一話 ギルド結成 ~ゲームの始まり~
一話は何部にも分けて投稿します。
今回で終わりではありません。
趣味といえば、もっぱら小説を書くぐらいのことだった。
歌うのも好きだ。けれども、流行りの曲を次々に覚えるほど熱心ではない。
部活も終わり、大学受験も同級生達より一足早く一段落がつき、佳代子は暇を持て余していた。
小説を書いてはサイトに投稿しているのだが、結果は芳しくない。
芳しくなくても続けていくのだろう。結局のところ、暇なのだ。
この暇を打開してくれる神様がいてくれたなら。そう思う。
大学の同期の人々とは、既に連絡を取り合っている。SNSの発達がそれを可能にしている。既に、友達になれそうな子数人と出会えた。大学生活の幸先は良いと言えるだろう。
けれども、遠距離である。実際に会うには至らない。
暇である。
埋め合わせるには膨大な時間が佳代子には与えられている。
自習の時間等も、一人落書きをして過ごしている。
大学への不安よりも、現状の憂鬱さのほうが勝る。そんな毎日だった。
親戚に相談してみると、ならば進学祝いをやろうと言われた。
珍しいこともあるものだと思った。
その親戚の男というのは守銭奴で、おおよそ人の祝いに金を出すような性質ではない。
何か心境の変化でもあったのだろうか。
そして、送られてきたのがエッグだった。
エッグ。最近発売されたばかりの新型ゲームハードだ。ゲームハードというよりはゲームセンターにおいてあるような筐体に近いそれは、人をすっぽりと包み込み、全身の動きを読み取ってゲーム内に反映させるのだ。
それに付属して送られてきたのが、イグドラシルオンラインβテストと書かれたソフト。
なるほど、自分は巻き込まれようとしているのだ。佳代子は薄々とそれを察した。
話には聞いたことがある。MMORPG全盛期よもう一度、を謳い文句に作られているゲームソフトがあると。
「ついたか? イグドラシル」
親戚の男、東助から電話がかかってくる。
浮かれたような声だった。
「ついたけどさー、東助兄ちゃん。これ部屋のスペース取りまくりだよ。母ちゃんからの印象もものっそい悪い」
「ああ、それは考えなしだったな」
東助の声には、気にした響きはない。
「組み立て方法は大丈夫か? ソフトの起動の仕方はわかるか?」
「私も子供じゃないからそれぐらいわかるってばー」
「そうか、そうか」
東助は満足げだ。
「とりあえずプレイしてみろよ。退屈なんて吹っ飛ぶぜ」
佳代子は胡散臭いものを聞く思いでそれを聞いていた。
MMORPG。前時代に流行ったジャンルのゲームだ。2030年を過ぎた今では皆、スマートフォンのゲームにはまっている。
確か、敵を倒して地道にレベル上げをしていく地味なゲームだったと思う。
そもそも、エッグと言うハードからして時代遅れではないかという声が上がっている。足の裏から手の先に至るまで設置されている数多いボタン。部屋の一角を占拠するサイズ。その大きさは、他のゲームハードの数十倍に値する。収納性快適性シンプルさを重視する今の時代には考えられない異物だ。
「こんなサイズの価値あるのかな。エッグちゃん」
佳代子は、エッグの壁をノックしつつ、そう呟く。
そして、エッグの中へと入って行った。
扉を開けたまま、入ってくる光で説明書を読みながら進める。
足の動きを読み取るレガースを装着して、腕の動きを読み取るグローブを付ける。この手間からして面倒臭い。さらに、グローブの内部、足元には多数のボタンがある。その配置を覚えることからしてハードルが高そうだ。
そして、説明書を外に放り出すと、扉を締めて、起動ボタンを押した。
目の前の画面に、エッグの起動画面が表示される。次いで、ウルフソフト社のロゴが浮かび上がる。そして、イグドラシルオンラインの画面が浮かび上がっていた。
「えーっと、十字キーもマウスもないぞう……」
呟いて手を動かすと、手の動きに合わせて画面のカーソルが動いた。
それを、ログインボタンに持っていき、親指のスイッチを押す。
画面から光が放たれた。
キャラメイキングの番だ。
小柄な子がいい。と直感的に佳代子は思う。
小柄で俊敏で、力では劣っていても速度で挽回するようなキャラがいい。
髪は長髪。後ろで縛っている。ショートヘアに慣れている佳代子だ。ロングヘアへの憧れがある。
そこまでは順当に決まったのだが、名前の入力欄で硬直した。
「名前、かぁ……」
佳代子。佳代。ではリアル情報がだだ漏れだ。
小説を書く時でもキャラクターの名付けには苦労しているのだ。
(佳代……歌代……歌う世界と書いて、うたよ)
閃いた名前を、即座に入力していく。
「えーっと、変換キーはどれだー……」
グローブの内部に配置されている多数のキーをやたらめったらに押していく。そのうち、変換キーが見つかった。
どうやら、右手の親指ボタンが決定キー、人差し指のボタンが変換キーを兼任しているらしかった。
名前は入力した。
歌世。
(これから私は、歌世になるんだ……)
小柄な少女のアバターが、目の前に現れる。
それが自分の分身なのだと、アナウンスが告げている。
少しだけ、このゲームに興味を抱き始めている自分を感じた佳代子だった。
チュートリアルが行われる。
「横ステップ斜めステップが足元のボタンで、中心のボタンを押しながらステップしたら逆側かあ」
凝っている。
「武器の投擲なんかも出来るんだ。腕の動きをトレースして忠実に攻撃が再現される。武器で敵の攻撃を抱えている時はグローブの動きが鈍くなる」
凝っている。
「全部のボタンに意味があるのか……」
中々ハードルが高い。しかし、必要最低限の動作を覚えるだけなら簡単だし、何よりも凝っている。
「あれ? 面白いかも、このゲーム」
佳代子は薄く微笑んで、そう呟いていた。
そして、歌世は一面の海を見ていた。
周囲を見渡すと、港町だ。海が宝石のように綺麗だ。さざ波の音はまるで実際に現地にいるかのよう。
なんという臨場感なのだろう。
「すっごいなあ」
「お、あんた初心者か」
誰かの声が、聞こえてきた。
そうだ、このゲームはマイクで音声を拾う。呟きはだだ漏れなのだった。
「あ、はい。今日始めたばっかりで」
髪の毛をいじる。それを、忠実にエッグは読み取り、歌世にトレースさせている。
鎧を着た青年が傍にいた。
「まずは武器と防具を整えるんだな。森の中にはモンスターが出る。それを倒すと、路銀が貯まる」
「はい!」
歌世を駆けさせた。
森の中に向かう。
狼型の敵が現れる。
それが、飛びかかってきた。
手元にはナイフ一本。鎧はない。
「横ステップは、足のボタン……!」
呟いて復習し、足のボタンを押す。
キャラが動いて、狼の攻撃を避けた。
「やった!」
即座に背後を向く。
この、敵を正確に狙って振り向くという動作はどんなハードでも慣れるまではハードルが高い。けれども、エッグは、ボタン二つで背後を振り向く動作を取らせてくれた。
「多いボタンにも意味があるじゃん!」
再度飛びかかってくる敵の喉元に、グローブを動かして刃を突き立てる。
敵が消えて、肉と毛皮がその場に落ちた。
クリティカルヒット、の文字が空中に浮かんでいた。
「やったー!」
「やるなあ。クリティカルヒットは狙っても中々出せないんだよ」
対戦を見守っていたらしき男が声をかけてくる。
「そうなんですか?」
「今みたいに飛びかかって来る相手だと、反射神経と動体視力がなければ中々ね」
「へえー。肉と毛皮、どうすればいいんでしょう?」
「商人に売れるよ。アイテムボックスっていうのがあるから、そこに一時的に保管するの。中指のキー長押しで出てくるから」
肉と毛皮を不可視のアイテムボックスに入れる。
これは中々面白いぞ、と佳代子は思い始めていた。
こうして、佳代子のイグドラシルオンライン生活が始まった。
その日は敵を百匹程狩って、レベルを五つぐらい上げ、割り振られたポイントでどうステータス振りをするか悩んで手を止めた。