七話 砂漠の町の少女 ~何でも屋と少女~
数日の時間が流れた。
噂の何でも屋とやらに興味が湧いたのは、なんとなくだった。
PKの正体も気になるところだが、何でも屋をしているような呑気なプレイヤーにそれを確認できるとは思えない。
噂の場所を見に行くと、見たくない小さな背中があった。
ヤツハの背中だ。
(げっ)
思わず、心の中で呟く。
(やっぱり厄介事になったか)
というのがシュバルツの率直な感想だった。
堂々と歩いて、ヤツハの背後に立つ。
「何やってんだ、お前」
「ひっ」
ヤツハは肩を震わせて腰を上げた。
「ああ、なんだ。シュバルツか」
「その人は、信用できる人?」
何でも屋。フードを目深にかぶり顔立ちは見えないが、瞳孔が細長い金色の目が僅かに見えている。
「うん。リアルでも交流ある人で。この人は、私に邪な思いを抱いたりはしない」
「信用されてるんだ。そういう奴ほど危険だよ。隙を見て襲ってくるから」
「待て、何でも屋」
シュバルツは、思わず苦い顔で口を挟む。
「なんで俺がこんな貧相な体の女を襲わにゃならんのだ。こう見えても彼女いるわ」
「へー。彼女いるけどイグドラシルですか。無駄に見栄はらなくてもいいのにぷすぷすー」
「あんたネカマだろ。ノリが女のそれじゃない」
シュバルツはうんざりした口調で言う。
「失礼な。私達皆独り身仲間じゃないですか。仲良くやりましょうよ」
「いや、だから彼女いるって」
「ああ、それなんてエロゲ」
「二次じゃねえ。三次にいるんだよ」
「まあ、あんたはモテそうな声してるもんね」
そう言って、何でも屋は口元を緩めた。
雰囲気が変わった。おちゃらけた子供のノリから、落ち着いた大人のノリへ。
「それほどでもない」
「グラットン凄いですね」
「グラットン? なんだそれは」
「駄目だなあブロント語はネトゲプレイヤーの共通言語だよ」
「知るか」
また、子供のノリに変わる。
ついていけないな、とシュバルツは思う。
「で、何してんだ、ヤツハ」
黙り込んでいたヤツハは、気まずげに視線を逸した。
昔からこうだ。彼女はすぐに黙り込む。
「リアルで接触ある人なら、頼れるんじゃないかな? ヤツハちゃん」
「けど……」
「ボディガードも必要でしょう?」
「絶対に怒られるから」
シュバルツは頭痛がしてきた。どうやらこいつは、本格的なやらかしのようだった。
「なにやらかしたか言ってみろ。それから怒るか慰めるか決めるから」
「えっと、その、無理!」
そう言って、ヤツハは駆け去っていってしまった。
「ああ、話してて面白い子だったのになあ」
何でも屋は落胆したように言う。
そして、短剣のジャグリングを始めた。
「で、お兄さんはなんの御用かな? 何でも屋、揉め事から人間関係の調整までなんでも引き受けるよ」
「俺は見物をしに来ただけだよ。暇人がいるって聞いてな」
「これは手痛い」
「事実だろう。暇人しかやらないイグドラシルで、やってることがネカマの何でも屋だ。大方ニートだろう」
「ずばずばと酷い属性を私に付与していくのはやめてくれるかな?」
「相手が男だと思うと口が軽くなる」
「女なんだけどなー……」
「さっきまでのノリは完璧ネカマだったぞ」
「ちょっと陽気にやってみようと思っただけだよ。いなくなった人みたいにね」
「それ多分迷走だからやめたほうがいいぞ」
「迷走かぁ。シュバルツ君は若そうだね」
「ああ、まだ高校生だ」
「若い! いいなあ……羨ましい」
「高齢ニートだったか」
「私もふざけてたのは悪かったよ。そろそろ許して」
そう告げたのは、大人の女性の声だった。
シュバルツは調子が狂うのを感じながら、応じる。
「わかったよ、何でも屋さん」
「シュバルツ君は本当に悩みはないの?」
「どっちかっていうと、ヤツハの悩みのほうが気になるな」
「じゃあ、追ってあげなよ。そして、もう一度この場で三人で相談しよう」
「そうだな」
ヤツハはすぐに見つかった。彼女がこういう時に隠れそうな場所など大方把握しているのだ。
それは、町の外れにある塔の上。見晴らしが良い場所だ。
「ヤツハ、戻るぞ。相談しに行ったなら、答えを探しているんだろう」
ヤツハは振り返る。
泣きそうな表情だった。
「俺も答えを出すのを手伝ってやるから」
「明彦~」
「本名を出すな。誰が聞いてるかわからない」
ヤツハが抱きついてくる。それをあやしながら、シュバルツは塔から出た。
そして、距離を置いて情報屋に向かって歩き始める。
今度は、事態の全貌がわかる。そう思うと、不安なような、憂鬱なような、複雑な気持ちだった。
情報屋は、相変わらず短剣でジャグリングをしていた。
「暇なんだな、あんた」
思わず、そんな感想を述べる。
「ネットサーフィンとかもしてるよ」
「それでブロント語とかいう未知の言語に詳しいのか」
「ブロント語、有名だと思うけどなあ。それで、ヤツハちゃん。相談する覚悟はできた?」
「……はい」
ヤツハは頷いた。
「それがですね……航空写真、見れるサイトあるじゃないですか。それで、皆の住んでる土地を見ようって話になって」
何か、嫌な予感がしたシュバルツだった。
「私の晒した航空写真、エリア内にアパートが二つしかなくて……昨日、友達が夜道でフラッシュを焚かれたって」
「馬鹿じゃないの」
思わず、本音が出た。
住所特定されて関係ない人間に迷惑をかけている。愚かさの極みだ。
「ひ、やっぱり怒った」
「そりゃ怒るわ。しかも他人にまで迷惑かけてるし」
「シュバルツ君。今するのは怒ることじゃない。どう対処するかってことだと思う」
「……学校の帰り道は、その子もお前も俺が送ってやるよ」
「うん、そうだね、それがいい。多人数で男の人がついてれば、相手も尻込みするだろうしね」
「……オンラインゲームって怖いんですね」
「画面の向こう側にいるのはゲームキャラじゃなくて人だからね。ヤツハちゃんも、それは忘れたら駄目だと思う。それが、オンラインゲームとオフラインゲームの大きな差だよ」
「はい、勉強になりました」
ヤツハは意気消沈している。
多少はへこんでもらわなければ困る、とシュバルツは思う。
「今のギルドにいるの、怖いです……」
「いきなり抜けたら相手を刺激するかもしれないね。シュバルツ君に送ってもらって、何でも屋に通って相談している風を装って、しばらく相手を牽制したらどうだろう。そして、徐々に距離を置いていって、抜けるんだ」
「徐々に距離を置いていって、ですか……」
人に媚びて生きているヤツハには難問だな、とシュバルツは思う。
しかし、それぐらいやってもらわなければならないだろう。
シュバルツも、ヤツハも、大人になるためには。
「シュバルツ君は、本当に相談はないの?」
PKのことが、一瞬脳裏をよぎった。
「ないよ」
シュバルツは、淡々と言った。
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乾いていた日々に、潤いを得たような気持ちだった。
歌世とヤツハの日々は、そうやって過ぎていった。
ヤツハはイグドラシルの世界に詳しく、歌世の知らない設定を色々と教えてくれた。
そうすると、世界の見方が変わった。
見飽きた景色の数々が、輝いて見えるような気にすらなった。
「一緒にクエスト回りません?」
「いや、いいよ。私はここで依頼人を待つ。それに、会話して見せているのも牽制だからね」
「そうですね、残念です。今、とっておきのクエストがあるんですけど。けど、何でも屋さんのレベルでやれるかな」
「レベルだけは無駄にあるつもりだよ」
「それならいつか是非行きたいですね」
「そうだね、約束だ」
歌世は、苦笑する。
歌世も、純粋にこのゲームを楽しんでいた頃があった。六花がいて、ゴルトスがいて、黒井がいて、千早がいた。遠い昔の話だ。
その純粋にゲームを楽しめる時間の最中に彼女はいる。
それは、魅力的に映るだろうと歌世は思う。
「何でも屋さんの名前は、なんていうんですか?」
ヤツハに尋ねられて、歌世は口を開き、閉じる。
「そのうちいなくなる奴の名前さ。知らない方がいい」
「そんな考え方、寂しいですよ。私は、貴女のことがもっと知りたいです」
歌世は、考え込んだ。
「そうだね。そのうち、話そうかな」
出た結論は、はぐらかすことだった。
「ところで、シュバルツ。彼は本当に悩みがないの?」
「シュバルツは……私には、弱い部分を見せないから」
そう言って、ヤツハは柔らかく苦笑した。




