四話 ギルドマスター始めました ~五万円の行方~
他作品にかまけてしばらく更新が滞っていました。
次はこの作品を完結まで頑張ります。
歌世は、イグドラシルの世界の港町で黄昏れていた。
「今日は狩り行かないんですね」
千早が、不思議そうに言う。
「あー、ちょっと色々あってね。遊んでる気分じゃないんだ」
「ゲームにログインしてる時点で遊んでるんだ」
ゴルトスが呆れたように言う。
反論したいところだったが、それも尤もな話だったので反論できずにそっぽを向いた。
思い出すのは、今日の大学での出来事だ。
「どうやら歌世ちゃんは、オフバレしたくないみたいだね」
隆弘が、面白がるように言う。
「じゃあ、このカードは切り札として温存させて貰おうか。じゃ、またね」
そう言って、彼は去っていった。
なにをさせられるのだろう。そんな思いが、暗澹とした気持ちとなって歌世の内部を彷徨っている。
その時、六花がログインした。光が走って、美女の形になる。
「お、皆揃ってるねー」
六花を待っていたメンツは沸いた。
「その前に、一つ」
そう言って、六花は一つ咳をする。
「私、一週間ギルドマスター、辞めます」
突然の宣言に、皆、言葉が出なかった。
「臨時のマスターは歌世ちゃんがいいと思うんだけど、どうでしょう?」
皆、反応できない。六花の宣言に頭がついてきていないのだ。
「ねえ、どう?」
「唐突すぎないか、六花」
ゴルトスが苦い顔で言う。
「こんなそそっかしいのにマスターなんてやらせてみろ。一気に瓦解するぞ」
「私はそうはならないと思うな。歌世ちゃんならできるって思うんだよ」
「私が……マスター……?」
歌世は戸惑いながら口を開く。ただでさえ隆弘のことで混乱しているのにこれ以上の頭がこんがらがることになろうとは。
「そ。よろしくね、マスターさん」
そう言って、六花は優しく微笑んだ。
有無を言わさぬ微笑みだった。
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マスターの仕事は主に三つだ。一番大事なのは人員募集。メンバーが過疎っていては新しいメンツも馴染めない。次に、ギルメンとの狩り。最後は、人間関係の調整。
ゴルトスの小言をまとめただけだが、確かにその通りだ。面倒な仕事だ。
歌世は一人、町の入口で座り込む。
『ギルドメンバー募集中、パーティ職大歓迎』
そう書いた看板を傍に立てておく。
そのうち、千早が傍によって来て座った。
「なに? 千早、狩り行かないの?」
「うちは魔術師なら余ってるぐらいだから、たまにはいいかなって」
付き合ってくれる、ということだろう。
「一人じゃ退屈じゃない?」
「退屈してた」
正直に言う。
「だと思った。話でもしながら人を待とうよ」
「ありがたいね、そうしよう」
丁度、人に相談したい話もあったことだ。
「オフバレした?」
千早が、素っ頓狂な声を上げた。
「千早、声大きい」
歌世は、苦い顔で言う。
「ああ、ごめんごめん。唐突なことで驚いちゃった。けどあるんだねえ、そういうこと」
「まさか大学の同期が同じゲームで遊んでるとはなあ……」
「けど、そういうことってあるんじゃない? オフゲーの話でたまたま盛り上がることもあるでしょ。それがオンゲーだとこうなるわけで」
「ボイスチャット標準装備時代の弊害だなあ……」
「なにか脅されたりしたの?」
「いや? 今はなにも」
「そっかー」
千早は、両手を背後に回して地面につき、空を見上げた。
「仲良くなりたいんじゃないかな」
「それだけならいいんだけどねー」
歌世はややネガティブになっていることを自覚した。
そうだ、オフバレしたからと言って何か悪いことをした覚えは歌世にはない。
なんのデメリットもないのだ。
精々、ゲームオタクの烙印を押されるだけで。
「歌世ねーさん、精が出ますね」
黒井までやって来た。
「あんたもあんま狩りしないよね」
「対人が来るまではそこまでレベル上げる必要もないもんで。β版キャラの扱いもどうなるわかりませんしね」
「そう。結局のところ、暇なのね」
「酷いなー、歌世ねーさん。まあ混ぜてくださいよ」
「対人って来るのかなあ。私、PKだけでも苦手なんだけどな」
千早が言う。
黒井が元PKだと言えば彼女はどんな表情をするだろう。
「対人とPKは違いますよ。純粋な技術と技術のぶつかり合いです」
「そうなのかなあ。魔術師に活躍の場はなさそうだけどね」
「範囲魔術は守りにも攻撃にも使える。引く手数多ですよ」
「今は冷遇されてる職だからねー、そうなってほしいわ」
「ウルフソフト社自身がパーティープレイ主体に切り替えたがっている節がありますしね」
「そうなの?」
意外な情報だったので、歌世は思わず尋ねていた。
「そうですよ。そうじゃないと、狩人事件なんて起きなかったでしょ」
「なるほどねえ……パーティープレイ向けのアップデートってわけだ」
そうなると、ソロ職の自分は将来どうなるんだろう。それを思うと、少し不安になる歌世だった。
「賑やかそうなギルドですね。僕も入っていいですか?」
「はい、採用」
そんな感じで、ギルドメンバーが一人増えた。
また魔術師で、ギルドの魔術師の層が厚くなったのだった。
晩御飯の時間まで、彼が馴染むように、溜まり場で雑談をした。
夜になって、再びギルドメンバー募集の看板を立てていると、千早が声を上げた。
「ギルドマスター、狩りに行きたいです」
歌世はパーティー向けのキャラではない。なので、戸惑うしかない。
「六花、どうすればいい?」
「そこはマスターさんの匙加減だよ」
六花は飄々としている。
「えーっと、六花さんは支援出してくれるかな。ゴルトスは前衛頼んでいい?」
「構わんぞ」
「じゃあ、私は護衛してるよ」
「俺もパーティー狩り行きたい」
そんな声が上がる。彼も支援職だ。
「えっと、それじゃあパーティーを二つに分けよう。私が護衛をするから、魔術師誰かついてきて。前衛はゴルトスしかいないから……」
「ああ、俺、護衛がいるならタンカーもできます」
そう、支援職の彼が言う。
「なら、狩りに行こうか。二つのパーティーで狩場を荒らそう。興味を持ってギルドに入ってくる人もいるかもしれないしね」
「中々ギルドマスターらしい考え方ができるようになってきたじゃない」
六花が、面白がるように言う。
冗談じゃない。彼女はなにが目的でこんなことをしているのだろう。早く、ギルドマスターの肩書を返上したかった。
その後、細かい相談を経て、二つのパーティーは狩りに出発した。
急所攻撃をすれば歌世だけでも殲滅は十分だったが、そこは気を使ってトドメを魔術師に任せた。
メンバーの募集に、溜まり場での会話に、ギルド狩り。なんだか一日で気疲れした歌世だった。
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佳代子はスマートフォンを眺めていた。
画面に映るメールにはこう書いてある。
『五万円用意してショッピングモールに来い』
発信者は、隆弘。
ついに来たか、と佳代子は思う。
恐喝だ。
それには、毅然とした決意で対応しなければならないだろう。
しかし、佳代子は歌世と違って身体能力に突出した点がない。
もしも多数で来られたら。
(そん時は悲鳴でも上げるか……)
そう一人で決意して、出かける準備を整える。
出かけた先に、隆弘と女性が一人待っていた。
「五万円は持ってきたか?」
佳代子は、黙って頷く。
「じゃあ、服買おうな」
そう言って、隆弘はショッピングモールの中に入っていく。
「服買うのに金用意しろって言ったの?」
「ジャージはいい加減にやめとけよ。女子達ちょっと引いてたぞ」
飄々と言って、隆弘は前を歩いて行く。
その横に、女性が並んで歩く。
佳代子は、二人の後をついていくしかない。
「服はこの子が見てくれるから。気に入ったものを買ってくれ」
「よろしくね、佳代子さん」
「はい、よろしくお願いします……」
佳代子は恐縮して、挨拶する。
「ちなみにこの子も同期だから。これを機会に友達になればどうだ」
「それはとってもいい案ね。私もイグドラシルオンラインのユーザーだから」
この人もゲームオタクか、と佳代子は少し驚きの思いでいた。
お洒落で、髪の手入れも行き届いていて、明るい茶髪で、リア充グループにいても遜色なさそうだ。
そして、その人の勧める服をあらかた買って、歌世は帰路についたのだった。
「なんつーか、森ガール的な服が多かったなあ……」
思わず、独りごちる。
「じゃあな、着ろよ」
帰り道の、隆弘の無邪気な微笑みと一言を思い出す。
「余計なお世話だっつの。確かにファッションには疎いけどさ……けど」
思わず、そこで言葉を途切らせる。
(こんなお洒落な服、私に似合うのかなあ……)
佳代子は、自分の容姿に自信を持った時期がなかった。
だから、綺麗だと思う服には一歩気後れしてしまう。
けど、今日は進められてそんな服をたくさん買ってしまった。
買ったからには、着なければならないだろう。
「今月は出費が痛いなあ……」
ぼやいて、佳代子は歩いた。
帰ると、袋を置いてイグドラシルの世界に入る。
佳代子は、歌世になる。
「こんばんはー」
「マスターご登場ー!」
黒井がからかうように言う。
「マスターこん」
「マスターこんばんはー」
「マスター、狩り行かない?」
皆、面白がって便乗する。
「晩御飯までの短いイン時間だから、メンバー募集してるよ」
沢山歩いて、疲れてしまった。
こんな時、車の免許をとっておくべきだったと思う。
町の入口で、座ってメンバー募集の看板を立てる。
今日はタンカー型の前衛、支援をメインに募集中だ。
(これ、毎日の義務になるのかなあ……)
「狩り行きたいでーす!」
誰かが提案して、その構成が整うように会話をしているうちに、歌世の憂鬱は吹き飛んでいった。