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六話 初めましてとお別れと ~緊張の待ち合わせ~

 大学一年だっった歌世がもう三年になった。

 ということは、元々大学生だった六花は少なくとも四年生だろう。

 歌世も、六花も、就職活動で忙しい年だ。

 だから、ギルドをどうするかというのはもと元々歌世が気になっていたことだ。


「大学の単位は問題ないのよね」


 六花は言う。


「内定さえ貰えればスムーズに就職できると思う。けど、今までみたいにログインはできなくなる」


「私は単位結構落としてるからヤバイんだよなあ……」


 歌世はぼやくように言う。


「就職活動と多くの単位取得を同時進行とか中々マゾい道を選んだな」


「いいんだ、ゴルトス。私は腕さえあれば潰しの効く職業だから」


「そうか。ならいいが」


「ゴルトスもそろそろ就職活動ヤバイんじゃない?」


「俺は院に行くからな」


「はー、そういう道もあるわけだ」


「そゆこと。結構ブラックな研究室だって噂になってるが」


「結局皆、バラバラになっちゃうんだねえ……」


 六花が、しみじみとした口調で言った。


「楽しかったですよ、この二年」


 黒井が、励ますように言う。


「対人実装されてあんまりこっちにログインしてなかった奴がよく言う」


「けど、ここで話してる時間が俺の憩いの時間だった。なくなるのは、残念です」


「どうだろう」


 六花が、胸の前で手を叩いた。


「お別れになる前に、このメンツで一回オフ会をしてみない?」


「オフ会?」


 歌世は、胸の中が期待と不安で膨れ上がるのを感じた。


「オフかぁ」


 ゴルトスも何か考え込んでいるようだ。


「悪いけど俺はパスで」


 そう言って、黒井は立ち上がった。


「なんで? いいじゃん、一緒に行こうよ」


「俺が混ざったら、きっと今まで通りに会えなくなるから……」


 そう言うと、黒井は駆けて去って行ってしまった。


「まあ、確かに、リアルで会うってことはゲーム上の関係も変化するわな」


 ゴルトスが言う。


「じゃあ、私もパスしようかなあ……」


 歌世も、自分の容姿に自信がある方ではない。


「歌世はパスは絶対ダメ!」


 六花が、歌世にしか伝わらないように設定して声を出した。六花のアバターは口が閉じたままなので、喋ったとは誰も思わないだろう。


「なんで?」


 歌世は同じ方法で問い返す。


「だって、ゴルトスと二人とか……デートになっちゃうじゃん」


「いいんじゃない? それぐらい。仲良いんだし」


「今の仲を維持したいんだ。意識させたくない」


「ふーん。色々複雑なんだね」


 言って、歌世は自分の声の届く範囲を切り替えた。


「やっぱ参加しようかな」


「三人で飲むか」


 二人の密談に気付いているのか、いないのか。ゴルトスは飄々としている。


「じゃあ場所決めだね」


 三人共関東に住んでいるということがわかり、東京で会おうという流れが出来上がっていた。

 その後、歌世はエッグから出て佳代子に戻った。ホットミルクを飲んで布団に寝入ったが、興奮で中々寝付けなかった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「オフ会って何をするかって?」


 こういう時に頼りになるのは隆弘だ。

 大学のキャンパスで、佳代子は隆弘に質問していた。


「それよりお前単位大丈夫なのかよ。結構落としてるって聞いたが。教授に頭下げてレポートで勘弁してもらったケースも山ほどあるらしいな」


「それはほっといてよ。私の自己責任だ」


 頭を下げるのにはつくづく慣れた。


「カラオケ行ったり飲んだり。普通の友達と遊ぶのと変わらないよ」


「そうかな? 相手が予想外に不潔で汗臭くて人間関係変わるとかないのかな?」


「お前はゲーム仲間をなんだと思っているんだ」


 隆弘は呆れたように言う。


「そういう時は用事を思いつくんだよ」


 花華が会話に混ざってきた。隆弘の友達で、佳代子の服のコーディネートをしてくれた人だ。


「悪いけどこっちにも選ぶ権利はあるからね。集合場所を確認してヤバそうな人が来たら、あ、用事を思い出しました、でオッケーよ」


「けどその人、遠出してきたのに置いてかれちゃうよね」


「大丈夫だよ」


 隆弘は言う。


「ゲームとは言えど友達は友達だ。仲良くやってたんなら、オフでも仲良くやれるさ」


「そっかー……」


 不安が解消されたわけではない。

 互いにゲーム廃人だ。どんな不摂生な生活をしているか知っている。

 それが表に出る時どんな人となるか。

 不安は尽きない。


「とんでもないイケメンが出てきてロマンスが始まるかもな」


「やだ、隆弘ったら」


 花華は愉快げに笑う。


「他人事だと面白そうでいいねー……」


 佳代子は呆れ混じりに言う。


「まあ、面白い話題を提供してくれたのはお前だからな。何日だ? 結果報告楽しみにしてるぞ?」


 隆弘はすっかり面白がっている。


「調整中だよ。まったくとんだエンターテイメントもあったもんだ」


「そう言えば隆弘、就職活動の話だけど、本気なの?」


「本気も本気、大本気よ」


 佳代子は、戸惑う。


「なに、大会社でも目指してるの?」


「ウルフソフト一択」


「ゲーム開発側に回る気?」


 佳代子は、怪訝な表情になる。


「俺ならあのゲームの良いところも悪いところも知っているからな。今度は俺が神の手になってあのゲームを調整してやるんだ」


「そういう無駄にやる気がある人が口を挟むと大抵荒れる元になるんだよね」


 佳代子は嫌味のように呟く。


「佳代子もすっかりゲーム慣れしたな。そんな発言が出てくるとは」


「この二年間で何回糞アプデと言われる仕様変更があったか……」


「それでも、俺達はイグドラシルをプレイし続ける」


「餌を待つパブロフの犬みたいにね」


「口は悪いが面白い例えだ」


 そう言って、隆弘は笑った。


「ねえ、当日のコーディネート、花華さん付き合ってくれないかなあ」


「いいわよ。化粧の方は大丈夫?」


「結構慣れた……とは思う。就職活動までには覚えないといけないしね」


「じゃあ両方見てあげよう。佳代ちゃんを立派な淑女にしてあげるんだから」


 正直花華は少女趣味過ぎると思うのだが、他にファッションに口出ししてくれる友達がいるわけでもない。なので、結局頼ってしまうのだった。

 なんだかんだで、当日へ向けての調整は整ってきた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 その日は、生憎の雨模様だった。

 傘をさして、佳代子は待ち合わせの場所を眺める。まだ、誰も来ていない。

 花華は面白そうに隣で並んで同じ方向を見ている。


「完全に面白がってるよね、花華さん」


「気のせいだよ、佳代ちゃん」


 そうは言うものの、傘の下の花華の表情はまるで晴天の下のようだ。


「あ、人来たよ」


「本当だ」


 穴開きグローブにバンダナをした、体重百キロを超えるのではないかという巨漢が歩いてきた。


「……佳代ちゃん的にはあり?」


「なしかな」


 無表情に呟く。

 キャラのイメージとは一致するが、あれがゴルトスなら佳代子は迷わず帰るだろう。


 佳代子は彼が去るように祈ったが、太った男は待ち合わせ場所で陣取った。


(終わった……)


 佳代子は心の中でそう呟いた。


(いやー、ゴルトスのイメージ変わるわあ。廃人だとは思ってたけど太り過ぎじゃない?)


「佳代ちゃん、私とカラオケ行く?」


 花華はもう慰める段階に移っている。


「けど、私だけ帰ったら六花さんが一人になっちゃうし……」


「じゃあ六花ちゃんも呼んで三人でカラオケしよう」


「それは流石にゴルトスに悪いというか……」


 その時、細身の男が歩いてきた。

 そして、待ち合わせの場所で太った男と何やら会話をする。

 太った男は何かに納得したように位置を変えた。


「佳代ちゃん」


「……うん」


「GO!」


 そう言って、背を押される。

 佳代子はよろめきかけた体勢を立て直して、駆けて行った。


「あの、ゴルトスさんですか?」


 待ち合わせ場所に陣取る男に話しかける。

 男は、皮肉っぽく微笑んだ。


「山田恵一だと言っただろう、おっちょこちょいめ」


「なんだよ、ゴルトスかあ。ヒヤヒヤさせんなよなー」


「やけに来るタイミングが良かったな」


「たまたま、たまたまだよ」


「大方友達と待機して、不細工が来たら帰ろうとしていたんだろう。まったくそこらの根性の悪さはお前らしい」


 あまりにも図星で、佳代子は何も反論できなかった。


「けど、恵一君? だって気にならない? 六花さんがどんな外見をしてるか、とか」


「お見合いじゃねーんだぞ。どんな外見でも会って、遊んで、帰る。それが今日の趣旨だ」


 大人だなあ、と佳代子は思ってしまう。

 なるほど、約束を守るとはそういうことなのだ。

 恵一は怪訝そうな表情になる。


「なんだよ、じっと人の顔を見て黙り込んで」


「いや、あんた案外大人だなって、そう思っただけ」


「佳代子ちゃんから見れば大抵の人が大人さね」


「そう子供扱いされるのは面白くないなあ。誤差ぐらいの年の差じゃんか」


「ふふ。リアルの世界でも口争いしちゃうのね、歌世とゴルトスは」


 そう言って、いつの間にか第三者がこの場に現れていた。

 風が吹いて、良い香りが漂った。

 恵一が、口を開けたまま硬直している。

 儚い花の一本を擬人化したような、白一色の衣装の女性がそこに立っていた。


「六花か?」


「六花?」


「はい。三条六花です。初めまして、よろしくね」


 そう言って、六花は深々と頭を下げた。


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