五話 ボールは友達怖くない ~それぞれの葛藤~
「ギルド、抜けようと思う」
歌世がそう告げると、六花は驚いた表情になった後、泣きそうな顔になって手を前に動かし、そして苦笑した。
そして、歌世の腕を掴む。
「そう。今までありがとう。丁度、良かったのかもしれないね。歌世のレベル、皆と組めるギリギリの上限に至ってたから。いつでも戻って来てもいいのよ。サブキャラ、残しとく?」
「サブキャラ作ってないからどうしようかな……作るかな」
「作りなよ。支援職がオススメ」
「ぬかりないな、六花は。あいあい」
こうして、サブキャラをギルドに残して、歌世は港町を去った。
一人での首都への旅は退屈を極めた。
代わり映えのない森の景色が延々と続く。
(前は、四人で歩いたっけ。ギルドを作るんだって、熱意を持って……)
今の歌世の中には熱意はない。ただ、今後への憂鬱さだけがある。
隆弘ことダインのギルドの規模はわからない。ただ、無理やり誘われたようなものだから、気乗りしないのも当然だ。
そのうち、トロッコにやってきた。
前は座っていた四人組がいない。
ゴルトスに意見を聞いてみたい気もしたが、ギルドを抜けた手前それも躊躇われた。
歌世は無言でトロッコに金を置き、それが消えるのを確認するとその中に乗って移動をした。
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「ようこそ歌世。首都への旅は長かったろう」
首都に入ると、ダインが労ってくれた。
「なんてことはないわよ。私だけなら、走ってれば早くつくし」
「そうかそうか。じゃあ、まあ、ギルドの溜まり場へ行こう」
そこは、道具屋の裏の開けた庭。四十以上の瞳が歌世を捉える。思ったより人数が多く、歌世は多少怯んだ。これが首都の人口の成せる技か。
「助っ人呼んできたぞー。皆、仲良くしてやってくれな。四人でタイダルドラゴンを倒したっていう腕利きの一人だ」
「四人でタイダルドラゴンを?」
「本当に?」
皆、目を丸くしている。
「ええ、まあ……」
「貴女はどんな役割を担っていたの?」
「タイダルドラゴンに取り付いて急所攻撃です。仲間が追撃してくれたから急所まで届いたけど……。今のところ、ステータスは素速さ全振り」
「なるほど、ソロ、護衛型だなあ。うちにはライバルが多いぞ」
年長者の男性が、腕を組んで面白がるように言う。
「まあ、そう言わずにアーノルドさん。仲良くしてやってくださいよ」
「いいぜ。ソロ、護衛型同士親睦を深めようじゃないか」
彼はアーノルドという名前らしい。どうやら、お仲間のようだ。
「じゃあ、挑みに行くか。サッカー勝負に」
「そうですね。今日は勝ちたいところです」
「はい? サッカー?」
急な展開に、歌世は瞬きをするしかなかった。
「この町には、サッカー場があって、ミニゲームができるんだよ。十一対十一。それで今、あるギルドと賭けをしていてね」
「賭け?」
「先輩ギルドみたいな存在なんだけど、勝ったらギルドハウスを譲ってくれるそうなんだ」
「はー、ギルドハウス」
「ギルドハウスはそのうち色々な場所に建てられるようになるだろうけれど、今は固定の場所に数少なくしか存在していない。喉から手が出るほどほしいわけだ」
「なるほどねえ。その助っ人に呼ばれたってわけか」
「そゆこと」
「それだけじゃないよ」
後ろから両肩を捕まえられた。聞き慣れた声だった。
「佳代子ちゃんと遊びたいって気持ちも本当だから」
ああ、あの隆弘の友人の女性か。
歌世は、納得して振り返る。
「この前はありがとう。けど、本名、出さないでね」
「うん、わかってるよ、歌世ちゃん」
そう言って、彼女は悪びれずに微笑んだ。
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さて、スターティングメンバーとしてフォワードの位置に起用された歌世だが、ルールがわからない。
とりあえずボールをパスして繋いでゴールにシュートする程度のルールしか知らない。
ディフェンダーがマークについてくる。力の値が強いのだろう。歌世は徐々に押されていった。
ボールが逆側のフォワードに飛んだ。
歌世は駆け出して、一瞬でディフェンダーを置き去りにする。
そして、センタリングが上がる。
そこで、歌世の速度は急激に落ちた。
戸惑いながらも、センタリングに合わせて跳躍し、空中ボレーを放つ。
それは、横っ飛びしたゴールキーパーに軽々とキャッチされた。
キーパーが大きくボールを蹴り返す。
歌世は、動きが鈍いことに戸惑いながら走っていく。
「あ……これか」
そうと呟いたのは、歌世を操る佳代子だ。
画面の右下に、見慣れぬゲージが現れている。そのゲージは、もう切れかけだ。
察するに、耐久の値がこのゲージの量を決めて、このゲージが溜まっている間だけ全速力で走れるのではあるまいか。
そうとわかったら、歌世は休みに徹するしかない。
徐々にゲージが回復していく。
それがマックスになろうとした時のことだった。
味方ゴール手前から、高々とボールを蹴られた。それをインターセプトしようと敵が回り込む。そのさらに前に、歌世は一瞬で回り込んだ。
そこで、耐久値はすでに半分になっている。
(削れすぎだろ……)
耐久に振らなすぎたせいとも言えるだろう。
歌世は胸でボールをキャッチすると、オーバーヘッドキックで味方フォワードへとパスをした。
何故だろう。歌世には、味方がどの辺りにいるか、直感的に把握できていた。
味方フォワードがシュートする。それは、ゴールポストの遥か頭上を超えて飛んでいってしまった。
「宇宙開発だー」
「打ち上げ一号失敗しましたー」
からかうような声が上がる。
「やっちまった……」
味方フォワードが顔を覆う。歌世は、その肩を叩いた。
「まだまだ挽回できるよ。これからだ」
歌世は、このゲームを面白いと思い始めていた。
歌世の速度は、この中の誰よりも上だ。それは、これ以上ない切り札となる。
体力を温存し、いざという時に一撃で勝負の流れを変える。
こんなに面白いギャンブルって、ない。
歌世は、敵が味方を攻めている間は、休憩に務めた。
逆に、味方が攻撃を始めると、短いボールタッチで誰かがゴールを狙えるように調整した。
歌世は、攻撃の起点であり、支配者だったかもしれない。
そのうち、両陣営無得点で試合が終わった。
「歌世、本当に速いな」
「ボールのパスも正確だし」
「俺、オーバーヘッドなんて始めて見たよ」
歌世の元に皆が集まってくる。
歌世は照れくさい思いで、返事をしていた。
「なんとなくだよ」
「いや、それがお前の実力だよ」
ダインの声がした。
振り返ると、彼がそこにいた。
「やっぱりスカウトしたのは成功だった。歌世を作戦に絡めれば、もっと押せるようになる」
大喝采が上がる。
「早く超えて欲しいもんだな」
敵チームの選手が、微笑ましげに言って去って行った。
そうして、試合は終わり、溜まり場で今後の作戦を練り合うことになった。
色々な戦術が相談されているが、門外漢の歌世にはちんぷんかんぷんだ。
(ねえ、六花さん。わけわかんないね)
心の中で、六花に話しかける。
心に隙間風が吹いた。
六花も、ゴルトスも、黒井も、千早も、この場にはいない。彼らがいない地に来てしまったのだ。
その事実を再確認し、歌世は寂しい気持ちになった。
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ダインに紹介された経験値狩場で狩りをしている時、不意に六花の声がした。
友達登録の遠距離通話機能だろう。
「どったのー? 六花。寂しくなった?」
「寂しいのはそっちの癖に……なんて、そんなことはないか。上手くやってる?」
「サッカーやってる」
「はい?」
六花は、戸惑いの声を上げた。
歌世は、壁際の敵があまり来ない場所に移動して、六花と会話する。
説明を受けているうちに、六花は合点がいったようだった。
「そういや、サッカーってミニゲームがあるのは知ってたよ。それに参加してたんだねえ」
「景品はギルドハウスだってさ。なんかメリットがあるのかな」
「溜まり場でオープンで喋れるぐらいかなあ。あと、飾り付けたりして楽しんだり」
「ふーん。私はあんまり興味ないんだ」
「そう。助っ人、頼まれたの?」
「まあ、そんなとこ。六花の言う通り、そっちじゃそろそろパーティーに入れなくなるのも事実だったしね」
建前だ。歌世はソロをメインにしている。パーティーに入れなくなることなど苦ではない。
歌世は、弱い自分を六花には見せたくなかった。
「そっか……上手くやってるなら、何よりだよ」
六花はそう言って、安堵したように吐息を吐いた。
「じゃあ、私もこれから狩りだから、通話切るね。また話そう、歌世ちゃん」
「うん、話せて楽しかったよ。またね」
そう言って、再び歌世は狩りに戻った。
なにをやっているのだろう。
知らないギルドの知らないメンバーのためにレベルを上げて、黙々と敵を倒している。
それで強くなっているのは事実だが、なにか物足りない気がした。
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「歌世さん、もうログインしないんですか?」
そう言ったのは、呪文詠唱中の千早だ。
「サブキャラは置いていったから、そのうちログインすると思う」
六花は、できるだけ優しく返事をする。
「歌世ねーさんがいないと寂しいなあ」
言うのは、黒井だ。
黒井は矢を弓から放って敵の足を見事に射抜くと、次の矢を取り出す。
「お前ら狩りに集中しろよな。これ、一応今の基準じゃ最難関のダンジョンなんだから」
五匹の敵にたかられているゴルトスが窘めるように言う。
炎の嵐が吹き荒れた。そして、敵はいなくなった。
「次に溜まってそうな地点はここから先の通路のT字路。先行するからある程度の段階で詠唱開始してくれ」
ゴルトスは、そう言って鈍重に駆けて行く。
「ゴルトスは、未練はないの?」
六花は、思わず尋ねていた。
ゴルトスは振り返る。
「出会いも別れもオンラインゲームには付き物だ。慣れないと、辛いぞ」
「けど、私は歌世ちゃんがいないギルドなんて嫌だ」
本音が、口から零れ出た。
「皆だから、今までやってこれたんだ」
「……今日は、帰るか」
ゴルトスはそう言って、来た道を戻り始めた。
自分は中途半端だ、と六花は思う。戻ってくれなんて言葉、勝手過ぎて言えない。けど、忘れることもできない。
(神様、どうして私をこんなに中途半端に作ったのですか……)
六花の思いは、宙に溶けていった。
(ううん、神様なんていないんだ。自分で、決意するしかないんだ……)
そう思い、六花は手を強く握りしめた。




