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五話 ボールは友達怖くない ~始まりの四人~

 日を跨いでの再試合となった。

 歌世は、寂しい気持ちを抱えていた。あれ以来、六花からの連絡はない。新しいギルドの面々と馴染みつつはあるのだが、それでも心に穴が空いたような寂しさがある。

 皆、レベルを上げた。前よりも試合を有利にすすめている。しかし、一点が入らない。

 それもそうだ。力なんて死にステと言われていて誰も上げていない。鋭いシュートが放てないのだ。

 時間だけが刻々と過ぎていく。

 今回も駄目か。そう思った時だった。


「歌世ちゃん、頑張れー!」


 どれだけその声を聞きたいと思っていただろう。六花の声が、観客席からしていた。ゴルトスも、傍についている。

 それで、歌世は閃いた。


「メンバーチェンジの申請をします!」


「なんだなんだ?」


 味方が戸惑い顔で集まってくる。


「この窮地を脱せられる助っ人が、そこにいる」


 そう言って、歌世はゴルトスを指差した。


「ゴルトース! 選手として試合に入って!」


「は? なんで俺が?」


「いいから、早く!」


 戸惑いながらも、ゴルトスは選手の一員としてフィールドの中に入って来た。


「誰を代えるんだ?」


「ゴルトスはフォワードとして機能してもらいます」


「じゃあ、フォワード一人抜かすか」


「使えるのか?」


「素速さは正直てんで駄目です」


 不安げな空気が場に漂う。


「けど、私とゴルトスが力を組めば、勝てない敵なんていない。皆、私にボールを回して」


 皆、考え込むような表情になったが、そのうち頷いた。


「歌世ちゃんに考えがあるというのなら、乗ってみよう」


 そう言ったのは、ダインだ。皆、頷いて、各々の場所へと去って行った。

 ゴルトスと歌世がその場に残る。


「いい? 貴方はトップ。私にボールが渡ったら全力でゴールまで走って」


「構わんが。とりあえずボールが来たらシュートすればいいんだろう?」


「そういうことよ。後は任せたわよ、ストライカー」


「ああ」


 試合が再開される。味方が攻められている。逆サイドにボールが蹴られ、手薄になった自陣に敵フォワードが切り込む。

 しかし、シュートを辛うじてキーパーが止めた。

 そして、キーパーがボールを蹴る。

 高々と上がったボールを味方ミッドフィルダーが胸でトラップし、歌世に繋ぐ。

 そして、歌世とゴルトスは駆け出した。

 歌世は敵を次から次へと躱し、前線に切り込んでいく。

 ゴルトスはランニングをしているおじさんのようなゆったりとした速度で前へと進む。

 まだだ。まだ蹴れない。

 敵が追いついてくる。


(今だ!)


 歌世は、ボールを蹴った。

 それはゴール前、敵のディフェンダーがゴルトスに備えて警戒をしている、その真上。

 ゴルトスは、飛んだ。

 敵ディフェンダーを吹き飛ばし、強烈なヘディングでボールを弾き飛ばしていた。

 ゴルトスは力と耐久を高めた純タンク型。

 素速さ特化型が流行っている今の世界で、吹き飛ばせない敵がいるわけない。

 そのままボールは力強く前進し、ゴールネットを揺らした。


「おおおおおおおおおおおおおおお!」


 味方が雄叫びを上げ、あちこちで抱き合っている。

 こちらを見てくるゴルトスに、歌世は親指を立ててみせた。


 その後、こちらの攻撃パターンは確立した。

 どれだけ守りを投入しても、歌世のドリブルのスピードには敵わない。

 どれだけ守りを投入しても、ゴルトスの力と体格には敵わない。

 終わってみると、五対零。歌世達は、圧勝したのだった。


「託す相手ができて嬉しいよ」


 そう言って、敵の一人が握手を求めてきた。

 歌世も、握手で返す。


「僕達はβテストが終わったら引退すると決めていたからね。誰にもギルドハウスを託せないのは、寂しいと思っていたんだ」


「それじゃあ、素直に譲れば良かったのでは?」


「それじゃあ、面白くないだろう、お嬢さん」


 そう言って、敵の一人は悪戯っぽく微笑んで、歌世の頬を引っ張って放すと去っていった。


「そっか。βテスト、もう終わるんだ」


 歌世は思わず呟いていた。


「知らなかったのか?」


 いつの間にか傍にやってきていたゴルトスが言う。


「うん、知らなかった」


「ログイン時のお知らせ欄を見る癖をつけるんだな」


「こんな時にも小言。勝利の余韻に浸りなさいよ」


「ま、タンク型の前衛の面目躍如って感じで悪くはないな」


「でしょ」


 歌世は、悪戯っぽく微笑む。

 ゴルトスは苦笑して、視線を逸した。

 六花が、駆け寄ってきていた。


「歌世ちゃん」


「うん、六花さん。応援しに来てくれてありがとう」


「応援しに来たんじゃ、ないんだ」


「うん?」


 六花は胸に手を当て、深呼吸すると、意を決したように口を開いた。


「レベルの合う相手を用意してあげることもできない。そんなギルドだけど、戻ってきてくれないかな」


「六花さん……」


「歌世ちゃんのいないギルドなんて嫌なんだ。四人で始めたギルドだから、四人がいなければ嫌なんだ。これは、私の……我儘」


「ううん。私も、六花がいないギルドなんて考えられないと思ってた」


「うん。私も、歌世がいないギルドなんて考えられない。あの四人でいるのが、好きなんだ」


 歌世と、六花は、抱き合った。

 エッグ越しの感触を、グローブが佳代子に伝える。

 どうしよう。どんな友達にだって、こんなに求められたこと、ない。


「帰るのか」


 ダインが、残念そうに声をかけてくる。


「うん。私のホームはあの港町だから。脅す?」


「脅しやしないさ。そんな目的で、君の個人情報を得たわけじゃない。ただ……」


 ダインは、気恥ずかしげに頬をかいた。


「同じゲームをしている仲間同士、仲良くしたかっただけさ」


「そっか」


 歌世は六花を放し、ダインの前に立つ。


「じゃあ、オフラインじゃいっぱい話そう。ダイン」


「そうだな。友達登録してる仲だもんな、俺達」


 歌世は、ダインと握手した。

 こうして、βテストは終わった。

 正式稼働に伴い大々的な宣伝がされ、オフラインの街のあちこちでイグドラシルオンラインの宣伝ポスターが見られるようになった。

 βテスト時のキャラはそのまま正式版に引き継がれ、歌世達は胸を撫で下ろすことになった。


 そして、二年の歳月が流れた。

 歌世は重厚な鎧二体の巨大な剣を後方に跳躍して回避する。鎧の中には人はいない。しかし、核はある。

 歌世は敵の鎧を掴んで、内部の核に思い切り一撃を与えた。

 そして、その間に攻めてきた敵の攻撃をまた後方に跳躍して躱す。

 もう一体も、同じ手法で倒す。

 核さえ傷つければ一撃で倒せる。その手法のおかげで、イグドラシルオンラインの世界で素速さ型はまだ息をしている。

 しかし、急所を狙うために求められるプレイヤーの技術力が高く、徐々に衰退しつつあった。

 変わって台頭したのが耐久型の前衛だ。

 今やどこのギルドでも引っ張りだこ。耐久型の前衛を見ない日がないほどだ。

 ゴルトスの予言は当たっていたということだろう。


「なんで耐久力なんて上げてるの?」


 と言われる時代から


「なんで素速さなんて上げてるの?」


 なんて言われる時代に様変わりしてしまったわけだ。

 ソロでの狩りに不満はない。溜まり場で話していて楽しいし、護衛役としてパーティーに混ざることもある。

 そんなある日のことだった。


 狩りの後の団欒の時間も終わり、深夜の時間帯に、歌世、ゴルトス、黒井、六花が並んで座っていた。

 思えばこの四人が始まりの四人であり、この四人が今日までギルドを支えてきた。

 六花が、不意に口を開いた。


「私ね、ギルド畳もうと思う」


「そっか」


 歌世は、できるだけ優しい声で返す。


「驚かないんだね」


「そろそろだって、思ってたから」


 冬が終わり、春が来た。

 リアルの世界は、目まぐるしく日常を刻んでいく。




次回『初めましてとお別れと』

嬉恥ずかしオフ会編です。

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