四話 ギルドマスター始めました ~不安の具現化~
晩御飯を食べる。
最近、ツイてないなと思う。
隆弘にはオフバレして、六花にはギルドマスターを押し付けられた。
そのことについて考えていると、晩御飯のもやし炒めの味がわからなくなってしまった。
ゲームは楽しい。それは揺るがない。
ただ、それに憂鬱な要素がぶら下がっている。
ソロで狩りをするのに慣れていたから、皆に気を使ってパーティープレイをするのも気が重い。
気がつくと、晩御飯を食べ終わっていた。
(辞めれば、全部しがらみはなくなるんだ……)
思わず、そんな発想に至る。
(私は、辞めたいの? 辞めたくないの……?)
佳代子はしばらくエッグの前で迷った。
答えは決まっている。
佳代子はエッグの中に入り、ゲームを起動して、佳代子から歌世になった。
歌世は町の入口に座り、メンバー募集の看板を立てる。
「今日も募集、お疲れ様」
そう言って、隣に千早が座ってきた。
「まあ数日だからね。順当に我慢するさ」
「ギルドって生き物だからね。それを維持するために、誰かが頑張らなくちゃいけないんだよね」
「……それで気を使って、付き合ってくれてるわけ?」
「一週間の新人マスターは大変だろうなって。六花さんは徐々に、だっただろうから」
「……そっか」
わかってくれる人がいる。それだけで、歌世は随分と気楽になった。
「狩り行きたいですー」
そんな声がする。
「六花さん、ゴルトス、いる?」
「いるぞ」
「いるよー」
「そっちで構成考えてくれるかな?」
「マスターも混ざろうよ」
無邪気に提案する者がいる。
「私、メンバー募集中なんだけどなあ……」
「たまにはいいんじゃないかな」
六花が、楽しげに言う。
それで、歌世は何か吹っ切れた。
六花があんなに楽しそうにしているのに、自分だけ我慢しているなんて不公平だ。
「それじゃあ、うちのギルド狩り夜の部を開催しようか。黒井、千早、二人も強制参加ね」
「はーい」
黒井と千早が異口同音に返事をする。
「参加できる人は皆おいでー。狩場蹂躙すっぞー」
「また無責任なことを……」
ゴルトスが苦い口調で言うが、気にしない。
その日行った大勢パーティーでの狩りは、効率はともかく、とても面白かった。
仲間に暇をさせないための手加減プレイにも、多少は慣れ始めていた。
そのうち、大多数が敵を釣り始めて最後には全滅寸前まで行ってしまった。
狩場で笑ってしまったのは、久々だった。
このゲームで笑ったのも、数日ぶりだったかもしれない。
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危なげなく一週間が経った。
お祭り騒ぎは一瞬のこと。その後は、無難な采配が続いた。
ギルドメンバーは、数人増えた。彼らが溜まり場に馴染めるように努力もした。
歌世の沢山の我慢。その上に、ギルドは成り立っていた。
皆が寝静まった夜に、六花と二人きりになった。
「今日でギルドマスター代理は卒業だね」
「疲れたよ。もうしたくない」
「私は楽しかった。たまには誰かに変わってほしいな」
「いや、もう勘弁」
「あはは。きっとね、皆のちょっとの気遣いで成り立っていると思うの」
六花は、遠くを見るような目で、そう言った。
「ギルド募集で一人で座っている時に、付き合ってくれる人。パーティーを構成している時に、必要職を出してくれる人。そんな人達のちょっとした気遣いの上で、それこそ薄氷の上で、私達は成り立っていると思うの」
「それを私に思い知らせたかったわけ?」
「そうかもね。歌世は自由だから」
六花は背後に両手を置いて、体重を預けた。
責任を放り出して楽しそうにしている六花を見て、不公平だと歌世は思った。けど、普段の六花から見れば歌世の在り方のほうが不公平に見えたのかもしれない。
「ソロプレイで狩りに行くのも自由、溜まり場にいる時間も自由。けど気がつくと皆と打ち解けている。貴女みたいな遊び方をしてみたかった」
「結果は、どうだった?」
「私はどこまで行っても私なんだなって思い知っただけだった」
そう言って、六花は苦笑する。
「細々としたことを気にして、言い訳にして、動けない六花。他の職もやってみたいけれど、皆に気を使って支援職でスタンバイしている六花。だから、マスターには私が適任なのかもしれないね」
「適材適所ってあるよねえ……私は明らかにマスターには向いてないわ」
「けど、私がマスターだったら効率度外視の大勢パーティーを組んで、決壊するまで敵を釣って狩るなんてしなかったと思うな」
「嫌味?」
歌世は、からかうように言う。
「本音よ。あれは、楽しかった」
「うん、あれは、楽しかった」
「……私は、ちょっと歌世に嫉妬してた。その自由さに、嫉妬してた。マスターになるのを選んだのも、パーティー職を選んだのも、自分なのにね」
「今も嫉妬してる?」
「一週間我慢してもらって、鬱憤は晴れた。また、私がマスター業をするよ」
「メンバー募集、付き合うよ」
「狩りのパーティー構成には?」
「……正味、私のキャラは、パーティーに向いてないんだよね」
「それでいいんだよ。皆がちょっとずつ気を使って、けど自分の楽しみもして、そうしてギルドは回る。集団の面倒臭さはあるけれど、集団の賑やかな楽しみもある」
風が吹いた。それは、六花と歌世の髪を弄んでいく。
「私が土台になって、皆が楽しめるなら、私は本望だ。もう、マスター代理なんて頼まないよ」
「そう。安心した」
「今日は眠るね。おやすみ、歌世」
「うん。明日からも頑張ってね、六花」
そう言って、二人は別れた。
歌世はエッグから出て佳代子に戻る。
さて、机の上には未処理の課題が一つ。
徹夜を覚悟した佳代子だった。
そして、六花が他の職を楽しめるならば、支援職を作ってみるのも悪くないかもしれないと思っていた。
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翌日、佳代子は大学に行った。
「お、雰囲気変わったじゃん」
「本当だー。お洒落だねー」
「男でもできたか?」
新しい服の、周囲からの評価は上々だ。少し、鼻が高くなる。
「私だってやる時はやるのよー。今月はもやし生活だからねー」
「一人暮らしは大変だよなあ」
「うち実家だから一人暮らししたいけどなあ。この歳になって束縛されてる感が強い」
「晩御飯が黙っても出てくることに感謝するようになるわよ」
「そういうもんかね」
「佳代子!」
不意に呼ばれて、佳代子は振り返る。
隆弘だった。
友達に誤解されそうだな、と思いつつも、輪を離れ、彼の側に行く。
「どうしたの?」
「服の評判どうよ?」
「まあ、そうね。そこそこよ」
佳代子は、そう言って誤魔化す。上々と言えば彼が調子づく気がしたのだ。
「で、なんの用?」
「前々から言おうと思っていたことなんだけどな」
隆弘は、無邪気に微笑んで言う。
「うちのギルドに、来てほしいんだ」
佳代子は、思考が止まるのを感じた。
「……は?」
「引き抜きに来たんだ。初心者だって言ってたし、今のギルドにそんなに思い入れがあるわけじゃないだろう? 細かいことは、夜にメールで連絡するよ」
言いたいことだけ言って、隆弘は去って行った。
友人達の輪の中に戻る。
「おー、なんかいい感じじゃん?」
「イメチェンの理由判明……」
「そんなんじゃないよ。そんなんじゃ……ない」
今のギルドを移る? そんなこと、考えたこともない佳代子だった。
やはり、オフバレの後には、波乱が待ち受けていたのだった。
次回『ボールは友達怖くない』




