちょっと新郎と内緒話してただけ」
「ふうん。式で新婦から新郎を奪って。あんまり褒められたことじゃないな」
「そうよー、佳代ちゃん。話なら私も混ぜてー」
そう言って、ウェディングドレス姿の花華が佳代子に背後から抱きついてくる。
「イグドラシルオンラインの話だよ。そんなに面白い話でもない」
慌てて、取り繕う。
「けど混ぜてー。新婚早々離婚の種は作りたくないからね」
冗談とわかっていつつも、背筋が寒くなった。
「新ダンジョンの実装とスピード調整の話。ほら、つまらないでしょう?」
「あー、来るらしいねえ、ソロ向けダンジョン」
「私は基本ソロしかやってないから嬉しいなって」
「聖職者のキャラもいただろ、たしか」
恵一が口を挟む。
「そっちも付き合いでレベルは上がってるけど、あんまり楽しくない」
「佳代子ちゃんらしいよ。ソロでアドレナリン全開にしてかっ飛ばすのが好きなんだろう」
「そゆことそゆこと。恵一さんはそこらをわかってくれていいなあ」
新郎と新婦が並んだ。そして、微笑ましげに佳代子達を見ている。
「佳代子ちゃん男っ気ないから心配してたけど、余計なお世話だったみたいだね」
「ああ。佳代子の悪いところも良いところもわかってくれる人がいるなら安心だ」
「やだなあ、お父さんとお母さんみたいなことを言っちゃって」
佳代子は、苦笑する。どうしてか、目に涙が滲みかけた。
「お前も、幸せになれよ」
「ああ、大丈夫。心配しなくても、私はいつだって幸せだから」
「そうか」
そう言って、隆弘と花華は話し合いながら場所を移していった。
その香る幸せの臭いに、佳代子は胸が少し苦しくなった。
「……見栄をはる必要はなかったんじゃないかね」
恵一が耳打ちしてくる。
「五月蝿い。今は黙って私に従ってろ」
そう言って、佳代子は切って捨てた。
式が終わると、恵一の運転する車で家路につく。
「俺、これから結婚式のたびに呼び出されるの、ヤだぜ」
恵一が渋い顔で言う。
「いいんだ。今回は多分特別だから」
「……新郎に惚れてた、とか?」
恵一が伺うように言う。
「まさか」
佳代子は苦笑する。
「特別ってそういうことだぜ」
「元から、私があの人達の間に入り込む隙間なんてなかったよ」
「隙間のあるなしと惚れた腫れたは別問題だ」
沈黙が流れる。
「まあ、憧れたぐらいはあったかもしれない」
佳代子は、正直に述べた。全部話して、楽になりたい気持ちだった。
「けど、惚れたとか、腫れたとか、よくわかんないんだ、私」
「子供のまま成長してるのな、お前は」
「そうだね。そうなのかも。初恋もしたことがない」
「綺麗なのに勿体無いな」
恵一の口からするりと出てきた言葉に、佳代子は動揺した。
「なに言ってんだよ、恵一」
恵一の猫背を勢い良く叩く。
「私が綺麗とか、あるわけないだろ!」
「佳代子ちゃんのノリは変わんねーなあ。初めてあった頃も、意地張って装備受け取らなかったし。むしろ、年々子供っぽくなってる印象すらある」
「悪いかな」
「自分が出せて良いことなんじゃないかね。年を取って丸くなったとも取れる。まあ、依頼は果たした。報酬は貰うぜ」
赤信号で、車が停車する。
「……本当に黒井が?」
「ああ、多分な。少なくとも、俺が見た街頭演説で喋ってたのは黒井だ。今は、姿も現さないが」
「元々、暗い影がある子だった。私は、あの子を説得できるんだろうか」
「どうだろう。ただ、叱りつけてやってほしいとは思うよ。それができるのは、奴に懐かれていた俺と、お前だ」
「そうだね……」
「六花はもういない。俺達がやるしかないんだ」
「……この数年で、彼はどう変わったんだろう」
「ろくでもねえガキから洒落にならないレベルの糞ガキに変わったのさ」
そう言って、恵一は深々と溜息を吐いた。




