三話 神様の匙加減 ~別れと出会い~
次回『代理リーダー』
その日から佳代子は、大学内で隠れるように過ごすようになった。
ダインと似た声の男。それが気になって仕方ないのだ。
声質も若干変えるように努力した。
ボイスチャットが当たり前となった時代の弊害だった。
大学から帰ると、エッグに座り、イグドラシルオンラインを起動する。
すると、画面に大々的な文字が表示された。
「メンテ日、か……」
そう言えば、週に決まったサーバー機器メンテナンスの時間なのだった。
最近は小説も書いていない。佳代子は、小説を書いてみようと思ったが、頭の中の案が上手くまとまらずにやめた。
それよりも、イグドラシルオンラインでどんなステータスを歌世に割り振るかが気になる。
素早さはもう十分に高い。しかし、佳代子の反射神経はまだまだ高いレベルまで歌世の動きについていける。
しかし、敵を倒すだけの腕力も必要だろう。
技量はいらない。佳代子の腕前は、的確な急所攻撃を可能にする。
そんなことを考えていると、日も暮れて、晩御飯の時間になった。
カップラーメンをすすりながら、スマートフォンにステータス案をいくつも入力していく。
明日提出の課題があった気がしたが、ゲームをした後にすれば良いかと思い直した。
そして、念願のログイン時間になった。
佳代子は歌世となってイグドラシルオンラインの世界にログインする。
見た光景は数日前の繰り返し。
六花率いるパーティーが、シフと黒井を連れて旅立って行く。
歌世は新ダンジョンが実装されたのが気になりはしたが、出て来る敵の何処が急所かまだ攻略ウィキに乗っていない。なので、溜まり場で駄弁って時間を潰すことにした。
三十分もしないうちに、六花達は帰って来た。
シフが、真っ青な顔をしている。
「早かったね」
歌世は、思わず腰を上げて六人を出迎える。
「いやあ、まいっちゃったわ。調整よ、調整。今、掲示板は阿鼻叫喚の嵐」
六花がそう言って苦笑する。
「調整?」
ゴルトスが解説する。
「技量によってかかる補正が、緩和された。つまり、今までみたいに狩人は矢を射れば百発百中じゃなくなったってわけだ。リアルの技量が大きく関わってくる世界になった」
「掲示板開いてみればわかるよ」
歌世は促されて、ブラウザを起動し、公式掲示板を覗いてみる。確かに、阿鼻叫喚の嵐だった。
特に、技量に依存して急所一確狩りをしていた層が苦情を言っているようだった。
「さらに、今度実装された狩場というのが鎧を着ている相手が敵でな。急所は奥深くにある。急所狙いの時代は終わったってわけだな」
「これが、神様の匙加減って奴?」
歌世は、思わず笑いだしていた。なんて滑稽な話なのだろう。全ては神様の掌の上の話なのだ。
「これがオンラインゲームだ。盛者必衰ってな」
「それじゃあ新しいダンジョンに行くためにパーティーを組み直そうと思います」
六花が提案する。
「アタッカーは魔術師。敵の動作を妨害する為に狩人も数人。護衛役に近接前衛も欲しいわね」
「私、魔術師になってきます」
千早が浮かれた声で言う。
「お前はどうする? 歌世」
「行こうよ、歌世ちゃん」
ゴルトスと六花に誘われて、悪い気はしない歌世だった。
「たまにはギルドの皆に付き合うかね」
そう言って、歌世は一歩を踏み出した。
ギルドの面々との狩りに向かって。
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それは、皆も寝静まった深夜だった。
歌世は一人、狩りをする。新しい狩場で、敵の兜を引きずり、急所を曝け出させて短剣で突き刺す。
一撃で敵は死んでいった。
「……そんなに変わったようには思えないけどな」
思わず、呟きながら背後からの攻撃に対応する。
そういえば、歌世はそもそも技量の補正に頼っていなかった。だから、今までと同じような狩りが可能なのかもしれない。
そんな中、唐突に、シフがギルドを抜けたとの表示が出た。
歌世は慌てて、溜まり場に戻った。
すると、そこには黒井が一人、いた。
「……あんた、なんかした?」
シフが邪魔だと黒井が呟いた時、それを歌世だけが聞いていた。歌世だけは知っていた。
黒井は、薄く笑った。背筋が寒くなるような笑みだった。
「してないと言ったら?」
「私は、それを嘘だと思うだろうね」
「酷いな、歌世ねーさんは」
「私はあんたの呟きを聞いていたからね」
「そっか。聞かれてたか」
黒井の笑みは崩れない。
「このギルドがPKギルドとドンパチしたことがあって恨まれていると吹き込んだ」
「……なんで、そんなことを?」
「邪魔でしょ、あいつは。ここは、いい人ばかりのギルドだ。悪人は必要ない」
「誰だって善人になり得れば、悪人にもなり得るんだよ、黒井」
「それでも、俺は彼を嫌いだと思った。歌世ねーさんだって、ああいう人は嫌いでしょ?」
歌世は、反論の言葉を失った。
千早を悩ませた彼の言動の数々を、知らないとは言えないからだ。
「……あいつは、辞めるでしょうね。狩人に肩入れしすぎた。だから弱体化を受け入れられない」
「わからないさ。新しい居場所を見つけるかもしれない」
「男ってのは、帰属意識を持つ生き物なんですよ、歌世ねーさん。だから彼は拘った。弱職だった狩人に。そして神様の掌にすくい上げられて、叩き落された。絶望は想像し難い」
「わからないよ、黒井。私は、貴方が何を言っているのか。これは、ゲームだろう?」
「そう、ゲームですよ。オンラインゲームです。俺は対人待ってるので狩人の狩り効率が落ちるのは痛くもなんともないですけどね」
「……そうかい」
歌世は、その場に座り込んだ。
「へこまないでくださいよ、歌世ねーさん。歌世ねーさんがへこむと、悪いことをした気分になる」
「……私は好かれてるみたいだね」
「強くして驕らず。人当たりは良くギルドの中枢メンツ。歌世ねーさんは俺の理想ですよ」
「理想、ね……」
歌世は、黒井の頭を撫でた。
「なんでこんな禍根を残すようなことをしたかね、この馬鹿は……」
懐かれて、黒井を可愛いと思う気持ち。シフを失い、黒井を不気味と思う気持ち。両方ある。
「先に禍根を残したのはあっちですよ」
「そりゃまあ、そうか」
それは、小さな出会いだった。歌世はシフと出会い、そして、お互いのことを深く知らぬままに別れた。
けれどもどうしてだろう。それは小さな痛みとなって歌世の中に残った。
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その日、佳代子は課題の提出をすっかり忘れており、遅れて提出することを教授に頭を下げてなんとか許してもらった。
シフとの一件は、まだ佳代子の胸に残っている。
出会いには二種類あるとゴルトスが言っていた。
シフとの出会いは、良い出会いにならなかった。
それが、佳代子の胸に靄のように残っている。
その時、唐突に声をかけられた。
「おい、歌世」
「うん、なあに?」
佳代子は思わず振り向いて、返事をする。
そして、しまったと思った。
歌世は、佳代子のゲーム内での名前。オフラインでそれを知っているとしたら、歌世の声を知っている者のみ。
「やーっぱり歌世か。聞き慣れた声が前からしてて気になってはいたんだ」
そう言って、ダインと似た声をした男、いや、ダインを操るプレイヤーは、薄く微笑んだ。
(やらかした、やらかした、やらかした、やらかした)
佳代子は思わず心の中で呟く。
「俺は隆弘、よろしくな」
微笑んで言うと、彼は手を差し出した。
佳代子は、大声を上げてその場を去った。
「人違いぃぃぃぃぃぃぃ」
隆弘が駆け足で追ってくる。そして、すぐに回り込まれた。
「逃げることないでしょ。捕食者に見つかった獣みたいに」
「いや、人違い! 人違いだから!」
「人違いなら、そもそも逃げないで普通に対応するっしょ。初動間違ってるよ」
もっともな話だった。
隆弘は、再び微笑む。
「嬉しいな。同じプレイヤーと出会えて。仲良くしようぜ。なあ、歌世ちゃん」
(六花さん、ゴルトス、黒井、助けて~)
思わず、心の中で悲鳴を上げた佳代子だった。
神様の匙加減というものがあるならば、それは酷く無慈悲なものだなと佳代子は思った。




