六話 初めましてとお別れと ~時間の終わり~
移動中、沈黙が漂った。
「恵一君、なんか喋って」
小声で恵一に耳打ちする。
「いや、なんだ、その……」
今日の恵一は歯切れが悪い。
「六花、美人過ぎないか?」
「うん、思う」
「そういうことだよ」
「そういうことってなんだよ!」
佳代子は思わず大声を上げた。
「私に対する反応と六花に対する反応違いすぎねえか?」
「お前ごときが六花と同等に扱ってもらえると思うほうが思い上がりなんだよ!」
「侮辱だセクハラだ! 出るとこ出るぞ!」
「課金アイテム買いまくって裁判費用もない癖に!」
六花の楽しげな笑い声が、二人の会話を割って裂いた。
「二人共、ゲームの中と変わらないね。見てて面白い」
「……俺はコントをしてるわけじゃねーんだよ」
恵一がそっぽを向いてぼやく。
「まあオフラインでも私達は仲が悪い。それはわかってたことだった」
「逆だよ、仲良いんだよ」
六花は、からかうように言う。
「きっと、いなくなった時思うよ。ああ、今頃あいつは何をしてるのかなって」
「そういうもんかな」
「そういうもんだよ。佳代ちゃんと恵一君は近いから、好きな時にオフで遊べるしね」
「こいつと二人? 空気がもつか?」
「もってたとしてもそれは喧嘩で埋まってるだけでけして親密なものではないよね」
六花が笑い声を上げる。
「仲良いなあ。やっぱり、会ってよかったよ」
六花がそう言うなら、悪い気はしない佳代子だった。
三人でプリクラを撮る。恵一は渋ったが、六花が無理やり引きずり込んだ。
ペンで落書きをする。仲良し三人組と書かれたプリクラが、プリントアウトされてきた。
それを、六花が裁縫用の鋏で切り分ける。
そして、東京観光が始まった。
「私東京住んでるけどスカイタワー来たことないなあ」
「俺も近いけど来たことないなあ」
「案外旅行客の方が沢山来てたりね」
「実際そうだと思う」
「恵一君は柴又も行きたいんだっけ」
「男はつらいよの聖地巡礼だ」
「じゃあ私はデジモンの聖地巡礼したい」
「デジモンの聖地巡礼ってどこだよ。バンダイか?」
「お台場だよ」
スカイタワーで料金を払って二つの券を買い、頂上まで登る。
やはり東京はビルが多いな、とあらためて思わせられた。
「このビル街から私はいなくなるんだなあ」
六花が、しみじみと言った。
「また来ればいいじゃん。三人で」
佳代子は、励ますように言う。
「そうだね。そうだ……」
六花はそう言って、遠くを見た。
なにかあるのだろうか。そう思った時だった。
「ね、一周しよう! 一ヶ所だけ眺めてるなんて勿体無いよ!」
そう言って、六花は両腕を広げて歩いて行く。
その後を、恵一と佳代子は苦笑して続いた。
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各所を転々としたが、最後はカラオケボックスだった。
「カラオケ、苦手なんだよなあ」
「なんで?」
「古い曲しか歌えないし、隣の部屋とかに響くの恥ずかしいし……」
「いいんだよ、気にしなくて」
弱気な佳代子に、六花は励ますように言う。
「なんか注文とるかー?」
恵一は受付直通電話の受話器を取ろうとしている。
「あー、このフライドポテトとか皆で食べれそうでいいんじゃないかな」
「あいよ、フライドポテトね」
そして、三人は歌い始めた。
佳代子と六花がデュエットを歌い、恵一がタンバリンを鳴らした。
確かに、楽しい時間が、そこには流れていた。
外に出ると、夜になっていた。
「飲むか」
恵一が言う。
「飲む?」
佳代子も乗り気だ。
「私は帰るよ」
そう言って、六花は二人に背を向けた。
「ありがとう、楽しかった」
「また、集まろう」
「そうだね、また三人で遊ぼうよ」
「うん、そうだね。また三人で遊ぼう」
六花は、背を向けたまま、顔を見せない。
それを怪訝に思ったが、問いかける暇はなかった。
「じゃあ、私はこれで行くね。バイバイ」
そう言って、六花は去って行った。
後には、恵一と佳代子が残った。
「飲むか?」
恵一が言う。
「邪な考えを抱いていないなら飲まんでもない」
「俺とお前が喧嘩したら俺が負けそうだけどな」
「……確かに細いよね」
恵一の腕をつかむと、佳代子の腕と大差がなかった。
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酔っ払って脳天気になって家に帰ったら深夜の一時だった。
なだれ込むようにしてイグドラシルにログインして、佳代子は歌世になる。
六花が一人、溜まり場で座っていた。
ゴルトスも、遅れてログインする。
六花は、静かだった。
いつもいの一番に挨拶をしてくるのに、今日はそれがない。
「六花ー? こんばんはー?」
「六花離席中か?」
「ううん、いるよ。ごめん、プリクラ見てぼーっとしてた」
そう言って、六花は苦笑する。
「ギルドね、千早ちゃんが受け継いでくれるって。こんなに人数いるのに勿体無いって」
「そっか。なら、上手い形に収まったわけだ」
「千早なら良いリーダーになるだろうな。気を使える子だ」
沈黙が漂った。
六花の口数が、普段より少ない。
「ねえ、就職活動が落ち着いたら、また三人で遊ぼうよ」
「そうだな。今日は楽しかった」
「……無理、なんだ」
呟くように、六花は言った。
「な、なんでさ」
「俺達近いから、いつだって会えるだろう?」
「私、北海道に帰るんだ」
沈黙が漂った。
ポケットから、プリクラを取り出して眺める。笑顔の三人が、写っている。
「もう会えないけど、二人の友達でいていいかな……」
六花が、泣いているのがわかった。
涙が落ちて、プリクラの表面を流れていくのがわかるような。
「会えるよ!」
歌世は、言っていた。
「いつかまた、三人で会える! それに、今年一年あるじゃない!」
「そうだな。地球の裏側に飛ばされるわけじゃねえ」
六花はしばらく黙っていた。喉元まで込み上がってきた言葉で喉が詰まったかのように。呼吸もせずに、黙り込んでいた。
「ここでまた会おう。イグドラシルで、もう一度」
「ありがとう」
掠れた声で、六花は言う。
「けど、私達三人はいったん解散だ。各々のやるべきことをやろう」
「うん。私も単位をこれ以上落とせない」
「俺も院生になるために頑張らないとだな……」
「だから、いったんお別れ。またね」
「うん、また」
六花は目元をこする仕草をして、微笑むと、手を降った。
そして、歌世に紙袋を渡すと、ログアウトして消えていった。
「泣いているのか……?」
歌世は、目から涙が溢れているのを感じた。
色々な思い出がある。二年間、かけがえのない思い出がある。
だから、彼女を失うのはとんでもない痛手だ。
けど、心に温もりが残っている。
「彼女に、会えて良かった……」
「そうだな」
紙袋の中を広げる。
そこには、猫耳と猫のしっぽ。
「なんだこりゃ」
歌世は苦笑する。
「そういやお前、重量ペナルティ嫌って装備欄空いてるもんな。装備してみろよ」
猫耳をつけ、猫のしっぽをつける。カーソルを合わせると仕様書が表示され、その操作方法が書かれているのがわかる。
「似合う?」
猫のしっぽを動かしながら言う。
「似合うんじゃないか」
優しく、ゴルトスは言う。
「そっか。似合うか……」
出会いにありがとうと言いたかった。
だから、これは、いつまでもつけていようと歌世は思った。
「これから、あんたはなにをする?」
「首都の闘技場が稼働して、対人戦トーナメントが実装されるらしいんだ。それに出てみるよ」
「そっか。私は人助けの旅でもしようかなと思うよ」
「トラブルに首突っ込んで大騒ぎにするんだな」
「ちげえ。私を何だと思ってるんだ」
「……またな、歌世」
「ああ、また」
拳と拳をぶつけ合わせる。
心を温もりが満たしている。
私達の時間は終わったのだと、歌世は涙を拭ってその実感を噛み締めていた。
次回『砂漠の町の少女』
ヤツハ、シュバルツといった新キャラが登場します。




