七話 砂漠の町の少女 ~PKの正体~
「シュバルツ。お前の前のギルドの人、来てたぞ」
サフに言われて、シュバルツは戸惑う。
「なんの用だろう。装備品も全部返したはずだけどな」
「変な奴だよな、お前も。トップの対人ギルドからこんなまったりギルドに」
「組む相手には不足してなかったからな。対人に時間を取られるのが嫌になったんだ」
「対人が好きなのに対人に時間が取られるのが嫌とはこれいかに」
みゆも、不思議そうに言う。
「レベル上げに集中したくなったんだよ。その相方も最近は何でも屋通いだ。暇だな」
「じゃあ、レベル上げに行こうか」
そう言って、巴が腰を上げる。
「いいですね、やりましょうか」
シュバルツも、腰を上げる。
「サフ、来るか?」
「いや、いいよ」
「正直、いてくれたほうが助かるんだけどな。俺は魔力の値が低いからいつもガス欠すれすれなんだ」
「いいんだ。俺も育てたい職があるから」
「そうか」
新しいギルドで、多少浮いている感覚をシュバルツは覚えている。
巴には気に入られているが、そのせいで他のメンツと交流する時間が取れていない。
それもやむないか、と、巴と冒険の旅に出た。
道中、巴が呟くように言った。
「フードで顔を隠した人が、ついて来てた。PKかも」
「道が一緒だっただけかもしれません。あんま過敏になることはないかと」
そう言いつつも、不安に思ったのはシュバルツも一緒だった。
PKは何が目的なのだろう、とシュバルツは思う。
狙われるのはいつも巴だ。ならば、巴の交友関係にそのヒントはあるのだろうか。
答えが見えない不気味さをシュバルツは噛みしめる。
何故、自分達は狙われているのか。それが、わからない。
「シュバルツ君って、いい声してるよね」
巴が、不意にそう言った。
「そうすか?」
情報屋にも、そういえば褒められたのだった。
「歌声とか聞いてみたいなあ」
「やですよ。エッグの中で歌うだなんて」
「そういうんじゃなくてさ。カラオケとかでさ」
話の風向きが変わってきたな、とシュバルツは思う。
その時、風を切る音がした。
シュバルツは、声を上げようとする。
それよりも速く、それは動いていた。
片手に銀色の短剣を持った、女剣士。目深にかぶっていたフードは風でめくれあがり、下にある猫耳が露わになっている。
それは、目にも留まらぬ速さで矢を切り落とし、矢の発射地点へ向かって突進していった。
木々の枝が折れる音がした。
ログアウトの光が周囲を照らした。
「撮った!」
何でも屋は言う。
「なにしてんだ、あんた」
シュバルツは戸惑いながら問う。
「シュバルツ君の前のギルドの知人を装って、事情を聞いたの。なら後は私が動くだけだなって」
「お節介だけど、まあ、助かったよ。犯人の画像、送ってもらえるか?」
「あいよ」
そう言って、何でも屋が送ってきた画像には、サフが写っていた。
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「サフさんは巴さんと相方みたいなものだったんですよ」
みゆは言う。
「シュバルツさんが来たことで、巴さんはシュバルツさんに夢中になった。多分、サフさんはそれを許せなかったんだと思います」
「そんな……だって、ゲームだぜ、これ」
「ゲームがきっかけで交際する人も、結婚する人もいます」
「……けど、ゲームだ」
シュバルツは呆然とした頭でそう言っていた。
「シュバルツ君以外には結構見え見えだったみたいだよ」
何でも屋は、淡々とそう言う。また、フードを目深に被っている。
「ゲームでも、画面の向こうにいるのは人間なんだ。恋もすれば、失恋もする」
「けど……駄目だ。納得できん」
「シュバルツ君は恋愛に疎いようだ」
何でも屋が言う。
「納得できないさ。声だけで人を好きになるのも、思い通りにいかなかったからってPKするのも」
「まあ、健全なのかもね。のめり込みきってない証拠だよ」
何でも屋は、そう言って伸びをした。
「押しかけとはいえ揉め事を解決したんだ。報酬をもらうよ」
「……押し付けがましいなあ」
「なに、シンプルだ。私の外見を何処にも漏らさないこと。神速なんて持て囃されてるけど、私としては迷惑なんだ」
「神速、か。確かにな。あれは尋常な速さじゃなかった。あの速度のキャラクターを扱うプレイヤー。尋常な反射神経じゃない」
「私はただの半リタイアの暇人さね。んじゃ」
そう言って、何でも屋は去って行く。
「待てよ」
何でも屋は、足を止めた。
「あんたの名前、なんなんだ?」
「縁があれば、知ることもあるだろうね。その時があるよう期待しているよ」
そう言って、何でも屋は去って行った。
何も残しはせずに。
「ネトゲで恋愛なんてろくなもんじゃないな……」
シュバルツは、呟くように言う。
「それが救いになる人もいます」
みゆは、思うところがあったのか、淡々と言った。
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一ヶ月の歳月が流れた。
ヤツハもギルドと距離が作れたようで、そろそろ抜けようかという話になっている。
また、歌世も噂が広がってきたようで、利用者が格段に増えた。
本当なら、ヤツハと話すことに時間を費やしたかったが、そこは堪えて皆の悩みを聞いて回った。
そして、ある日、潮時かという思いが頭に浮かんだ。
ヤツハが、浮かれた調子で近づいてきた。
「相談屋さん、この前はありがとうございました。おかげで、ギルドを無事抜けることができました」
「たいしたことはしてないよ。上手く行ったなら何よりだ」
歌世は、心の中で安堵の息を吐く。この少女のことだけが気がかりだったのだ。
「これからも、なにかあったら相談に来ますね」
「ああ、いや、そうも行かないんだな」
歌世は、苦笑交じりにそう言う。
心の中に葛藤があった。この少女と、ここに根を下ろしていいのではないか。そんな思いが胸に湧く。
しかし、名前が売れるということは敵を作るということだ。
歌世の冒険が寄せられている掲示板にも、売名だという批判的な意見がしばしば書き込まれている。
「そろそろ名前が売れすぎた。目立ち過ぎるのは私の本意じゃない。別の町に移るさ」
「そうですか……」
ヤツハが落胆した表情になる。子犬のようにわかりやすい子だな、と歌世は思う。
そして、彼女ともっと共にいたいと、渇望のように思っていた。
「私も、連れて行ってくれませんか?」
その一言で、歌世の頭は真っ白になった。
「どうせ、ギルドを抜けて、他の町へ移る場所だったんです。貴女と一緒に、色々な町の生活を見てみたい」
「それは、魅力的な誘いだね」
歌世は想像する。ヤツハと共に何でも屋をする日々を。それは、酷く魅力的に思えた。
けれども、責任が持てない。これは歌世の道楽だ。知名度と共に負うリスクも、彼女に背負わせるわけにはいかない。
歌世は、手を伸ばしかけた。そして、やめた。
「けれども、今は、一人の旅が気に入ってるんだ」
「そうですか……」
「その代わり、君が新しい町に落ち着いたら会いに行くよ。何処へ行くか聞いても良いかい?」
「港町へ行って、海を眺めて過ごそうかと。気分転換にも丁度良いです」
「ああ、あの町か。わかった」
「名前、訊いても良いですか?」
歌世は、しばし考え込んだ。
名前を晒すことには、常にリスクが伴う。
「聖山聖子は流石に偽名でしょう?」
ヤツハは、真剣に歌世を見つめる。
歌世は、その瞳の前に折れた。
フードを脱ぐ。猫耳が露わになり、アーモンド型の瞳孔をした金色の瞳が晒されているだろう。
「歌う世界と書いて、歌世。かよじゃないよ、うたよだ」
「歌、大好きなんですか?」
「リアルネームとかけてるんだよ。バラすなよ。有名人にはなりたくない」
「わかりました、歌世さん。可愛らしい名前ですね」
「可愛いって言うのはやめて。なんか恥ずかしいから」
苦笑して、歌世はヤツハの目を見た。
「港町についたら、千早って人を訪ねるといい。私の紹介だって言えば、きっと力になってくれるはずだ」
「わかりました。歌世さんの紹介なら、きっと素敵なギルドなんでしょうね」
「それは保証しかねるな。四年ほど戻ってない」
「……私も、今のギルドは素敵だって、そう思ってたんです」
項垂れてそう言うヤツハの肩を、歌世は無言で抱いた。
こうして、歌世とヤツハは別れた。
もう会うこともないだろう。そう思って、歌世は砂漠の町を去った。
次回『黒い嵐』
黒井とゴルトスの久々の登場ですが、少し不穏なタイトルです。